第21話『最終決戦』

 朝起きると、体が重かった。

 おかしい、昨晩はケガの影響もあって夜の特訓もせず、早々に寝床に就いたのに。

 いつものリズムを失ったせいでむしろ疲れてしまったのだろうか。

 智志はベッドから抜けると、部屋を出て階段を下りる。

 洗面台の前に立ち冷水で顔を洗った。


「……ふぅ」


 鏡に映った己の顔を見る。

 顔色はそこまでひどくない。

 ただ、何か大切な物が抜け落ちてしまったような。

 そんな物足りなさ、寂しさを感じてしまうのは気のせいだろうか。


「冴えない面だな」


 鏡越しに腕組みをして壁にもたれかかるレイジを睨む。


「そんなことじゃ、女の子にモテないぜ? ああ、誰よりも向上心の高い智志くんには関係のないことか」


「何が言いたいんだ?」


「別に? ただ、お前はちょっと気持ち悪いと思ってな」


「気持ち悪いだと?」


「あれ、傷付いちゃった?」


 レイジはこちらを挑発するように言う。

 智志は彼のペースに巻き込まれるのが悔しくて、唇を噛んで堪える。


「……朝飯の時間だぞ」


 智志はぼそりと言い、レイジの横を通り過ぎる。


「はいよ」


 レイジはそれ以上余計なことは何も言わなかった。




      ◇




 学校にたどり着く。

 少し早めに来たせいか、廊下には誰もいない。

 おかげで、智志のささくれだった心が少しばかり落ち着く。

 その時だった。

 廊下の向こう側から、コツ、コツと足音が聞こえた。


「……っ」


 声は漏らさず、口の端からかすかに吐息を漏らした。

 目の前に恵美がいた。

 彼女はその大きくきれいな瞳をわずかに丸くさせた。


「……おはよう」


 智志は少しぎこちない笑みを浮かべながら言った。


「……おはよう」


 恵美は大して表情を変えずにあいさつを返す。

 二人はしばし、無言で互いを見つめ合った。


「……それじゃ」


 恵美は顔を俯け、足早にその場から去って行く。

 智志は彼女に振り向くことも出来ず、呆然としていた。


「……これで良いんだ」


 彼女の気配が消え去ってから、一人呟く。

 元々、有村恵美はこの学園のアイドル的存在だ。

 そんな彼女を独り占めしようなんて、おこがましい。

 そのせいでやっかみを受けるくらいなら、彼女との関係は断ち切ってしまった方が良い。

 そうすれば、自分はまた剣道に集中出来る。

 誰よりも強くなる道へと精進出来る。


「……はは」


 自分でも虚しいと思うから笑いをした時。

 ふと窓の外に気配を覚えた。

 振り向くと、窓のへりに佇む人物がいた。

 その顔には仮面を付けており、服装は清楚な教会の服。

 恐らく、シスターだろうか。

 智志がぎょっとして目を見開いていると、


「あなたは此度の『七王戦』における怠惰の王の主、武田智志様ですね?」


「あ、はい。そうですけど……」


「突然の訪問、失礼致します。私は春馬教会の者です。この度は、代表者である夢前様より、言伝を預かって参りました」


「夢前さんの?」


「はい。現在、七人の王の内、五人が陥落しました。残るは怠惰の王と強欲の王の二人です。よって、聖なる場所にて最終決戦を行っていただきます」


「聖なる場所? 最終決戦?」


「はい。いつまでもダラダラと続けては、神も退屈してしまうでしょうから」


 シスターは言う。


「本日の夕刻、春馬教会にお越し下さい。お待ちしております」


 そう言い残すと、シスターの姿は煙のように消えた。

 何の魔法だろうか。いや、本当に魔法なのかもしれない。

 裏人、さらには七大罪の王なんて存在するのだから。

 あの教会の人たちは、魔法なる物を使えても不思議ではない。


「行くのか、相棒?」


 ゆらり、いや、ふらりとレイジが現れる。


「行くしかないだろ」


「いっそのこと、逃げても良いんじゃないか?」


「え?」


