第19話『誇り高き男』

 孤独に夜闇を駆けていた。

 身を切り裂くような空気の圧が、むしろ心地良い。

 この感覚を、彼にも味あわせてあげたい。


「そろそろ、凛の所に帰ろう」


 呟いた時。

 前方に、月光に照らされる影が見えた。

 立派なたてがみが夜風になびいている。

 その影は、道なき所に己の道を築き上げ、待ち構えていた。


「よう、強欲の王」


「傲慢の王か……」


「そう、俺は傲慢の王・キング様だ。お前の名前は何だっけ?」


「カラスだ」


「アホー、アホー、って鳴いているカラスか」


 キングはしたり顔で言う。

 しかし、カラスは冷静な表情を崩さない。


「安い挑発だな。お前の方がよほどアホと見受けるが」


「なっ」


「キングさん、一本取られましたね」


 キングの背中に乗っていたメガネの少年が言う。


「丸夫、うるせえよ! おい、キザカラス! オレ様と勝負しやがれ!」


「お前とか?」


 カラスは小さく眉根を寄せた。


「何だよ、不服なのか?」


「正直、あまり気乗りしないな」


 キングの表情が目に見えて険しくなった。


「オレ様は最強のキング様だ! 勝負しやがれ!」


 喚くキングに対し、カラスはため息を吐く。


「仕方ない、少し遊んでやるか」


「その余裕面、今にぶち壊してやるよ」


 キングは前足で己の道を掻く。

 雄々しく遠吠えを響かせると真っ直ぐにカラスへと向かって行く。


「らあああああああああああああぁ!」


 月光にぎらつく鉤爪を振りかざす。

 巨体の体重を駆けるように垂直に振り下ろした。

 カラスは眼前に迫る猛撃を、冷静に見極めて横にひらりとかわす。


「逃げんじゃねえぇ!」


 キングは今度は逆の前足で鉤爪を振り下ろす。

 カラスは同じように身を軽くひねって回避した。

 大振りで隙が生じたキングの腹に蹴りをお見舞いする。


「ぐっ」


 キングの巨体が吹き飛ばされる。

 己の道を外れ虚空に投げ出されるが、すぐさま道を作り直して踏み留まる。


「どうした? 息巻いておいてこの程度か?」


「調子に乗るなよ……」


 キングは背中の上で腹を抑える丸夫を見た。


「丸夫、これくらいでへこたれてんじゃねえだろうな?」


「だ、大丈夫です」


 丸夫は苦笑しながら言う。


「頼りない返事だなぁ。まあ、良いや」


 キングは再びカラスに目を戻す。


「テメエのその澄ました面が本当に気に食わねえ」


 口を開くと、キングの牙が光り、超大に伸びた。


「噛み殺す!」


 キングは駆け出す。巨体をダイナミックに躍動させ、カラスに肉薄する。

 鋭く伸びた牙をぎらつかせた。


「ウオオオオオオオオオオオォ!」


 唸り、雄叫びを上げ、カラスの身を噛み砕く――

 そのイメージが彼の頭を過ったはず。

 しかし、それは甲高い金属音によって霧散した。


「仕方ない、私も少し本気を出してやろう」


