第17話『色欲VS嫉妬』

「なあ、聞いたか? 昨日の夜に怪獣決戦があったんだってよ」


「え? マジで? 嘘だろ?」


「けど、空をビュンビュン飛び回る奴とか、人を食う化け物が出たって」


「実際、死んだ人たちもいるって、ニュースにもなっているぜ」


 クラスメイトたちのざわざわとした声が耳に届く。


「智志はどう思う?」


 半ばボケっとしていた所に、信樹が声をかけて来た。


「え、何が?」


「皆が噂している怪獣決戦のことだよ。僕は部活で疲れて速攻で寝ちゃったんだけど、智志は多分起きていたかなって」


「ああ……いや、俺も良く分からないな」


「そっか~。ちぇ~、僕も見てみたかったなぁ」


 信樹が口を尖らせる。


「見ない方が良いよ」


「えっ?」


「いや、何でもない」


 智志は口ごもると、話題を逸らすかのように視線を外に向けた。

 今は青い空が広がっている。

 しかし、昨晩は夜闇の中で正に怪獣共が争ったのだ。

 そして、自分もその当事者なのだ。

 口が裂けても言えないが。


「おーい、いつまで騒いでいるんだ。HR始めるぞ~」


 教室にやって来た担任教師の声にホッとする。


「そういえば、智志。肩の調子はどう?」


 正直、まだ完治はしていない。

 けれども、これ以上休むのは罪悪感を覚えてしまう。


「うん、今日からまた部活に……」


 瞬間、頭をベシリと叩かれた。


「痛っ」


 振り向くと、そこには誰もいない。

 だが、智志にはその犯人が分かった。

 誰もいないその場をじろりと睨む。


「あっ、やっぱりまだ痛むんだね。きちんと治るまで休みなよ」


 そう言って、信樹は自分の席に戻って行った。


「……おい、レイジ」


「良い友達を持ったな、相棒」


 姿を消したまま、レイジはけらけらと笑った。




      ◇




 放課後、帰宅部の彼女はすぐに下校すると、バスに揺られながらスマホの画面を見つめていた。


『郊外の廃工場に来て下さい。お待ちしています。

                         笹山 楓』


 昨晩の戦いの後、いきなりアドレスを教えて欲しいと言われて驚いたけど。

 なるほど、このためか。


「恵美、本当に行くの?」


 薄らと姿を浮かばせたシーナが言う。


「ええ」


「罠かもしれないわよ?」


「だとしても、いつまでも逃げている訳にもいかないでしょ」


「あなたは本当に気が強いのね。だから、せっかくの可愛さとナイスバディを活かせず、男が寄り付かないのよ」


「黙りなさい」


 恵美が軽く拳を振ると、シーナはさっと姿を消した。


「気が強い……か」


 果たして、本当にそうだろうか。

 むしろ、自分は……

 バスが停車した。

 ポニーテールをなびかせ、地面に降り立った。


「駅前も通り過ぎて、こんな場所でバスを降りるなんて……初めてだわ」


 賑やかな町並から外れたその場所は、しんと静まり返っていた。

 一応、民家はあるのだが、まるで住民の気配が感じられない。

 息を潜めて暮らしているのだろうか。


「ここなら、誰にもバレずにえっちぃこと出来るね」


 少し不安がる恵美をよそに、シーナは楽しそうに言う。


「何言ってんのよ」


「あなたのために言ったのよ? ここなら、智志とえっちぃこと、出来るよ」


 耳元でぼそりと囁かれ、恵美は急激に体温が上昇した。


「バ、バッカじゃないの!?」


「予想通りの反応ありがとう」


 顔を真っ赤に染めて怒る恵美に対し、シーナは尚も軽やかに笑う。


「本当に腹立たしい奴ね……」


「うふふ」


 シーナはいつものように蠱惑的に笑う。


「――随分と呑気なものだな」