「恵美ちゃんから逃げたみたいに」


 智志は眉根をきつく寄せる。


「お前、まだ言うのか? 俺は別に恵美から逃げた訳じゃない」


「ああ、そうだったな。お前は逃げる以前に、真剣に向き合っていない。何事にもな。ただひたすら、自分を苛めるっていう自己陶酔に浸っているだけのバカ野郎だ」


「おい」


 智志はレイジの胸倉を掴む。


「何だ図星か?」


「お前に俺の何が分かるんだ?」


「何度も言わせるな。俺はずっとお前を見て来た。お前の中にいた。もっと言えば、俺は……」


「黙れよ!」


 智志の怒声が誰もいない廊下に響き渡る。


「……相棒、頼むからあまりダサくならないでくれ」


「うるさい」


 そっぽを向いて唇を噛む智志を見て、レイジは肩をすくめた。

 その姿がふっと消える。

 智志は失った手応えを宙に彷徨わせながら、手を静かに下ろす。


「……クソ」


 握り締めた拳で、廊下の壁を強く叩いた。




      ◇




 夕暮れになると飛び交うのはカラス。

 その姿は、強欲の王・カラスを連想させる。

 教会の扉を開くと、正に彼の姿があった。

 ただし、その顔は人の顔だ。

 今回はまだ『獣型ビーストモード』になっていないようだ。

 そして、その隣には見知らぬ人物が車椅子に座って佇んでいた。


「よく来てくれたな、怠惰の王とその主よ」


 相変わらず重く響く声で言うのは神父の夢前だ。


「さあ、こちらに来たまえ」


 夢前に誘われ、智志とレイジは聖堂の奥へと向かう。


「改めて紹介しよう。こちらが怠惰の王・レイジとその主、武田智志だ」


 夢前は二人を手で差して言う。


「そして、相対するのは強欲の王・カラスとその主、結城凛だ」


 夢前が示す相手の内、カラスは知っている。

 しかし、その主を見るのは初めてだった。


「初めまして、僕は結城凛です」


 凛は智志を真っ直ぐに見て言った。


「あ、どうも。武田智志です」


 智志が少しばかり口ごもったのは、初対面という理由だけではない。

 凛の顔立ちがあまりにも美しかったからだ。

 『僕』と言うことは男なのだろう。もちろん例外もあるが。裏人のカラスが男なのだから、凛も歴とした男の子なのだろう。

 ただ正直、男とは思えない。女と言われればそれで信じてしまう。

 美少年というよりも、美少女という言葉の方がふさわしい。

 中性の域を軽く振り切ってしまっている。

 ふと、カラスとその顔立ちを比べると、なぜか似通っていない。

 カラスは彼の裏人のはずなのに。


「え、男の子? 女の子?」


 レイジがからかうように笑いながら言う。


「よく間違えられますが、僕は歴とした男です」


 凛はくすりと笑う。

 見た所、この凛と言う少年は病弱だ。

 それにも関わらず、その瞳には強い力が宿っている。

 今の智志は心がブレているとは言え、その華奢な身体に秘められた坦力は末恐ろしいものだと、智志は肌で直感した。


「さて、既に伝令の者から話は聞いていると思うが。此度の『七王戦』の生き残りは、現時点において君たちだけだ。よって、これより然るべき場所で最終決戦を行ってもらう」


 夢前が言う。


「然るべき場所とは?」


 腕組みをして問いかけるのはカラスだ。

 すると、夢前は軽く手招きをする。


「私の側に」


 皆は少し躊躇しながらも、彼の言う通りにした。

 皆が集まったのを確認すると、夢前は目を閉じた。


「転」


 ただその一言だけで、その場が揺らぐ。

 吐き気を催しかけた次の瞬間、智志の周りは見知らぬ景色となっていた。

 まるで古代の神殿。

 周りには観客席がある。

 そこは広いフィールドだった。


「ここは神聖な戦いの場。かつての『七王戦』においても、最終決戦はこの場にて行われた。ここでの戦いは、偉大なる神もご覧になっている。今回、君たちこそは、その期待に応えてくれると、私は願っている」


