第20話『醜い怒り』

 冷たい夜風が吹き抜ける。


「お前は誇り高き男の生きざまを踏みにじった……この私が成敗してくれる」


 カラスが言い放つ。

 すると、フレイガンの眉間に深い皺が刻まれた。


「この我を成敗する……だと?」


 カラスの何倍も大きい体を悠然と振り向かせる。


「我に到底及ばぬ弱者の分際で、そのように大口を叩くと言うのか!」


 その激昂の声さえも身に衝撃を与える。

 しかし、カラスの目は一切臆することない。


「確かにお前は強い。それは認める。だが、それでも私は負けない」


「それは貴様の強欲故か?」


「そう、私は欲望にまみれた『強欲の王』だ。しかし、私の欲望はただ一つに集約されている」


「それは何だ?」


 フレイガンの苛立った声に対しても、カラスの感情が波立つことはない。


「凛の幸福だ」


 そして、真っ直ぐに相手を見て言い放つ。


「凛……? それは貴様の主のことか?」


「ああ、そうだ。今も私の帰りを待ってくれている。だから、私はお前を倒して必ず凛の下に帰る」


「そうか、なるほどな……」


 フレイガンはくっくと笑う。


「我はこの静流と共に世界の覇権を握る存在。貴様のような虫ケラ風情に構っている時間が惜しい。だから、瞬殺してくれよう」


 フレイガンの体の両サイドが赤く煌めく。


「――ブースト!」


 直後、目にも止まらぬ速度で動き出す。

 一瞬でカラスに肉薄すると、月夜に目がけて鉤爪を振り上げる。


「散れ」


 強靭な鉤爪が振り下ろされる。

 黒い羽が散った。

 だが、フレイガンは手ごたえを得ていないようだ。


「――ッ!」


 フレイガンは殺気を感じてとっさに振り向く。

 彼は右の脇を切り裂かれた。

 赤く煌めいていた光が鳴りを潜める。


「脇が甘いな、憤怒の王よ」


 いつの間にかフレイガンの前にいたカラスが言う。


「貴様、我よりも速く動いたと言うのか?」


 フレイガンは痛みよりも己の絶大な力を傷付けられた怒りに捕らわれている。


「私の朝が来た」


「は?」


「お前はカラスという生き物について、どれくらい知っている?」


「いきなり何を問うかと思えば、くだらん。虫ケラ風情のことなど興味はない」


 フレイガンは鼻息を荒くし一蹴する。


「カラスはとても早起きで、深夜0時に起きることもザラだ」


 語り出したのは息巻くフレイガンの主である静流だった。


「ちょうど、深夜0時を回った所だ。つまり、今は君にとって朝の時間だということ。そして、朝は脳が一番活性化する時間。それが君の力を引き上げた。そういうことかな?」


「ああ、そうだ。私の朝が、凛の孤独な夜を埋める。大切な時間だ」


 カラスは両剣を構え直す。


「今頃、凛は心細い思いをしている。だから、一刻も早くお前を倒して、帰ってやらないと」


「ふざけるなよ、虫ケラ風情が……!」


 フレイガンは残った左サイドのブーストを発動させる。


「冷静さを欠いているな」


 案の定、バランスを崩したフレイガンに対し、カラスは冷徹に接近した。

 双剣でフレイガンの右目を切り裂く。


「グアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!」


 それまでの強者たる雄々しい叫びとは違う、悲痛な叫びが夜空に響き渡る。


「……おのれ……貴様ぁ! よくもこのフレイガンの身に傷を!」


「自分のことよりも、主のことを気にしたらどうだ?」


 あくまでも冷静なカラスの声を受け、フレイガンはぎょろりと上に目を剥く。


「……フレイガン、これはどういうことかな?」


 静流はひざまずき、右目を押さえている。

 指の隙間から血がポタリ、ポタリと垂れていた。


「君は圧倒的強者のはずだ。それなのにこの体たらくは……君が不甲斐ないせいで、主である僕に重大なケガを負わせたんだ」


 静流は残った左目で鋭くフレイガンを睨む。


「この僕に……いずれ世界の覇者になる僕によくもこんな傷を付けてくれたなああああああああああああぁ!?」


 それまで終始おだやかだった静流が獣の如く咆哮した。


「静流……お前……」


 直後、フレイガンはうめき声を上げた。

 雄々しいドラゴンの姿をしていた彼の身が、スルスルと委縮して行く。


「お前たちは二人とも醜い。いくら他者よりも力があろうとも、醜い」


 カラスは双剣を胸の前でクロスさせた。


「ま、待て! 我はもう『憤怒の王』から陥落した! 貴様の勝利だ!」


「命乞いのつもりか?」


 カラスは冷笑する。


「同じ命乞いでも、お前のそれは非常に醜い。己の身を案じてばかりだ。少しは傲慢の王だった奴を……我が友、キングを見習え。外道が」


 その非情な物言いに、フレイガンは呆然とする。

 どんどん小さくなり足場も無くなり奴の背中で、静流は発狂していた。


「むしろ、ここで始末してやるのは私の温情だと思え」


 カラスは動く。

 その剣先が月の光を怯えてぎらりと輝く。


「や、やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぉ!」


 醜い叫びごと切り裂く一閃――


「カッ……ハッ……」


 フレイガンは天を仰ぎ瞠目した。

 静流の口からは鮮血が溢れ出す。


「せいぜいあの世で、その汚れた魂をきれいに洗って来い」


 カラスが言った直後、フレイガンは消失する。

 最後に元・憤怒の王としての威厳を示すかのように、炎を上げた。

 その炎に飲まれて、静流の身は灰となって夜風に流された。


「……終わったか」


 カラスは天を仰いだ。


「キング、そして丸夫よ……安らかに眠れ」


 カラスは血濡れた双剣を消失させると、愛しき主の下へ帰還せんと羽ばたいた。




      ◇




「……傲慢の王と憤怒の王が脱落したか」


 水晶に映る光景を見つめながら、一人呟く。


「これで残るは強欲と怠惰。はてさて、どちらに勝利の女神は微笑むかな?」


 コンコン、と部屋のドアがノックされる。

 ドアを開けたシスターが厳かに礼をした。


「夢前様、準備が整いました」


「では手筈通り、現時点で生き残っている二人の王とその主たちを例の場所へ」


「かしこまりました」


 シスターは再び礼をして部屋を後にした。


「さて、今回の彼らは我々の崇高な目的を叶えるのに値するのか……見物だな」


 夢前は水晶を見つめたまま、ほくそ笑んだ。




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