 カラスの両手には剣が握られていた。

 その剣でキングの牙を受け止めている。


「こんな剣噛み砕いてやるよ!」


 キングは歯噛みの力を増す。

 カラスはその力に真っ向から対抗することなく、巧みに身をひねって滑らせた。

 剣を牙から解き放つと、斬撃を放つ――


 はらり、と宙に舞ったのは雄々しい獅子の鬣。

 キングはしばし、呆然とした。


「感謝しろ。もしこの刃で切り刻んだら、シンクロ状態にあるお前の主まで息絶えていただろう」


 キングは打ち震える。


「……テメエ、ふざけんなよ。この『傲慢の王』たるオレ様に……この上ない屈辱を与えやがって……!」


 顔を上げたキングの目は爛々と輝いている。

 一度前足で道を掻き、猛然とカラスに飛び掛かる。

 その速度が先ほどよりも上がっていた。


「スイッチが入ったか」


 カラスも自然と構えに力が入った。


「らあああああああああああああぁ!」


 猪突猛進。

 いや、獅子奮迅とでも言うべきだろうか。

 キングは己の道を造り上げ、ひた走る。

 一直線にカラスへと迫った。


「単調な攻撃ばかりで、この私に通用すると思うなよ」


 カラスは再び両剣でキングの猛突進を受け止めた。

 衝撃で激しく火花が散った。


「キングさん……負けないで!」


 丸夫が切なる思いを込めるように叫んだ。


「バカ野郎、お前に言われるまでもねえ」


 そう言いつつも、キングの口元はにやりと笑っていた。

 次の瞬間、キングはカラスの両剣を咥えたまま、身を捻った。


「むっ?」


 体格差の利を生かし、キングが力で主導権を握った。

 細身のカラスは為すがままに回転し、その勢いで後方へと吹き飛ばされた。

 キングは攻撃の手を休めることなく、体勢を崩したカラスを追撃する。

 その強靭な鉤爪に切り裂かれる寸前――カラスは黒翼を羽ばたかせて回避した。


「ただのバカではないということか」


「誰がバカだ」


 キングはカラスの両剣を咥えたまま睨む。

 すると、おもむろにその両剣をカラスに向けて放った。

 カラスは半ば目を見開いて受け取る。


「どういうつもりだ?」


「オレは全開のお前を叩きのめす。それだけのことだ」


 真っ直ぐにこちらを見つめるキングに対し、カラスはほくそ笑んだ。


「前言撤回だ。やはりお前はバカだ」


「何だとぉ!?」


「だが、嫌いではない」


 カラスは再び両剣を握り締めて構えた。


「私も決めた。お前は全力で倒す」


「望む所だ」


 両者は互いに口元で微笑した。

 そして、駆け出す。


「らあああああああああああああああああぁ!」


 キングはジグザグに道を作って走り、相手を攪乱させる。

 カラスは無理に追う事はせず、キングが攻撃を仕掛けて来る瞬間を静かに待つ。


「――縮地」


 ふいに、キングの姿が掻き消えた。

 カラスが目を見張ったわずか数瞬の間に、キングが目の前にいた。


「何ッ!?」


 