 夢前は言う。


「神の期待とは何だ?」


 カラスが問いかけるも、夢前は意味深に微笑んだまま何も言及しない。


「なあ、相棒」


 ふいに、レイジが智志に声をかける。


「今朝も話したけどさ、今からでも降りねえか?」


「は?」


「正直、戦うのがダリぃからよ、とっとと降参しちまおうぜ」


 レイジは後頭部をボリボリと掻いて言う。


「お前……」


「貴様、それでも誇り高き『七大罪の王』の一角か?」


 智志の代わりに怒声を放ったのはカラスだ。


「別に誇りもクソもあったもんじゃねえだろ。むしろ、俺らは恥の存在だろ。七大罪の王なんだぜ?」


「少なくとも、私が相対した傲慢の王・キングは尊敬に値する奴だった。その主もな」


 カラスは言う。


「あのバカ野郎が? くはっ、ウケる~」


 甲高い金属音が響いた。


「……貴様、彼に対する侮辱は許さんぞ」


 カラスがいつの間にかレイジに肉薄し斬撃を放っていた。

 レイジは刀を抜き受け止めている。


「ったく、どいつもこいつも真面目過ぎて嫌になるぜ。もっと肩の力を抜けよ。その方が、人生楽しいぜ?」


「さすがは怠惰の王だな。実に下らない処世術だ」


 カラスはふわりと翼を羽ばたかせて凛の側に舞い戻る。


「カラスさん、落ち着いて」


「すまない、凛」


 カラスはその場にひざまずき、小さく頭を下げた。

 あの彼が素直に服従するとは。

 やはり、凛という病弱の少年はタダ者じゃない。


「双方、語りたいことは山ほどあるだろう。だが、それはこれから行う決闘で存分に語ってくれ」


 言葉を発した夢前が立つのは、フィールドにおける審判の立ち位置だ。


「これより、七王戦の最終決戦を行う。勝者には偉大なる神より祝福がもたらされ、敗者には死神が絶望をもたらすだろう」


 夢前は胸に提げていた十字架を高らかと天に向かって掲げ、右手で十字を切った。


「双方、準備は良いか?」


「私は既に臨戦態勢だ」


 カラスは静かな声音で言う。


「俺も、今し方ウォーミングアップさせられたから、大丈夫」


 レイジはにししと笑う。

 その飄々とした様が、誇り高きカラスを苛立たせる。


「カラスさん、落ち着いて。あくまでも自分のペースだよ」


 カラスはハッとして主に振り向く。


「ありがとう、凛」


 カラスが振り向くと、凛は微笑んだ。


「なるほどな」


 レイジがくっくと笑うと、カラスが機敏に振り向く。


「何がなるほどなんだ?」


「いや、カラス野郎、お前ってさ……実はソッチ系?」


「ソッチ系とは?」


「ホモかって言ってんだよ」


 レイジが遠慮なしに言ってのけると、カラスのこめかみに青筋が走った。


「貴様……ふざけているのか?」


「生憎、俺はそういう性分なもんで」


「なるほど、しかしその方がありがたい……遠慮せず存分に殺せるからな」


 カラスは双剣を構える。


「まあ、シンクロしている主にもダメージが行って気の毒だが……それくらいの覚悟はあってこの場に来ているのだろう?」


 カラスの鋭い目が智志にも向けられる。

 智志は何も答えることが出来ず、呆気に取られていた。

 ふん、と鼻を鳴らすと、カラスは再びレイジを見据えた。


「出来ることなら、最後はキングと戦いたかった。そうすれば、もっと心躍る大一番となったであろう」


「お前さ、やっぱりホモじゃん」


 レイジの眼前にカラスが現れた。

 鋭い剣閃が走る――金属がぶつかり合い、相手を威嚇するように金属音を響かせる。


「どこまでもふざけた奴だ」


「それが俺のポリシーだ」


「抜かせ」


 カラスは再びレイジから距離を置く。

 宙に浮かんだ状態ですっと目を閉じた。


獣型ビーストモード


 彼の顔立ちが変化する。

 正にカラスのそれとなった。

 黒い目に黒い嘴、黒い毛並みが漆黒の夜空によく溶け合う。

