第11話『暴食』

 春馬市の郊外には廃墟となった巨大工場跡があった。

 その中で、クチャクチャ、ムシャムシャと、貪り食う音が聞こえていた。


「君は本当によく食べるね」


 やせ細った青年が言う。


「お前こそ、何でそんなに食わねえんだよ」


「フリーターでお金が無いから小食を心掛けていてね」


「今は目の前に食料があるじゃねえか! 一緒に食おうぜ!」


「遠慮しておくよ。僕に昆虫を食べる趣味は無いから」


「んぉ?」


 食を貪っていた男は、ピタリと手を止めた。

 青年は改めて、自分とそっくりな顔立ちの男を見つめる。

 だが、その体型はここ数日の暴食のおかげか、青年よりもずっと逞しい。

 髪型も、伸び切った彼と違ってバッサリと短くしている。

 それは暴食の彼が『食う時に邪魔なんだよ!』と文句を言ったからである。


「暴食の王さん」


「おい、秀人。その呼び名はちっと長いから、愛称でも付けてくれよ」


「愛称……そうだなぁ」


 秀人は軽く考え、


「暴食はベルゼブブだから……ベルゼなんてどう?」


「安易だな! けどまあ、良いぜ!」


 そう言って、暴食の王ことベルゼは再び昆虫を食らう。

 細美秀人がこのベルゼと会ったのはほんの数日前のことだ。

 いつも通り、バイト終わりにフラフラと帰宅していた所、突然目の前に現れたのだ。


「俺はお前の裏人だ! よろしくな!」


 自分と瓜二つの彼が目の前に現れた時、すぐその事実を飲み込めなかった。

 それから、春馬教会の夢前善という神父が現れて事の敬意を説明してくれた。

 そして、秀人はなし崩し的にこのベルゼと『七王戦』に参加することになったのだ。


「美味い! 同族の虫は美味い!」


 ベルゼは相変わらず元気よく舌鼓を打つ。


「……けど、そろそろ飽きて来たな。もっと別の物が食いたい」


「別の物と言うと?」


「肉とか」


「けど、そんな高価な物を買うお金はないよ」


「良い子ちゃんだなぁ。店の一つや二つぶっ壊して奪えば良いんだよ」


 さらっと常識はずれなことを言われて困惑する。

 だが、彼の存在自体が常識外なのだから仕方がない。


「けど、盗むのはなぁ……」


 秀人は弱った様に頬をかく。


「さてと、腹ごしらえも済んだことだし……」


 ベルゼはおもむろに立ち上がる。


「じゃあ、行くか」


「あ、うん。僕もこれからバイトで……」


「人殺しに」


 秀人は絶句した。


「殺そう、人間を。そして、食う」


「あの……ベルゼ?」


「俺は『暴食の王』だからな。そうすれば、もっと強くなって、他の『七大罪の王』共をぶっ飛ばせるぜ?」


「いや、でもそれは……」


「願いごとが叶うんだぜ?」


 その言葉に、息を呑む。


「けど、僕は今の生活でも満足だし……あまり波風は立てたくないな」


「ったく、男のくせにだらしねえなぁ。男なら、もっとデカい夢を持てよ。この世のありとあらゆる物を好き勝手に食い散らかしてやるとかさ」


「それは君の願望だろ?」


「まあな! ガッハハハ!」


 豪快に笑うベルゼを見て、秀人は少しホッとする。

 時折、怖い雰囲気を出すけど、根はそんなに悪いようには思えない。


「おいおい、まさか俺のことを良い奴だなんて思ってないよな? 俺は七大罪の王だぜ? それはもう極悪人だからよ。人間の一人や二人殺した所で、何の罪悪感も無いんだよ。むしろ、清々しいね。その血肉を貪り尽す様を想像したらさ!」


 ギャッハハハ!

 ベルゼの異常な叫びが廃墟に響き渡る。

 秀人は絶望した。

 自分は世間から疎まれるフリーターだけど、それなりに平穏で幸せだった。

 それなのに……


「……どうしてこうなった」




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