第14話『春馬川の決戦』

 春馬市の中心部には超高層のタワーがある。

 それは富裕層、真の勝ち組しか住むことが出来ない場所だ。

 その最上階のだだっ広い一室の奥に鎮座する影があった。


「この俺を差し置いて暴れるとは……皆殺しにしてやる」


 低く漏れ出す声は痛烈な怒気を滲ませていた。


「おい、静流しずる。俺たちも行くぞ」


 呼ばれたのは、全面ガラス張りの窓辺に立つ青年だった。

 彼は穏やかな顔を、向ける。


「まだだよ」


 そして、穏やかな声で言った。


「なぜだ? 俺はこんなにも怒りで燃え滾っているというのに」


 鎮座する影は青年と似通った姿をしていたが、突如として隆起した。

 その背中に翼が生える。まだ、人の形は保ちながら。


「フレイガン、君は恐らく『七大罪の王』の中でも最強の力を持つ存在だ」


「よく分かっているじゃないか」


「だからこそ、その力をより痛烈に見せつけてあげた方が良い」


 青年の言葉に、翼を生やした異形は唸る。


「……つまり、舞台が整うのを待てってことか?」


「うん、そうだよ」


 青年はどこまでも穏やかに微笑んでいた。




      ◇




 春馬市には地の雨が降り注いでいた。

 何の形容でもなく、事実としてその惨状が広がっていた。


「ブッヒャヒャヒャヒャヒャァ!」


 その雨雲たる奴は、高らかに哄笑しながら、捕えた人の肉を貪り食っている。


「何かあいつ、頭に来るわね」


 アスファルトを駆けながら、恵美が天空の奴を睨む。


「確かに、あの暴食はちょっと調子に乗り過ぎだわ」


 シーナは頷くと、その手に弓矢を顕現させた。


「少し黙らせてあげましょう」


 彼女は蠱惑な笑みを湛えると、天に向かって弓を構える。

 そのしなやかな身体と弓が一体となり――放たれる。


「デスアロー」


 漆黒のオーラを纏った矢は同じく漆黒の闇夜を切り裂く。


「あん?」


 醜悪なその身が射抜かれた。

 ぎょろりと向けた目を見開く、暴食の王。


「どんなもんかしら?」


 シーナは得意げにふふんと笑う。

 しかし――


「……俺の食事の邪魔をするなああああああああああああああああぁ!」


 暴食の王は叫ぶ。

 女性よりもヒステリックなその金切り声に鼓膜をズタズタにされそうだ。


「おい、秀人! あの目障りな奴ら、殺しても良いか? 殺しても良いよなぁ!?」


 暴食の王は七対の手に人間を閉じ込めたネットをぶらさげながら、猛然とこちらに向かって来る。


「レイジ、迎え撃つぞ」


 智志が呼びかけるも、当人は気だるそうに欠伸をしていた。


「おい」


「こんな住宅街で戦ったら、それこそ悲惨だぜ」


 レイジの静かな声音に、智志は気圧されてしまう。


「じゃあ、どうすれば……」


 瞬間、咆哮が轟いた。


「このオレ様を差し置いて盛り上がるなああああああああああああぁ!」


 月夜の道に身を躍らせたのは、巨大な獅子。


「傲慢の王!」


「あ、どうもです!」


 その背中に乗る主の丸夫がぺこりと頭を下げた。


「呑気にあいさつなんてしているな、ボケ!」


「ご、ごめん」


「ちょうど良いや」


 レイジがゆらっとキングに歩み寄ると、さっとその背中に飛び乗った。


「あ?」


「おい、傲慢野郎。俺らを乗せて走れ」


「あぁ?」


 キングは背中の上のレイジをぎょろりと睨む。


「テメェ、誰に命令してやがるんだ?」


「俺とケンカなんてしている場合じゃないだろ。ほら」


 レイジが指差す先で、暴食の王がこちらと距離を詰めていた。


「お前は思い切り暴れたいんだろ? だったら、ふさわしい舞台に行こうじゃねえか、キングさんよ」


 薄ら笑いを浮かべるレイジを、キングはじろりと睨んでいる。


「……ふん。今この場においては、お前の戯言に乗ってやるよ」


「そして、俺たちはお前に乗ると。交渉成立だな」


 レイジは薄ら笑いのまま智志たちに振り向き、


「おい、お前らもさっさと乗れよ」