 黒い翼をバサリと広げた。

 急降下を仕掛ける。

 滑空した彼は先ほどよりもスピードに乗っていた。


「はぁ!」


 双剣をぎらつかせ、レイジに肉薄する。

 また金属音がぶつかり合う。

 レイジは刀を寝かせてカラスの両剣を受け止めた。

 すると、カラスは左手の剣の刃を、レイジの刀の上で滑らせる。

 流れるような動きでレイジの右脇を切り裂いた。


「ぐっ……」


 呻き声を漏らしたのは切られたレイジではなく、智志だ。


「カラスさん、凄い」


 凛が歓声を上げる。

 カラスは相手を見据えたまま、彼に対して微笑みを浮かべる。

 そこから更に攻撃に転じた。

 二刀流のカラスは双剣を巧に操り、レイジの刀を押さえ、彼の身を切り裂く。

 その度に、ダメージは智志に降り注いだ。


「良かったな。そこまでシンクロ率は高く無さそうだから、お前の主は死なないでいる」


 カラスは冷然と言った。


「まあ、俺たちは仲が悪いからな。それに引き換え、おまえらは仲が良いから、シンクロ率も高そうだけど?」


 血を流すレイジが言うと、カラスはわずかに唇を噛む。


「私と凛は一切シンクロしていない」


「へぇ? 顔立ちも違ったし、お前たちはレアケースみたいな?」


「そのようだ。少し寂しいが……大切な凛を傷付けずに戦えることはありがたい」


 カラスは滑空し駆ける。

 嵐の如く連撃を繰り返す。

 レイジは為す術もなくその身を切り裂かれた。

 その度に、智志にもダメージが行き、とうとうひざまずいてしまう。

 レイジと同様、智志の身もボロボロで血まみれになっていた。


「お前、主を殺すつもりか? お前の力はそんなものじゃないだろう?」


 カラスは眉根を寄せてレイジを睨む。


「……こいつはバカだからよ。これくらいの荒療治じゃないと、目が覚めないと思ってな」


「荒療治……?」


 智志が息を切らせながら聞き返す。


「そう。お前の体の中……心の中の膿を取り除くためさ」


 レイジはにやりと笑う。


「じゃあ、ちょっとばかし本気を出そうか。ダルいけど」


 レイジの言葉にカラスは眉根を寄せたまま、睨みを利かせる。


「――獣型ビーストモード


 レイジの身が炎に包まれる。

 智志はこれまでシンクロによって受けたダメージで一瞬身がすくむ。

 だが、一切熱さは感じない。

 むしろ、内から優しい温もりに包まれるようだ。

 傷付いた体が次第に癒えて行く。

 そして、炎から解き放たれたのは――火の鳥だった。


「……それがお前の獣型ビーストモード……フェニックスか」


 カラスは悠然と宙に漂う不死鳥となったレイジを見上げる。


「あー、この姿はマジでダルいから、出来ればなりたく無かったんだけどな……」


 レイジが軽口を叩いている間、カラスは素早く肉薄し、双剣で彼の両翼を切り裂いた。

 翼を失った彼は墜落するかに思われたが……すぐに炎が渦を巻き、元の翼が再生した。


「ほら、こうやって何度も蘇る。だから何度も戦わなくちゃいけねえ。痛みも感じねえし、不気味なこったぜ。まあ、他の奴みたいに長時間の維持は出来ねえけどな」


 レイジはやれやれとため息を漏らす。


「レイジ、お前……」


「よう、相棒。体の調子は良くなったか?」


 レイジは言う。


「あまり長く話すのはダルいから、一つだけ言っておくぞ」


 智志は眉をひそめる。


「お前のじいちゃんはそんな立派な奴じゃねえよ」


 一瞬、レイジの言葉を飲み込めなかった。

 直後、内から怒りが渦巻く。


「じいちゃんを侮辱するつもりか!?」


「ハハ、憧れ、というよりも崇拝の対象をバカにされて怒ってんのか?」


「当たり前だ!」


 智志は息巻く。


「まあ、無理もないか。お前はじいさんにとって可愛い孫だ。だから、良いカッコの所しか見せてねえ。だから、お前はじいさんをひたすらに修練する聖人のように捉えちまったんだ」