 ねっとり、絡みつくような女の声が聞こえた。

 ハッと目を向けると、廃工場の前に佇む人物が二人いた。


「嫉妬の王とその主……いきなり私たちをこんな場所に呼びつけて、何用かしら?」


 シーナが挑発するような言葉を投げた。


「お前はバカか? 今私たちは『七王戦』の真っただ中にいるのだぞ」


 ヴィーナスはぎろりと鋭く睨みを利かせる。


「本当に嫌な感じの奴ね」


 シーナは呆れたようにため息を漏らす。


「有村さん、いきなり呼び出してごめんなさい」


 好戦的な態度のヴィーナスの傍らで、楓が詫びた。


「構わないわ。いずれ、あなたとはきちんと向き合わなくちゃ行けないと思っていたから」


「それは智志くんのことで?」


 楓が言うと、恵美はボッと頬を赤らめる。


「べ、別にあいつのことなんて……」


「私と智志くんはただの幼なじみだよ」


 楓は抑揚のない声で言った。

 恵美が改めて見つめると、楓は感情の読めない顔をこちらに向けている。


「さあ、始めましょうか。クソアバズレの色欲を殺してあげましょう」


 ヴィーナスが鋭く牙を剥くと、その体がボコボコと隆起する。

 巨大な蛇がその場に鎮座した。


「相変わらず、嫌らしく醜い姿ね」


 シーナは尚も挑発するように言う。

 彼女の周りにオーラが迸り、髪の色がピンクに染まる。

 その頭から角が生えた。


「お前の方こそ、卑しい淫売だ」


 ヴィーナスがぎろりと爬虫類の目で睨む。


「御託を並べても仕方がないわ。さっさと始めましょう」


 くすりと笑い、シーナはその手に弓矢を出現させた。

 滑らかな動きで矢を番え、放つ。

 高速の矢が瞬時にヴィーナスの額に迫った。

 ヴィーナスはその巨体をひねり、かわす。


「見かけによらず、すばしっこいこと」


 シーナは軽口を叩きながら既に次の攻撃体勢に入っていた。

 今度は三本の矢を同時に番える。


「食らえ」


 放たれた三本の矢はそれぞれ別の軌道を描く。


「ちっ」


 ヴィーナスは舌を打ち、尻尾を使って弓矢を打ち落とす。

 一本、二本の矢は防ぐ。

 しかし、三本目の矢が胴体に突き刺さった。


「ぐぅっ!」


 苦痛に目元を歪ませる。


「うっ……」


 同時に、楓も腹部を押さえて呻いた。

 恵美はその姿を見て、少しためらいの気持ちが生じた。

 けど、唇を噛んで堪える。


「醜い顔だこと」


「調子に乗るなぁ!」


 怒るヴィーナスの口から毒針が吐き出される。

 シーナは翼を羽ばたかせ上方に退避した。

 直後、見えない障壁にぶつかり、体勢が揺らぐ。


「……フフフ、同じ手に二度も引っかかるとは。愚かな淫売だな」


 ヴィーナスは蛇の口をニタァ、と笑わせる。


「……確かに私はエロいけど、バカじゃないわよ」


「あん?」


 シーナは地上に背中を向ける形で、宙で仰向けの体勢になった。

 見えない障壁に手を伸ばす。


「コラプス・バリア」


 ぴしり、と微かな亀裂音がした。

 その小さな歪みは見えないバリア全体へと広がり。

 やがて崩壊させた。


「何ッ!?」


 動揺に目を瞠目させるヴィーナスをあざ笑うかのように、シーナは上昇した。


「恵美、ちょっと危ないから離れていて!」


 叫ぶシーナは一本の矢を番える。

 それは今までの矢よりも強固なオーラを纏っていた。


「バースト・デスアロー」


 強烈なオーラは宙を走ることでより苛烈さを増す。


「なッ……」


 絶句する表情のヴィーナスに直撃した。

 瞬間、爆発が生じ、衝撃が走る。

 恵美は爆風が止むのを待って、かざした腕を解く。


「恵美、ケガはない?」


「まあ、何とか」


 恵美は少しばかり呆れたようにシーナを睨む。