 智志と恵美は戸惑いつつも、キングの下に向かう。


「私は自分で飛んで行くわ。自分大好きのナルシスト傲慢野郎に乗るなんてごめんだわ」


「おい、クソビッチ! あのハエ野郎を片付けたら、次はお前を食い殺すぞ」


「やれるものなら、やってみなさい」


「二人共、いい加減にしなさい!」


 恵美の怒声で、二人はしぶしぶ大人しくなった。


「相棒、どこが良い?」


「え?」


「あの暴食野郎を誘導する場所だよ」


「あぁ……」


 智志は少しばかり思案した。


「……春馬川」


「なるほど、川か。そこなら、血がドバドバ出ても、きれいさっぱり流してくれるな」


「嫌なこと言うなよ」


「おい、いつまでもくっちゃべってんじゃねえ! 舌を噛むぞ!」


 キングは鋭く爪でアスファルトを掴むと、猛烈な勢いで駆け出した。


「鬼ごっこかああああああああああああああああぁ!?」


 背後で暴食の王が叫んだ。


「うぜえ! 今すぐあのクソハエ野郎をぶち殺してやりてえぇ!」


 キングは激しく牙を剥く。


「さっきからしつこいわね。そんな男はモテないわよ」


 シーナがあざ笑う。


「うるせえ!」


「おい、傲慢野郎。その十字路を右に行け。だよな、相棒?」


「あ、ああ」


「だから、オレ様に指図するなあぁ!」


 咆哮しつつも、キングはしっかりとその方向に進んで行く。

 彼が通った後のアスファルトはズタズタ状態だ。


「ヒャッハァ! そっちが逃げてばかりなら、こっちから行くぜぇ!」


 暴食の王が背後で構えた。

 その巨体をぶるりと震わせると、無数の体毛が震え、放たれる。


「まずい! この辺りの家が!」


 飛来する体毛の針は智志たちだけでなく、周りの民家をも強襲しようとした。


「怠惰の世界」


 レイジがすっと手をかざすと、揺らいだ空間に飲まれ、勢いを失う。

 やがて、パタリパタリと地面に落ちた。


「レイジ、お前……」


 智志が振り向くと、レイジはいつもの調子でポリポリと後頭部を掻いていた。


「おい、タクシー。いつになったら目的地に着くんだよ」


「誰がタクシーだ!」


「じゃあ、バスだな」


「バスでもねえええええええええええええぇ!」


 キングは怒声を響かせながらも疾走を続けた。




      ◇




 春馬川はどこまでも長く続く穏やかな川だ。

 その河川敷では普段、子供達が遊んだり、お年寄りが散歩したりと。

 春馬市の中でも有数の憩いの場となっている。


「ハァ、ハァ……」


 河川敷にやって来ると、キングは荒く息を吐いた。


「おいおい、もうバテたのかよ」


 レイジは彼の背中で胡坐を掻きながら小バカにした。


「バテてねえよ!」


「じゃあ、この後のバトルでも、精々活躍してくれよ」


 レイジはさっと地面に降り立つ。

 智志たちもその後に続いた。


「鬼ごっこは終わりかぁ?」


 天より飛来するのは巨大なハエ、暴食の王。


「改めて自己紹介をしてやろう。今の俺の名はベルゼだ」


「大してひねりのない名前だな」


 レイジがいきなりジャブを打った。


「黙れぃ。お前らも、所詮は俺の食物でしかねえ! ギャッハハハ!」


「品の無い笑い方だこと」


 シーナが言う。


「おい、クソビッチ。さっき俺に矢を食らわせたのはテメェだなぁ?」


「だとしたら?」


「食い殺す!」


 ベルゼの口がガバっと開く。

 その口内には無数の牙があった。

 奴の唾液と血肉が混ざり合い、どろりと垂れている。


「キモいわね」


 シーナは弓を消失させ、代わりに鎌を肩に担いだ。


「その歯を全部落としてやりましょうか?」


 相手を威嚇するように、鎌の先端がぎらりと輝く。


「ヒャッハァ! お前みたいなヒョロイ女が、俺に勝てると思ってんのか?」


「あら、失礼しちゃう。胸は立派でしょ? それもこれも、今の主様のおかげだけど」


 シーナは自分の胸を両手で持ち上げて、これ見よがしにアピールする。


「やめなさい」