 カラスがレイジの身を切り裂く。

 だが、またぞろ再生した。


「なあ、相棒。お前のじいちゃんも、ずっと修練していた訳じゃないぜ。時には酒を飲んで、美味い物を食って、そんで以て……可愛い女の子と戯れていた。そうじゃなきゃ、今頃お前の親は生まれず、お前も生まれていないだろ?」


 智志は唇を引き結んでいる。


「お前だって、そこまでバカじゃないんだから、薄々分かっていたんだろ? けど、そうと認めないのは、じいさんを目標に己を鼓舞するため。もっと言えば、自分の弱さを隠すためだ」


 レイジは静かに語る。

 智志はおもむろに口を開いた。


「……何でそんなことが分かるんだよ」


「分かるよ、俺はお前の中にずっといたから」


 レイジは言う。


「お前は小さい頃から皆の中心で憧れられていた。けど、それでもお前は不安だった。いつこの場所から落ちてしまうかと。お前は誰よりも憶病だから、本当に欲しい物にさえもそっぽを向き、ロクに向き合うこともせず、興味が無い振りをしてあきらめて来た。自分はじいさんみたいな立派な剣士になるっていう目標を隠れ蓑にしてな」


 レイジは語る。


「違うか、相棒?」


 智志はひざまずいたまま、地に付けた拳を握り締める。


「……お前の言う通りだ。本当の俺は誰よりも憶病者だ。だから、何事にも揺らがない、強い人間になりたいと思った。だから、ひたすらに剣道を歩む自分を誇示して、他の全てに無関心な素振りを貫いて来た」