「オレ様の『王の道キングロード』は、自由奔放なのさ」


 キングの斬撃がカラスを切り裂く。

 鮮血が散った。


「……直前に身を引いて、致命傷は裂けたか」


 キングは鼻先に付着した返り血をぺろりと舐めて、にやりと笑う。

 一方、カラスは鮮血が滴る胸部を押さえながら、わずかに荒い吐息を漏らした。


「良かった、私と凛がシンクロしていなくて」


「あん? んだよ、お前と主は全然仲良くやってないのか?」


「たわけたことを抜かすな。私と凛は固い絆で結ばれている」


 カラスの目に再び覇気が宿った。


「スイッチが入ったな」


 キングはしてやったりとばかりに言う。

 カラスは怒りを噛み締めつつも、同時に喜色を口元に浮かべた。


「暴食との戦いで感じていたが、お前は中々に骨のある男だ。私が倒す価値のある男だ」


「抜かせ、オレ様は偉大なる王だぞ」


「ふっ、ならば今ここで地に落してやろう」


「やれるものならやってみな」


 カラスとキングは互いに睨み合いながら笑みを浮かべた。


「――くだらん」


 瞬間的に、ぶわっと灼熱の温度を感じた。

 両者は反射的にその場から飛び退く。

 その場所を猛り狂う豪火が過ぎ去った。

 振り向いた先に、月を覆い隠す巨大なドラゴンがいた。


「お前は……憤怒の王」


 灼熱の赤色をしたドラゴンは、月光を浴びながら悠然とこちらに近付いて来た。


「皆さん、こんばんは」


 ドラゴンの背中に佇む青年が言った。


「僕は凪下静流なぎもとしずると言います。この憤怒の王・フレイガンの主です」


 静流はどこまでも深く穏やかな声で言った。


「お前たちに何の権利があって私たちの戦いを邪魔するのだ?」


 カラスが静かに睨みを利かせる。


「それは無粋なことをして申し訳ありません。しかし、これは『七王戦』です。殺すか、殺されるか、そういった戦いにルールなど存在しないと思いますが?」


 静流は涼しい顔で言う。


「確かにお前の言う通りだ。けどな、それじゃオレ様はつまらねえ。男ってのは、粋が必要なんだよ」


 キングが半ば諭すような口調で言った。


「静流、このザコ共と話すだけ時間の無駄だ。我の炎でさっさと消すぞ」


 フレイガンの唸るような声に、キングが敏感に反応した。


「誰がザコだって?」


「貴様らのことに決まっているだろ」


「まともに戦ってもいねえくせに、随分と偉そうな口を利きやがって」


 キングは鉤爪を『王の道』に突き立てて相手を威嚇する。

 カラスも彼の怒りに同調していた。

 しかし、同時にフレイガンに対する脅威も感じていた。


 先のベルゼ戦において、他の七大罪の王たちが共闘で苦戦していたベルゼを、その一撃で滅した。


 正直、今回の『七王戦』において、奴の力は抜きん出ている。

 恐らく、ステータスは一番高い。強い。

 そのことは、キングも承知しているだろう。

 しかし、彼は一切臆する様子を見せない。


「傲慢の王よ、ここは私と共闘しないか?」


 カラスが提案する。

 キングはちらと彼を見据えた。


「……ああ、そうだな」


 キングは意外にもあっさりと頷いた。


「この偉そうな野郎をぶっ倒して、さっさと勝負の続きをしようぜ」


「……ああ、そうだな」


 二人は再び微笑み合う。


「何か二人とも、仲良しになりましたね」


「仲良くねえよ!」


「断じて違う」


 丸夫の言葉を両者は即座に否定した。


「貴様ら! 我を無視して戯れに走るな! 虫唾が走る、この虫ケラども」


 フレイガンはどこまでも高みから彼らを見下す。


「良いぜ、好きなだけほざけよ、クソ野郎。その虫ケラに、お前はこれからぶっ倒されるんだからよ! 行くぜ、丸夫ぉ!」


 キングは『王の道』を展開して駆け出した。

 フレイガンと同じ高みを目指してひた走る。

 カラスもキングに追随した。


「ザコ共が、目障りだ」


 フレイガンが大あごを開く。

 再び豪火が放たれた。

 辺りの大気を焼き焦がすほどの威力。

 回避しても、その熱量が否応なしに身をひりつかせる。

 その一吐きで場の空気を一変させるほどだ。


「らあああああああああああああぁ!」