「けどまあ、これであの鬱陶しい蛇女は始末できた訳だし……」


 その時、漂う硝煙の中から無数の毒針が飛来した。

 シーナはとっさに翼で己と恵美を覆い隠す。


「くっ……」


「うっ……」


 恵美は肩甲骨の辺りに痺れるような痛みを感じた。


「……誰が始末されたって?」


 漂う煙の中でぎらりと眼を輝かせ、ヴィーナスがゆらりと姿を現す。

 今度は逆に、あちら側がこちらをあざ笑うかのように、割れた舌先をちろちろと動かす。


「しつこい奴は嫌われるわよ。男も女もね」


「黙りなさい、淫売」


 煙が完全に晴れて露わになったヴィーナスの皮膚は、夕陽を浴びてぎらついていた。


「皮膚を硬化させたのね……」


「私の『メタルスケイル』を前に、あなたの攻撃は無力よ」


 ヴィーナスは勝ち誇った笑みを浮かべる。

 対するシーナは、無言のままその手に鎌を顕現させると、ヴィーナスに接近した。


「はぁ!」


 金属と金属がぶつかり合い、軋むような音が響いた。

 力を込めるために歯噛みをしたシーナをあざ笑うように、ヴィーナスはにたりとした。

 シーナの鎌を受け止めた状態でわずかに身を引き、勢いを付けて頭突きを放った。


「うあぁ!」


 シーナは吹き飛ばされる。空中で体勢を整え直すと、鎌を消し弓矢に持ち替えた。

 矢を数本飛ばす。しかし、無情にも弾かれてしまう。


「このアバズレ風情が。お前の攻撃などもう効かないんだよ」


「ちっ、このクソ蛇女め……」


 両者が睨み合う最中、恵美はふと楓に目をやった。

 彼女は終始、神妙な面持ちで佇んでいる。


「笹山さん」


 思わず、彼女の名前を呼んでいた。


「何?」


 楓がおもむろに顔を上げて恵美を見つめる。


「あなたは、智志のことをどう思っているの?」


「智志くんはただの幼なじみだよ」


「答えになっていないわ。あなたは智のことをどう思っているの?」


 楓は口を閉ざす。

 そんな彼女に対して、恵美は小さく息を吸った。


「私はあいつのことが……好き……かも」


 恵美は雑念を払うように、首を横に振った。


「ううん、好きよ」


 楓の頬がわずかに引きつったように見えた。


「……有村さんは良いよ。美人でスタイルも良いから、堂々とそんなことが言えるんだ」


「えっ?」


「私は地味で冴えない女だから。キラキラしている智志くんの隣にいちゃダメなの」


 その時、これまで感情の見えなかった楓の瞳に、わずかな怒りの炎が見て取れた。


「それって……」


 恵美が重ねて問いかけようとした瞬間、ふわりと浮かぶ。

 直後、真下を毒針が過ぎ去って行った。


「小娘、それ以上、楓を詮索するな」


 フシュウウゥ、と怒りの息を巻いてヴィーナスが睨みを利かす。

 同時に毒針を吐いた。

 シーナが恵美を抱えて回避する。


「ありがとう」


「恵美、ちょっと下がっていてくれる?」


 そう言うシーナを恵美は少し不安な目で見つめた。


「大丈夫、私に任せて」


 シーナはいたずらな笑みを浮かべると、ヴィーナスを見据えた。


「さあ、どうする淫売? 今すぐ降参するなら、命だけは助けてやらないこともないわ」


「はっ、あんたに屈するくらいなら、この命なんていらないわ……って、私が死んだらシンクロしている恵美もかなりのダメージを負っちゃうか」


 苦笑するシーナに対し、


「構わないわ。思い切りやって」


 恵美は芯の通った声で言う。

 シーナは顔だけ振り向き、またいたずらな笑みを浮かべた。


「ヘビ女、確かに私の鎌も弓矢もあんたには通じない。けど、私の力はそれだけじゃないわ」


 シーナはすっと右手を前に突き出すと、意識を集中するように目を閉じた。