「けど、恵美とはそれなりに仲良くしていたじゃねえか。まあ、好きだもんな。けど、憶病だから逃げたんだよな?」


「うるさい……」


「今頃、他の男に取られているんじゃね? あーあ、勿体ない。あんな巨乳美少女を……」


「うるさい!」


 智志は立ち上がり、叫ぶ。


「お前に俺の何が分かるんだ!?」


「分かるさ」


 レイジの言葉に、智志は息を詰める。


「俺はずっとお前の中にいた。ずっとお前を見て来た。無理をし続けるお前を見て来た。だからさ、俺はずっと思っていた。お前に、真っ当に幸せになってもらいたいって」


「お前は俺のことが嫌いなんじゃないのか?」


 智志が慎重な声音で問いかける。


「は? 何で? いつ俺がそんなこと言った? お前は俺のことを嫌っているみたいだけどさ……」


 レイジは言う。


「俺はお前のことが好きだぜ、相棒」


 瞬間、智志の胸の内にわだかまっていた物が、音を立てて溶けて行く。

 頑なに拒み続けていた感情が、どっと流れ込んで来る。


「……俺も少しは足を止めて良いのかな?」


「ああ、良いさ。何なら、道端で寝転がっちまえ」


「それは行儀が悪いだろ」


 智志とレイジは見つめ合い、そして笑い合った。

 すると、レイジの不死鳥の体が揺らめき、炎を上げ、元の人型に戻る。

 それは最初に会ったばかりの頃の、智志と瓜二つの姿。


「そっか……お前はずっと俺のなかにいた……俺自身だったんだな」


「今さら気付いたのか、相棒」


 二人は互いに歩み寄る。

 そして、手を握った。

 瞬間、眩い光が彼らを包み込む。


「くっ……」


 カラスは眩さに目を眇めた。

 やがて光が解き放たれる――

 そこに立つのは着流し姿の一人の男。

 その手には月夜にきらめく刀が握られている。


「これは……ふふ、どうやら君たちは選ばれし者のようだな」


 夢前がほくそ笑む。


「融合……したのか?」


 カラスは半ば動揺しつつも、剣を構える。


「どちらにせよ、我が勝利を凛のために捧ぐ!」


 カラスは翼を広げ、低空を滑空した。

 着流しの男に肉薄する。

 だが、彼は悠然と佇んだままだった。

 ほんのわずか、体を揺らすだけで、カラスの剣閃をかわす。


「なっ……」


 今度こそ明確に動揺するカラスの胸が切り裂かれた。

 着流しの男は全く動いた素振りを見せていないのに。

 その手に握る刀にも血のりは一切付着していない。

 カラスは墜落し、勢い良く地べたで己の身を擦った。


「……ぐっ」


「カラスさん!」


 車椅子に座っている凛が叫んだ。


「とりあえず、諦めて降参しな。その方が、こっちも楽だ」


 智志とレイジの融合体である着流しの男は言う。


「……黙れ」


 カラスはふらふらの足取りで立ち上がる。

 荒く吐息を吐きながら目の前の敵を見据えた。


「私は凛のために勝つ!」


 カラスは飛翔した。

 夜闇に自分の姿を紛れさせるように、縦横無尽に飛び回る。

 相手を十分に攪乱させた隙を突き、両剣を胸の前で交差させた。


「はああああぁ!」


 会心の一撃が決まったと、彼は思っただろう。

 だが、着流しの男は細い刀一本で、苦も無く受け止めていた。


「やめときな」


「黙れぇ!」


 いつもの冷静さを欠いたカラスは力任せに押そうとする。

 しかし、その力みを逆に利用され、いなされ、吹き飛ばされる。

 また無様に地に伏した。


「……カラスさん」


 地に伏すカラスの目に映ったのは、瞳をうるませる凛の顔。

 ああ、そうだ。彼は自分のことをヒーローだと言ってくれた。

 それにも関わらず、今ここで無様な姿を晒している。


「……私は凛を愛している。こんな薄汚いカラス風情の私をかっこいいと言ってくれた凛を愛している」


 カラスは剣を杖代わりにして立ち上がる。

 着流しの男は何も言わず、目だけで己の意志を伝えて来る。

 もう、やめろと。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」


 カラスは雄叫びを上げて突っ込む。

 最早、戦法も何もあったものではない。

 ただの破れかぶれだ。

 背中から剣が生えた。


「……ガハッ」


 カラスの口の端から血がこぼれる。

 着流しの男が静かに剣を抜くと、背中からドバっと血が噴き出した。

 膝から地面に崩れ落ちる。無念と共に。

 その時、背後で小さい呻き声が聞こえた。


「……凛?」


 振り向くと、凛が車椅子の上でうずくまっていた。

 その衣服の腹部には、大きな赤い染みが出来ている。

 カラスは戦慄した。



「……あ、見て、カラスさん……今までずっと無かったのに、ステータス画面にシンクロ率が出た……僕たち100%シンクロだって……これが……カラスさんの痛み……なんだね……じゃあ、僕とカラスさんも、智志くんとレイジくんみたいに……合体出来るかな?」


 凛は切れ切れの息で、微笑む。

 カラスはその目にじわりと涙が浮かんだ。


「今……お前の所に行く……」


 カラスは地面を這って進む。

 彼の通った跡は血で濡れた。


「……凛……俺は弱い……弱くてごめんな……」


 涙に濡れた声でカラスは言う。


「……そんなこと……ないよ……カラスさんは……僕のヒーローだよ」


 凛もまた震える手で車椅子を動かし、カラスの下に歩み寄る。


「……凛」


「……カラスさん」


 ようやく互いの手が触れ合った時、彼らは涙をこぼしながら、微笑み合った。


「ありがとう」


「ありがとう」


 最後にそう言ったきり、二人は動かなくなった。

 着流しの男は刀を下ろす。

 その刃を見ると、血のりが付いていた。


「見事だ、怠惰の王とその主よ」


 パチパチ、と小さく手を鳴らしながら夢前が歩み寄って来る。


「此度の『七王戦』は非常に有意義であった。そこに伏している強欲の王とその主はレアケース、貴重なサンプルが取れた」


「サンプル……だと?」


 着流しの男は眉をひそめる。


「そして、何よりも君たちは人類にとって新たな一歩を踏み出した。人と裏人の完全な融合……それによる『新たな人類』の誕生。それこそが、我々の目的であり、引いては偉大なる神に捧げる宝物だ」