 キングは尚も臆することなく、その背に丸夫を乗せて突き進む。


「食らえぇ!」


 キングの鉤爪がフレイガンの皮膚を切り裂く。

 だが、そこに一切の傷は生じなかった。


「何だ? 蝿でも触れたのか? ああ、蝿は既に焼き殺したな」


 フレイガンは酷薄な笑みを浮かべて言う。


「この野郎……」


 キングは歯噛みをした。

 その脇をすり抜け、今度はカラスがフレイガンに迫る。


「こいつの皮膚は超合金のそれに近い。ならば……」


 カラスの両剣はぎらりと狙いを定める。

 その焦点はフレイガンの眼だ。


「どうやら、彼は頭がキレるようだ」


 フレイガンの背に乗る静流が言う。

 その言葉ごと薙ぎ払うように、フレイガンは身を翻し、その長大な尻尾を振るった。

 肉薄したカラスを捉え、吹き飛ばす。

 彼は悲鳴を発する暇も無かった。

 遥か眼下のアスファルトに叩きつけられる。


「カラス野郎ぉ!」


 キングの叫び声が虚しく響き渡る。


「さて、虫ケラを一匹始末した。残りは貴様だけだ」


「テメエ……」


 キングはぎらつく眼でフレイガンを睨む。


「何なら、尻尾を巻いて逃げても良いぞ? まあ、どのみち地の果てまで追いかけて殺すがな」


「テメエはストーカーかよ」


 キングは安い挑発を放つ。


「貴様、この我に対して侮蔑の言葉が許されると思うなよ?」


 豪火が放たれる。

 その温度は先ほどよりも上昇していた。

 回避したそばから、皮膚を焦がされるほどだ。


「うっ……」


 呻き声を発したのは丸夫だった。


「丸夫! 大丈夫か!?」


「う、うん……大丈夫」


 丸夫は苦痛に歪んだ笑みを浮かべた。


「弱者同士が傷を舐め合って、実に嘆かわしい光景だ! 反吐が出る!」


 灼熱の炎が吐き出される。

 唸りを上げ、キングたちを狙う。

 キングは直撃をかわす。

 しかし、炎は方向転換してどこまでも追いかけて来た。


「マジでストーカーかよ!」


 キングは叫ぶ。

 クソ、どうしたら良い。

 彼は脳裏で葛藤した。


「イチかバチか……」


 キングはそのまま炎を引き連れて夜空を駆ける。

 そして、フレイガンへと真っ向から突き進んだ。


「むっ?」


 フレイガンと衝突する寸前、キングは急激に方向転換をした。

 そして、豪火がフレイガンを飲み込む。


「よっしゃ! ざまあみろ!」


「やりましたね、キングさん!」


 二人は歓喜の声を上げた。


「……小賢しい」


 紅蓮の炎の中で、フレイガンが重低音の声を発した。

 奴は背中の翼を羽ばたかせて炎を掻き消した。

 キングは瞠目した。


「この我が……自らの炎で焼かれるマヌケだと思ったか!?」


 フレイガンは天を仰いで咆哮を上げた。


「僕は軽く死ぬ所だったけどね」


 静流が苦笑する。


「良いではないか。貴様はこの退屈な世の中を生きるくらいなら、死にたいと言っていたじゃないか」


「まあ、そうだけど。君の力でこの戦いに勝利すれば、この世界を変えるという望みが叶えられるから。もう少しだけ、長生きしたいかな」


「ワガママな奴だ」


 静流の言葉に、フレイガンはくっくと笑う。


「ちっ、どこまでもいけ好かない野郎どもだ」


 キングは歯噛みをして唸った。


「キングさん、もう僕のことは気にしなくても良いです」


 ふいに丸夫が言った。


「あん?」


「僕はこの戦いに臨んだ時から覚悟していました。自分が死んでしまうかもしれないことも……だから、全力であいつを倒して下さい」


 キングは背中に乗せた彼を見張った目で見つめる。

 ヒョロくて弱いと思っていた彼は、自分が思っていたよりもずっと強い。

 いや、強くなったのかもしれない。


「……バーカ、お前は死なねえよ。何せ、オレ様があのクソドラゴンをぶちのめすんだからな」


 キングがにやりと笑うと、丸夫も微笑んだ。


「力無き者が戯言をほざくな!」


 フレイガンの怒声は天地を揺るがすほどに響いた。

 その両翼を雄々しく羽ばたかせ、飛翔する。

 遥か高見からキングを見下ろした。


「砕けろ!」


 そこから急降下して突進を仕掛けて来た。