「我、かの醜き者の心を掌握する」


 呪文を唱えた瞬間、それまで勝ち誇っていたヴィーナスの目が揺らいだ。


「あっ……がっ……貴様、私の精神に干渉を……」


「そう、本来私はこっちの方が得意なの。けど、嫌らしい戦い方だから、あまり使わなかっただけ。私はあんたみたいに根性曲がってないから」


「黙れ……ぐあああああああぁ!」


 ヴィーナスは悲鳴を上げてもがく。


「さてと、邪魔者は封じたことだし……お嬢ちゃん、あなたの本音を喋ってごらん?」


 シーナは蠱惑的な目を楓に向けた。


「私の……本音?」


「そう。もし言わなかったとしても、ご覧の通り私は精神干渉が得意だから。お嬢ちゃんの薄っぺらい胸の内なんて、すぐに分かっちゃうわ」


 言われて、楓は起伏に乏しい自分の体を撫でた。


「あんたねぇ」


 恵美が呆れたようにため息を漏らす。


「私は……小さい頃から智志くんを知っている」


 楓がぽつりと語り出す。


「智志くんは昔から頑張り屋で、剣道がすごく強くて、皆からも好かれていて、女子にもモテて……それに引き換え、私は大した取り柄もない地味で冴えない女だから……」


 ぎゅっとその手を強く握り締めた。


「もし、私が有村さんみたいだったら……」


「……楓……待ちな……さい」


 地に伏しもがくヴィーナスが掠れた声で呼び止める。


「あんたは黙ってな」


 シーナが指先をくいと捻ると、ヴィーナスは小さく呻いてがくりとうなだれた。


「さあ、楓ちゃん。あなたの本音を話してごらん?」


 シーナは優しく諭すように言った。

 楓はこくりと小さく喉を鳴らす。


「私は……智志くんが好き」


「そっか。けど、智志は他の女子からモテるんだよね?」


「そう」


「そんな彼女たちに対して、あなたはどんな感情を抱く」


「私は……きっと、嫉妬をしていたと思う」


 楓は胸の前でぎゅっと両手を重ねて握った。


「それがあなたの隠していた本心ね。いえ、そこの化け物と言う形で露呈してしまっていたけど」


 シーナは決して笑うことなく、静かな表情で語りかける。


「私は智志くんが好き……だから、彼のそばに居られるあなたが羨ましい」


 楓は潤んだ瞳で恵美を見た。


「私はそんな……」


「だって、きっと智志くんも有村さんのことが好きだから」


 恵美は小さく息を呑む。


「どうしてそんなことが分かるの?」


「だって、私はずっと智志くんを見て来たから」


 楓の瞳から涙がこぼれ落ちる。


「かえ……で……」


 その涙が波紋となり、倒れ伏すヴィーナスに触れた。

 瞬間、ヴィーナスを紫のオーラが包み、彼女は軽く呻いた。


「ごめんね、ヴィーナス」


 楓が涙目で振り向くと、ヴィーナスは蛇の姿から人の形へと戻っていた。


「――嫉妬の王が陥落したか」


 ふいに重苦しい声が降って来た。

 皆が見上げる先で、廃工場の屋根に立つ紫ローブの男がいた。


「夢前……さん」


 恵美がその名を呼ぶと、夢前は小さく頷く。


「これで残る王は五体。私は引き続き、此度の『七王戦』を監視させてもらう」


 その眼には、いかなる感情も浮かんでいない。

 だから、この得体の知れない男の思考が読めない。


「あの、この『七王戦』は何のためにやるんですか?」


 恵美が問いかける。


「最初に説明したはずだ。これは神託の下になされる由緒正しき儀式だと」


 夢前はそれ以上答えるつもりは無いと、言葉に圧をかけて来る。

 恵美は口を閉ざす他ない。


「では、健闘を祈る」


 夢前はローブを翻し、姿を眩ませた。




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