第16話『一撃の下に』

 双剣を構えし彼は、静かで鋭い眼差しを目の前の醜悪な化け物に向けていた。


「今宵の勝利を主に捧ぐ……? クッハァ! 随分とカッコイイじゃねえか!」


 ベルゼは腹を抱えて奇声じみた笑い声を上げる。


「じゃあ、そのご立派な信念を……食い殺してやろうか?」


 ベルゼの赤い眼がぎらりと輝く。


「貴様のように薄汚い化け物風情に、私は負けない」


「ク~ッハァ! マジでぶち殺しがいがあるぜぇ!」


 興奮の高まりに合わせて、触手も活発に動く。

 カラスが動いた。

 宙を蹴るようにして加速し、瞬間的にベルゼに肉薄した。

 双剣がぎらりと輝く。


 ブチリ、と触手が吹き飛んだ。

 一本ならず、二本、三本と派手に吹き飛ばす。

 しかし、その剣裁きは、とても静かだ。


「おい、カラス野郎! 触手をぶった切るのは俺の仕事だぞ!」


 キングが喚く。


「一人より二人の方が効率が良いだろう」


 カラスはあくまでも冷静に返す。


「ちっ……」


 キングは舌打ちをしながらも、黙々と触手を狩り始めた。


「おーおー、ご苦労なこった」


 地上では、レイジが呑気な声を発していた。


「お前も仕事をしろよ」


「だって相棒、俺は『怠惰の王』なんだぜ?」


「知っているよ。でも、やれよ。ていうか、お前は出来ないのかよ?」


「何が?」


獣型ビーストモードってやつだよ」


 智志は眉根を寄せて言う。

 レイジは呑気な風体で上空を見上げたままだ。


「ダルい」


「死ね」


 ナチュラルに汚い言葉を発してしまった。


「智志の言う通り、あんたは死んで然るべきだわ」


 毒を吐いたのは、ヴィーナスだ。

 彼女は蛇の口をガバっと開くと、上空の巨大なベルゼに向けて毒針を放つ。

 それに合わせて、というよりも、対抗するようにシーナも矢を放った。


「みんな本当に働き者だなぁ~」


「「死ね」」


 シーナとヴィーナスに声を合わせて言われても、レイジはからからと笑っていた。


 地上は少しばかり和やかだが、上空では熾烈な戦いが繰り広げられている。


「調子に乗るなよコラアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!」


 発狂し絶叫したベルゼが触手を最大限にうねらせ、宙を舞うカラスを墜落させようとする。

 彼はその猛撃を巧みな飛行でかわし、隙を見て斬撃を放つ。

 また触手が吹き飛んだ。


「人を食らい、パワーアップしてもその程度か、暴食の王よ」


 決してあざ笑う訳でもなく、おごり高ぶる訳でもない。

 カラスは華麗に宙を舞いながら、ベルゼを切り刻む。

 その速度に、ベルゼは付いて行くことが出来ない。

 巨大化したことが、ここで仇となっていた。




      ◇




 自分は夢を見ているのだろうか?

 化け物同士の戦いの最中に、自分はいる。

 大学を卒業して就職したものの、すぐに会社を辞め。

 そして、冴えないフリーター人生を歩んで来た。

 そんな自分が、今あり得ない非日常の中にいる。


 怖い。

 けど、同時に浮かぶこの感情は何だろうか?


「……楽しい」


 自らの口を突いて出た言葉に驚く。

 楽しい?

 今まで、何の楽しみも感じない人生を送って来た自分が。


 楽しい?


「秀人、しかと聞いたぜぇ」


「ベルゼさん?」


「さあ、もっと楽しもうぜぇ。俺と一緒になぁ!」


 この瞬間、今まで全く相容れないと思っていた彼と、一つになれたようで。

 何だか嬉しかった。


「うん、楽しもう!」


 秀人は今までの人生の中でも、一番張りのある声を発した。


 目の前が真っ赤に染まった。

 そう思ったのは一瞬のこと。

 すぐに意識が掻き消えた――




      ◇




 圧倒的な業火が、ベルゼの巨体を包み込む。

 一瞬にして、奴は塵と化した。

 カラスと、そしてキングは地上に舞い戻ると、その光景を瞠目して見ていた。


「今の炎は……まさか」


 夜空をも焼き焦がすほどの火炎の余韻に揺らされていた時。


「――下らないな」


 低く重苦しい声が聞こえた。

 皆の視線がそちらに引き寄せられる。

 巨大なドラゴンがそこにいた。


「静流よ、こんなことで我の力を示せるのか?」


「それはもう十分に示したでしょう」


 赤いドラゴンの頭に佇む青年が一人いた。


「憤怒の王……!」


 呆然としていた彼らの意識が一気に引き戻され、警戒心が高まる。


「静流よ、この場にいる奴らも皆焼き殺して良いか?」


「いや、今日の所は一旦引こう。騒ぎを聞きつけて、人が集まって来たみたいだし」


 気付けば、河川敷の土手にちらほらと人の姿があった。


「皆まとめて焼き払えば良いだろう?」


「それじゃあつまらない。せっかくの戦いなんだから、もっと楽しまないと」


「我のこの怒りはどう静めたら良い?」


「静める必要は無い。君は『憤怒の王』なんだから、フレイガン」


「ふん、口先の達者な奴だ」


 巨大な赤いドラゴンは身を翻すと、悠然と飛んで行く。


「逃がすか!」


 キングが血気盛んに後を追おうとするが、


「待て」


 レイジが止めた。


「あぁん? 何だよ怠惰野郎?」


「残念ながら、お前の敵う相手じゃない」


 キングは強く歯噛みをした。


「じゃあ、お前なら勝てるってのかよ?」


「そもそも面倒だから戦わねえよ」


 ふわぁ、とレイジは欠伸をする。


「見下げた怠惰っぷりだな」


 カラスが静かにレイジを睨む。


「誰しもが、この『七王戦』に望みを賭けて挑んでいる。それが貴様にはない。傲慢の王が言うように、貴様はこの戦いから降りたらどうだ?」


 レイジはぽりぽりと頬をかく。


「望みねぇ……そんな望みを抱くことが偉いのか?」


「何だと?」


「俺は今のままでも十分に楽しいぜ。なあ、相棒?」


「いや、俺に言われても……」


 智志は口ごもる。


「んだよ、ツレねえなぁ」


「戯言はその辺にしておきなさい」


 ヴィーナスが鋭い物言いで場をぴしゃりと締める。


「とりあえず、今日の所は解散しましょう。いずれ、この私が殺してあげるけど」


「あら、大した活躍もしてないのに、随分と強気な蛇女だこと」


「黙りなさい、淫乱」


 シーナとヴィーナスがばちりと睨み合う。


「やめなさい」


「やめて」


 止めに入った恵美と楓の目が合う。

 彼女たちはお互いに含みのある視線を向け合い、そっと視線を外した。


「はい、じゃあ今日は解散ってことで。また来週~」


 レイジは変わらずゆるっとした物言いで、プラプラとその場を後にする。


「おい、待てよ。じゃあな、恵美、楓。気を付けて帰れよ」


 智志は彼女たちに軽く手を振ってレイジの後を追った。




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