第15話『飛来する漆黒の戦士』

 ハエの化け物は、その姿をより醜悪に変えていた。

 傷付いた体から無数の触手が伸び、その先には鋭い牙を持つ口がある。

 正に暴食の王だ。


「デスアロー!」


 漆黒の矢がベルゼを射抜く。


「ポイズンニードル!」


 無数の毒針がベルゼに突き刺さる。


「あらよっと」


 斬撃が宙を走りベルゼを切り裂く。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!」


 ベルゼは天を仰ぎ悲鳴を発した。

 しかし、その口元はすぐに不敵な笑みを湛える。


「無駄だ。今の俺は誰にも負けない」


 ドクドク、とその身が脈を打ち、傷付いた箇所からまた触手が現れる。


「食らい尽くせぇ!」


 ベルゼの叫びに呼応し、触手は鋭く牙をぎらつかせ、地上の彼らに襲いかかる。


「ちっ」


 シーナは舌打ちをしながら上昇し回避する。

 ヴィーナスもその身をくねらせてかわした。

 レイジもまた、相変わらずのらりくらりと切ってはかわす。


「もっと欲しぃ……人間の血肉が欲しいいいいいいいいいいぃ!」


 ベルゼの触手が恵美に伸びた。

 彼女はとっさに反応出来ず、棒立ちになってしまう。


「恵美!」


 智志は彼女を抱きかかえる形で横っ飛びした。

 間一髪の所で触手の脅威から免れる。


「……大丈夫か?」


「え、ええ」


 その言葉を聞き、智志はホッとするが、同時に右肩に鋭い痛みが走った。


「……っ」


「智志、あなた怪我した箇所が痛んで……」


「平気だ。お前を失うことに比べたら、安い代償だ」


 恵美が目を見開く。


「バ、バカじゃないの?」


「ああ、俺はバカだよ。自分でも分かっているさ」


「そういうことじゃなくて……」


 いつもハッキリ物を言う彼女が口ごもってしまう。


「ひゅーひゅー、戦場でもイチャつくバカップル、ひゅーひゅー」


 智志は声の主をじろりと睨む。


「レイジ、いい加減にしろ。俺と恵美はそんな関係じゃないよ。友達だ」


「ふぅ~ん?」


 含みのあるその目つきに苛立つが、抑えた。


「智志くん、大丈夫?」


 駆け寄って来た楓が言った。


「ああ、大丈夫だよ。楓もケガはないか?」


「うん、私は大丈夫」


「そうか」


 智志は笑みを浮かべるも、対する楓の表情はどこか浮かない。

 やはり、このような戦場の場に立って、怯えているのだろうか。


「それにしてもあの暴食野郎、中々倒せないわね」


 シーナが歯噛みをした。


「一つ、賢い倒し方があるわ」


 声を発したのはヴィーナスだ。


「あの暴食と主のシンクロ率にもよるけど……主の方にダメージを与えれば良いわ。そうすれば、暴食も倒せる」


「さすが、汚い手段を考えさせたら天下一品だぜ」


 レイジが茶化すと、ヴィーナスはぎろりと睨む。


「まあ、認めたくないけどその蛇女の言う通りね。これ以上、騒ぎが拡大するのはよろしくないし。早めに片付けるなら、暴食の王の主を狙うのが手っ取り早いかも」


 シーナは複雑な面持ちながら同意を示す。


「そして、今その主に一番近い所にいるのが傲慢野郎だけど……あのバカがそんな考えに至るかしら?」


 片頬に手を置き、シーナは呆れたようにため息を漏らす。


「何なら、私が伝えて来ようか? とは言っても……」


 シーナはちらと恵美を見た。


「主である恵美に許可をもらわないと。同じ人間を殺す結果になるかもしれないけど、抵抗はない?」


 その問いかけに、恵美は逡巡するように目を伏せた。


「正直、出来れば誰も殺したくない……けど、被害は最小限に食い止めるべきよね」


「分かったわ」


 優しく微笑んで頷いたシーナが飛翔した。

 ベルゼの触手をかいくぐり、その背中で孤軍奮闘するキングの下にたどり着く。


「そこのバカキング! 暴食の主を狙いなさい。そうすれば、労せず暴食を倒せるかもしれないわ!」


 触手をバッタバッタと切り倒していたキングが振り向く。


「お断りだ」


「はぁ?」


「弱い奴を倒してもつまらん。何より、オレ様のプライドが許さない」


「あんた、バッカじゃないの!? あんたのチンケなプライドなんてどうでも良いでしょうが!」


「黙れ! 俺は傲慢の王だ! 誰よりも誇り高い想いを抱いている! だから、その弱っちそうな奴を殺した所で、何も面白くないね!」


 水を向けられた暴食の王の主は、ビクッと肩を震わせた。


「全く、どうして男ってこうバカなのかしら……」


 シーナは額に手を当ててまたぞろため息を漏らす。


「――結構なことじゃないか」


 ふいに響いたその声に、振り向く。


「あなたは……強欲の王」


 宙に浮かぶのは黒い羽毛の翼を生やした男。


「誇りは生きる上で必要な物だ。私も己の誇りを持ってこの場に馳せ参じた」


「え? あなたも協力してくれるの?」


「ああ。我が敬愛する主の頼みだからな」


 強欲の王がその身を黒い翼で包む。

 再び姿を現すと、そのフォルムが変わっていた。

 それは鳥人とでも言うべきだろうか。

 彼の顔は正にカラスとなっていた。

 そして、その両手には剣が握られている。


「己の本能に忠実なのは結構なことだが、そういった輩は自ずと身を滅ぼすものだ」


 その言葉にベルゼはぴくりと反応した。


「おんやぁ? 誰かと思えば強欲さんじゃないかぁ? どうしたぁ? 俺に食われに来たのかああぁ?」


 強欲の王・カラスはその挑発に乗ることなく、静かに両の剣を敵に向けた。


「今宵の勝利を、我が主・凛に捧ぐ」




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