 身を当てられる前に風圧が押し寄せる。

 その圧倒的な迫力にさしものキングも足がすくみかけた。

 しかし、『傲慢の王』としての誇り高さが、彼を駆り立てる。

 強く己の道を踏み締め、その身を躍動させる。

 フレイガンの超巨体をかわしながら鉤爪で切り裂く。


「らあああああああああああああああぁ!」


 軋む金属音を立てながら、キングは己の爪を振り切った。

 それまで、その頑強さをまざまざと見せつけたフレイガンの皮膚から。

 鮮血が飛び出した。


 フレイガンは瞠目した。


「痛いなぁ」


 代わりに声を発したのは、彼の背に乗る静流だ。

 彼は左脇を押さえている。そこから同じく鮮血が垂れている。


「まさかフレイガンに傷を付けられるなんて。僕にも被害が及ぶんだから、あまり油断してないでくれよ」


 あくまでも穏やかな口調で肩をすくめる静流。

 一方、フレイガンは口を閉ざしたままその身を震わせた。


「フレイガン、怒って冷静さを失っちゃダメだよ。君は圧倒的な強者なんだから。強者は常に余裕を持っていないと」


「……バカを言え。我は貴様の内なる怒りを具現化した存在。憤怒の王なのだぞ? この受けた屈辱に対して冷静でいることなど……」


 その両翼を雄々しく広げた。


「出来るかあああああああああああああああああああああああああぁ!」


 咆哮は天地を揺るがすほどに響き渡る。

 夜空に向かって放たれた豪火が群雲を掻き消した。

 フシュウゥ、と荒く吐息を漏らし、フレイガンは目の前の敵を睨み付ける。


「我にここまでの屈辱を与えて、無事で済むと思うなよ?」


 気弱な者ならフレイガンのそのひと睨みだけで卒倒してしまうだろう。

 だが、キングはむしろボルテージを上げた。


「おい、丸夫。気合入れてオレ様の背中にしがみついてろ」


「は、はい」


 キングは口元に笑みを浮かべ、己の道を前足で掻いた。


「クソドラゴンをぶち殺す!」


 勇ましく猛りながら自分よりも大きな相手に向かって行く。

 それこそが彼の誇り。

 傲慢の王・キングなのだ。


「虫ケラ風情が調子に乗るな!」


 フレイガンが豪火球を連続して放つ。

 怒り狂った奴の攻撃は凄まじいが、しっかりと地に足を付けているキングの方に分があった。

 迫り来る火の球をことごとくかわす。

 そして、フレイガンに肉薄した。

 鋭利な爪がその腹部を切り裂く。

 先ほどよりも派手に鮮血が散った。


「なるほど、こっちの方が防御力は弱いんだな」


 キングはにやりと笑う。


「貴様ぁ……」


「ていうか、ちゃんと自分の主も見ろよ。そいつがくたばっちまったら、お前も消えちまうだろ?」


 キングはフレイガンの背中で腹部を押さえてひざまずく静流を見て言った。

 その口の端からも血がこぼれている。


「だとさ、フレイガン」


 静流は穏やかな笑みを浮かべる。


「ふん、この男は一見すると線の細い優男だが、強者だ。簡単に倒れる訳がない。何せ、我の主なのだからな」


 フレイガンは低く重苦し声を発した。


「嬉しいな、そんなことを言ってくれるなんて」


 静流は微笑んだ。


「ハッ、上等じゃねえか! だったら、オレ様が気持ち良くお寝んねさせてやるよ!」


 今のキングは勢いに乗っていた。

 自分よりも力があるフレイガンに対し優位に立っている。

 体も軽くよく動く。鉤爪の切れ味も抜群だ。

 イケる。


「らああああああああああああああああぁ!」


 気合の雄叫びを上げて真っ直ぐにフレイガンへ突っ込む。


「仕方がない、少し本気を出してやろう」


 フレイガンは言う。

 奴は宙で身を屈めた。

 その体の節々がより赤みを帯びる。


「――ブースト」


 次の瞬間、フレイガンが猛烈な勢いで飛び出し、瞬時に加速した。


「あッ!?」


 目を見開くキングの眼前に、フレイガンの超巨体が迫った。

 その豪腕がキングの身を叩く。


「ガハッ……」


 衝撃にキングの身が揺らぐ。

 その場に沈みそうになるのを、何とか堪えた。

 獅子の誇り高さでブレない強さを見せつける。


「丸夫、大丈夫か?」