 恵美がすかさず刺し殺すような目をシーナに向けた。


「いやん、恵美ってばこわ~い。シーちゃん泣いちゃう~」


「良いから、さっさと黙ってあいつを倒しなさい!」


「はーい」


 おどけた笑みを浮かべていたシーナは、ふいに真剣な顔になる。


「一般人はなるべく巻き込まないのがマナーだって言うのに……最低な自分勝手野郎ね」


 シーナは飛翔した。

 コウモリの翼を羽ばたかせ、上空の巨大なハエの王、ベルゼへと向かって行く。


「受けて立つぜぇ!」


 ベルゼも真っ向からシーナに向かって行く。

 互いの体格差は歴然。まともなぶつかり合いなら、シーナに勝機はない。

 しかし、彼女はそのしなやかな体を巧にひねった。

 迫り来るベルゼの大あごによる攻撃をかわしつつ、


「デスサイズ!」


 その鎌でベルゼの歯を砕き折った。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!」


 ベルゼは天を仰ぎ悲鳴を轟かせる。

 その口の端から、ダラダラと鮮血が溢れ出した。


「まだよ」


 身軽さを活かし素早く方向転換したシーナは、再び鎌を振り上げた。


「その翅を切り落としてあげるわ!」


 鎌は巨大な幻影を生み出し、容赦なくベルゼの右翅を切り落とした。


「グッギャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアス!」


 またしても、ベルゼの悲痛な声が夜天を揺るがす。

 地面にもがれた翅がボトリと堕ちた。

 その大きさにしては衝撃音が少ない。

 ドロリと溶けるようにして消えた。


「こんなものかしら? ハエの王様?」


「グッ……ガッ……」


 ベルゼはその巨体をガクガクと震わせる。


「大丈夫かい?」


 少し間の抜けた声で問いかけるのは、ベルゼの背中に乗っている青年だ。

 恐らく、ベルゼの主だろう。

 ベルゼはうなだれたまま答えない。


「シーナ! 捕らわれている人たちを助けてあげて!」


「了解、主様」


 シーナが恵美にウィンクで答え、三度攻撃に転じようとした時。

 ベルゼがおもむろに抱えていたネットを一斉に持ち上げる。

 中の人々が悲鳴を上げた。

 ベルゼは宙で半ば仰向け状態になり、七対の足を全て口元に集めた。

 そして――食べる。

 ブチュッ、と生々しく肉の潰れる音が聞こえた。

 そして、また血の雨が降り注ぐ。


「……プハァ。やっぱり、食事ってのは大事だ。きちんと食べないと、力が出ないぜ」


 つい数秒前まで生気を失っていたその目が、再び怪しく輝く。

 更に、その身がボコボコと隆起し、更に巨大化した。

 体に無数の血管が浮き上がり、逞しい肉体を惜しげもなく披露する。

 ただし、鍛え上げられたボディービルダーのような美しさはない。

 どこまでも醜悪な化け物の姿である。

 シーナはわずかに身を引いた。


「ヒャッハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァ!」


 再び威勢の良い奇声を上げたベルゼがシーナに迫る。


「図体がデカくなったからって、勝てると思って?」


 シーナはベルゼの巨体を巧な飛行術でひらり、ひらりとかわす。

 ピンクの髪色も相まって、まるで舞う桜の花びらのようだ。

 彼女は巧みにベルゼの背後に回った。


「死になさい」


 月夜を受けてぎらりと先端を輝かせる鎌。

 振り下ろし一閃を放つ――

 瞬間、ベルゼの背中が蠢き、触手が飛び出した。

 その先にはぎらりと牙を輝かせる口がある。

 シーナは慌てて身を捻るが、鎌に食い付かれてしまう。


「離しなさい!」


 必死に抵抗するが、パワーは相手の方が上手。

 彼女の細腕から鎌を奪い取ると、触手はムシャムシャと食べた。


「気持ち悪い」


 すかさず退避したシーナは嫌悪感いっぱいの顔で触手を睨む。


「生物は本能のままに生きる時、誰しもが気持ち悪い。けど、それが最高にイカした生き方なんだぜ?」