 夢前は大手を広げて語る。


「さあ、君たちは選ばれし者だ。我々と共に来たまえ。そして、この退屈な世界に革命を起こすのだ」


 夢前はその手をこちら側に向けた。


「……その前に、一つ良いか?」


「何だ?」


「確か、『七王戦』の勝者は何でも願いを叶えてもらえるんだよな?」


「ああ、そうだ」


 着流しの男は頷く。


「じゃあ、生き返らせろ。この戦いで死んだ奴らを、全員」


 夢前は目を見開く。


「そんなくだらないことに、貴重な願いのチャンスを使うのか?」


「「くだらなくねえよ」」


 二つの声が重なった。

 着流しの男の姿が揺らぎ、二つに分離する。


「何?」


 眉をひそめる夢前の前に、智志とレイジが並んで立つ。


「こいつは……レイジは確かに俺だ。けど、レイジ自身でもある」


 智志は言う。


「だから、お前らが言う『新人類』にはならない。さっさと願いを叶えて、みんなを生き返らせろ」


 智志は若さゆえの怒りをぶちまけることなく、努めて冷静に意志を述べる。

 その隣で、レイジがにやりと笑う。

 夢前がため息を漏らした。


「……主よ、此度の『七王戦』における勝者の願いを聞きたまえ」


 開戦の合図と同様に、胸に下げた十字架を左手で掲げ、右手で十字を切る。

 すると、天から金の粒子が漂って来た。

 それが地上に降り注ぐ。

 フィールドの片隅で地に濡れていた凛とカラスにも降り注ぐ。


「……んっ……カラスさん?」


 まどろむ凛の声に、カラスは呼び起こされる。


「……凛?」


「これは夢? いや、天国なのかな? 凄く温かいや」


「ああ、そうかもしれないな。凛、これからはずっと一緒だ」


「うん」


 二人は互いに手を取り合い見つめ合う。


「おい、ホモってんじゃねえよ」


 熱く温かい空気をさらりと割ったのはレイジの無粋な言葉だ。

 二人はハッとして振り向く。


「な、なぜお前がここに? お前のようなゲスな男は地獄に落ちて然るべきだろう?」


「バカ、ここは天国でも地獄でもねえ、現実だ」


 レイジの冷めた言葉に、二人は辺りを見渡す。

 その視界が智志を捉えると、目に現実味が帯びて来た。


「良かった、ちゃんと生き返って。正直、夢前さんはちょっと胡散臭いから、ちゃんと願いを聞いてもらえるか不安だったんだ」


 智志が笑って言うと、二人の目に再び涙が溢れた。


「もしかして、僕たちを生き返らせてくれたの?」


「ああ」


「何で? 他にもっと自分の好きなことを願えば良いのに」


「友達になりたいって思ったんだよ」


 智志の言葉に、凛はハッと目を見開く。


「凛、俺はお前と友達になりたい。ダメかな?」


 凛の目から大粒の涙がこぼれた。


「ダメなんてことはないよ……ありがとう、智志くん」


 凛はそれ以上、何も喋ることが出来なかった。


「怠惰の王の主……いや、智志よ」


 いつの間にか立ち上がったカラスが、智志のすぐ側に来ていた。


「お前は凛にとって初めての友達だ」


「え、お前は違うの?」


「私は凛の騎士だ。そして、智志、お前が凛の初めての友達だ。だから、私は凛とお前をこれから一生掛けて守って行く」


「あ、それはどうも……」


 智志は苦笑した。


「おいおい、どいつもこいつもホモってんじゃねえよ。ホモクラブかよ」


 また良い空気をぶち壊すように、レイジが言った。


「怠惰の王、私はお前だけは認めん。少しでも智志に害悪を及ぼすようなら、切り捨てるぞ」


「へいへい、分かったよ」


「本当に分かっているのか?」


 カラスは怒り顔で睨みつけた後、ふっと力を抜いて微笑した。


「これにて、此度の『七王戦』は終了した」


 夢前が静かに告げる。


「めいめい、帰路に着くが良い」


 そう言って、夢前は紫のローブをはためかせ、姿を消した。




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