 キングの背中でうずくまっていた丸夫が顔を上げる。


「はい、大丈夫です……」


 その額には脂汗が浮かんでいた。


「丸夫、お前……」


 キングはほくそ笑む。


「悪いけど、最後までオレ様に付き合ってくれるか?」


「はい。僕はキングさんの主だから」


「言うじゃねえか」


 正直、体はもう限界に近い。

 けれども、大切な友の声が、存在が、キングを奮い立たせる。


「行くぞ、クソドラゴン!」


 キングは再び己の道を走り出す。


「何度来ても同じことだ!」


 フレイガンは体のブーストを発動させ加速する。

 超巨体にも関わらず凄まじい速度だ。

 その風圧に押されながらも、キングは果敢に立ち向かう。


「らあああああああああああああぁ!」


 鉤爪を振るうが、かわされてしまう。

 代わりにフレイガンの尾による打撃を受けた。


「ぐッ!」


 筋肉が、骨が、表情が軋む。

 だが、それは背中に乗せる友も同じこと。

 いや、それ自分以上にダメージを受けているに違いない。


「クソドラゴオオオオオオオォン!」


 キングは咆哮を発して目の前の強者を追う。

 だが、想いとは裏腹に、彼の攻撃は届くことなく、敵の重い一撃の衝撃が身を揺るがす。


「……ハァ、ハァ」


 うなだれたキングは荒く吐息を漏らした。


「そろそろ、トドメを刺してやろう」


 フレイガンは悠然と宙を舞いながら、キングをどこまでも見下す。

 キングは息を切らしながら、奴を見据えた。

 そして、唇を震わす。


「……オレ様の負けだ」


 掠れた声でハッキリと言った。


「ん?」


「悔しいが、オレ様じゃお前には敵わない。だから、もう勘弁してくれ」


「貴様は正気か? 己の誇りを捨てるなど、それでも『傲慢の王』なのか?」


「今のオレ様の誇りはただ一つ……大切な友達を守ることだ」


 彼の言葉に、丸夫は目を見開く。


「キングさん……」


 そんな二人を、フレイガンは静かに見下している。


「頼む」


 キングは身を伏せ、頭を下げた。

 それは誇り高き獅子らしからぬ姿。

 だが、今の彼にとってそんなことはどうでも良かった。


「なるほど、貴様は中々に骨のある奴だな」


 フレイガンの言葉に、キングは喜色を浮かべて顔を上げた。


「すまない、恩に着る……」


 豪火が吐き出された。

 救われた笑みを浮かべたキングと丸夫を焼き払う。

 彼らは一瞬にして灰塵と化した。

 誇り高き王の道の残滓が夜風に流される。


「君が僕の内から生まれたと思うとゾッとするよ、フレイガン」


 静流は変わらず穏やかな笑みを浮かべて言った。


「反吐が出ると思ったから吐いたまでのこと」


 フレイガンは二つの命を奪った直後にも関わらず、全く動じず、そっけない返事をする。


「帰るぞ、静流。此度の『七王戦』において、我に敵うものなどいない。明日にでも我が怒りの豪火にて全ての者を焼き払い、貴様の願いを叶えてやろう」


「ハハ、君となら世界征服とか出来ちゃいそうだね」


「すこぶる賢いくせに、『世界征服』などと幼稚な言葉を発するな」


「はいはい」


 クスクスと笑う静流を横目で見て鼻息を鳴らし、フレイガンはその場から去ろうと身を翻す。


「――待て」


 静かな声に呼び止められる。

 圧倒的強者である彼は、鷹揚に振り向いた。


「……何だ、虫ケラ風情が。生きていたのか」


 彼に目に映ったのは、先ほど地に落したはずのカラスだった。


「なぜ、殺した?」


「ん?」


「己の誇りを捨ててまで友を守るために命乞いをした奴を、なぜ殺した?」


「目障りだったから、それだけだ」


 フレイガンはカラスに顔だけ向けて答える。


「なるほど……確かに、お前は強い。それは認めよう。しかし、一切尊敬は出来ないな」


「何だと?」


「今し方お前が焼き払ったキングは、すこぶるバカな奴だったが……尊敬出来る奴だった」


 カラスはその両手に剣を呼び出し、握り締めた。


「お前は誇り高き男の生きざまを踏みにじった……この私が成敗してくれる」


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