 顔だけ振り向いたベルゼがにたりと笑う。


「おい! テメエら、オレ様を無視して盛り上がってんじゃねえよ!」


 キングの叫びにベルゼが顔を向ける。


「地べたを這うことしか出来ない愚かな空っぽのキングちゃん。悔しかったらここまでおーいで」


 ベルゼのあからさまな挑発に、キングはその身をワナワナと震わせる。


「だったら、見せてやるよ……」


 キングは鋭く爪を剥いた前足で、強く地面を叩いた。

 すると、地面は唸り上げ盛り上がり、上空へと伸びる道を造り上げる。


「うらああああああああああああああああぁ!」


「ちょ、ちょっとキングさん! もう少しゆっくり……」


「うるせえぇ! しっかり掴まってろ丸夫ぉ!」


 キングはその道を突き進む。


「へぇ、そんなことも出来るのか」


「余裕ぶってんじゃねえぇ!」


 キングが宙を舞った。

 月夜を背負い、鋭い鉤爪でベルゼの身を切り裂く。

 そこから鮮血が溢れ出す。


「ハッ、ざまぁ!」


 キングは得意げに笑う。

 だが直後、その傷口からまたしても口触手が現れた。


「ちっ」


 キングは鉤爪で触手を切り裂く。

 しかし、今度は別の個所から、複数の触手が現れた。

 触手が交差しうねりながらキングに迫る。

 キングは巨体を揺らしながら何とかかわす。

 しかし――その内の一つが丸夫を狙った。


「うわああああああああああぁ!」


 触手の牙が丸夫を噛み砕く寸前――

 キングのたてがみが膨れ上がり、防御壁を成した。


「おい、丸夫。男がビービー喚くんじゃねえ。もっとプライドを持て」


 キングがじろりと目配せをして言う。


「あ、ありがとう、キングさん」


 お礼を言う丸夫に対して、キングは鼻を鳴らす。


「これは思った以上に厄介ね」


 先ほどまで、強気でベルゼに接近していたシーナが距離を置いていた。

 恐らく、自分が迂闊にダメージを受ければ、そのまま恵美にも伝わってしまうことを嫌っているのだろう。


「あのバカキングに触手の処理は任せて、俺らは遠距離からひたすらに攻撃……っていうフォーメーションで良いんじゃねえか?」


 眠そうな声でレイジが言う。


「あんたの言うことを聞くのは癪だけど……それが現状ベストかもね。ほら、バカキング! 思う存分暴れて良いわよ!」


 シーナが言うと、


「それは願ったり叶ったりだが、お前らオレ様を都合良く使ってないか!?」


 キングは触手と奮闘しながら叫ぶ。


「けど、レイジ。お前は遠距離攻撃なんて出来るのか? 武器はその刀だけだろ?」


「ん?」


 智志の問いかけに、レイジは気だるそうに振り向く。


「俺は怠惰の王だ。いかに楽をするか、そのことだけを考えている。だから……」


 レイジはおもむろに刀を抜くと、目の高さで水平に構えた。

 左手の指先でその峰を撫でる。

 そして、刀を右側に払うように振った。

 一瞬、空気の圧力を感じた直後。


「ギャアアアアアアアアアアアアアアス!」


 ベルゼの体の一部が裂けた。

 ドクドク、とまた血が滴り落ちる。

 そして、触手が現れた。


「おーい、バカキング。処理よろしく」


「お前、この戦いが終わったら絶対殺す!」


 巨大化したベルゼの上で孤軍奮闘するキングは、くわっと目を剥いた。


「相変わらず鬱陶しいけど、その実力だけは認めざるを得ないわね」


 背後から声がした。

 振り向くと、巨大な蛇がそこにいた。


「よう、ヴィーナス。それから、相棒の幼なじみちゃん」


「楓……」


 智志が顔を向けると、楓は控えめに頭を下げた。


「私たちも協力するよ、『暴食の王討伐』に」


「ありがとう」


 智志が言うと、にこりと笑う。

 それから、楓はちらと恵美を見た。

 恵美も彼女の視線に気付いたようで、


「何かしら?」


「ううん、何でも……」


 楓はぎこちなく笑いながら、小さく首を横に振った。



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