第5話 ささくれと僕。

「日の光をあびるのは気持ちがいいねぇ」




 手の平を眉の辺りに押し当てて、日陰を作りながら目を細めつつ雲一つない快晴の空を仰ぐナオト。


 とある日の土曜日、ナオトとヒロトは散歩をしに近所の公園付近までやって来ていた。




「昨日も今日もバイトはないし、たまにはちゃんとお日様に挨拶しなくっちゃな!!」


「そのまま目でもつぶれちゃえばいいのに」


「だからなんでそういうこと言うの!!」




 ヒロトは特別散歩が嫌いというわけでもないが、少々苛立っているのには理由があった。それは数分前の出来事に遡る。












「ヒロト!散歩に行こう!!」


「やだ」


「たまには外に出るのも悪くないぞ!!」


「兄ちゃんよりは圧倒的に出てるけどね」




 ナオトはバイトのときには外出するものの、大した用が無い限り基本的には家にいる。なので、今日のような休日でもヒロトが勝手に遊びに来ることはしょっちゅうあるし、休日だからといって時間帯と服装を除けば普段と変わったことは何一つない。まあこの家の距離や両家の緩さも相まって、家に遊びに来るというよりは部屋を移動した程度のものであるが。




「でもさぁ、たまには休日の日の光を浴びたいとは思わんかね?」


「思わないし割と浴びてるし」


「でもぉ~、体内時計をリセットしたいとは思わんかね??」


「思わないしずれてないし」


「兄ちゃんのリハビリに付き合ってくれてもいいだろ!!」




 長く夜型の生活を続けたことのある人になら日中に外に出ることを『リハビリ』と言ってしまう気持ちもわかっていただけるだろう。


 主に夜型の生活の人といえば夜勤勤務の人か、超守備特化型『おおきいおともだち』のどちらかだろう。


 だが、相手は幼稚園児だ。紛うことなき『ちいさなおともだち』である。




「兄ちゃん病気でも患ってるの?」




 ヒロトが問いかける。これを聞いたナオトは、




(これってもしかしてヒロトが心配してくれてる!?!??)


(うれしい....うれしいぞヒロト....兄ちゃんはうれしい!!!!)




 ヒロトに対して感情が単調で直線的なこの男は、どんな言葉でもプラスの意味でとらえられるのだろう。いや、それはすこし誤りかもしれない。ただただヒロトを溺愛し、希望を抱きすぎている可能性もある。




「いや、そんなことは...ッ」




 心配をかけまいとそう言いかけて途中で言葉が止まる。ここでナオトの頭にはある一つの考えが浮かんだのだ。




「どうしたの兄ちゃん」




 ヒロトは不思議そうにしているが、ナオトは口元に手を当てて考え事をしている。考え事などたいそうな言葉を使ってはみたが、ただの浅はかな悪だくみであることは言うまでもない。




(俺は病気などは患っていないし、ケガもしていない.....強いて言うなら親指のささくれがすごいことだけだ......だが、ヒロトが珍しく俺に気を使ってくれたんだぞ...?....もし病気だと嘘をつけば.....優しくしてくれるかもしれない....!!)






(これは.........いける!!!!)








 この手の類の行動をするのは発達過程にある赤ちゃんから幼稚園児や、いっても小学校低学年であろう。それをいい歳したフリーターが幼稚園児相手にやろうとしているのだ。滑稽である。だが今更この男に『逆だろ!!』なんてツッコミを入れてくれる人は初見さんかとても心の優しい方だけだろう。




「そうなんだよなぁ~、兄ちゃんなんだか最近具合が悪くってさぁ。あと歩かなすぎて腰も痛いんだよねぇ.....」




 急に具合の悪そうな顔をして腰のあたりをさすっているナオトは、内心ニヤニヤのワックワクである。


 だがしかし、ナオトの悪だくみなどあざ笑うかのようにヒロトはこう言ったのだ。








「やったぜ。」








 小さなガッツポーズが、そこにはある。




「うわぁぁぁああああああ!!!!心配してくれてもいいだろおおおおおおおお!!!!!」


「やっぱり元気じゃん」




 騒ぎ立てるフリーター、元気である。




「ねぇお願いだよヒロトぉぉぉぉおおおおおおおおおお!!一緒に行こうよおおおおおおおおおおお!!!!」




 袖をぐいぐいと引っ張ってくるナオトに対し、ヒロトはささくれをめくって反撃した。




「いいいったああああああああああああああああああああ!!」




 ナオトは咄嗟に指を抑え、かなりの勢いでのけぞり返った。




「兄ちゃんうざいんだけど」




 すかさず精神攻撃でとどめを刺しに行くこの小さきハンターは、将来ライオンやオオカミと肩を並べるかもしれない。


 ナオトはそれを聞いて小さな涙を浮かべつつ、親指を抑えその握った両手から顔をちらっとのぞかせ、




「どうしても......来てくれないんですか......?」




 ここまで小動物オーラを出せる男性は、ある意味珍しい。




「...........わかったよ」




 ヒロトはしぶしぶ腰を上げて玄関に向かった。ヒロトの優しさなのか単にナオトのゴリ押しに負けただけなのか真相は定かではないが、乗り気でないことだけは確かだろう。


 一方必死の説得という名のパワープレーが功を奏したと思っているナオトは、外の天気に負けないほど顔を晴れやかにさせ、




「ヒロトおおおおおおおお!!!やっぱりお前は優しいやつだよおおおおおお!!!」




 そう言ってヒロトに力いっぱい抱き着く。




「ペリッ」


「いいいいいっったああああああああああああああああ!!!!!!!」




 また一枚、ささくれが剥がれ落ちた。

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