第8話『幼なじみ』

 昨晩は結局遅くまで稽古をしていた。

 しかし、眠気はない。若さゆえか、アドレナリンが出ているせいか。

 とにかく、智志の頭は冴えていた。

 元々、頭は大して良い方では無いけど。


「名は体を表すって言うけど、お前が立派なのは『こころざし』だけだな」


 起き抜けにそんなことを言われて、智志は苛立った。


「あ、そうだ。確か夢前さんがお前のステータスを更新出来るとか言っていたな」


 智志はすっと目を閉じて、頭の中で念じて見る。

 直後、すっと目を開くと、目の前にゲームのようなステータス画面が現れた。

 『筋力』、『耐久』、『敏捷』など……ここ最近ゲームはしていないので、懐かしいなと思いながら眺める。と、レイジの姿を指先でタップすると、『カスタマイズしますか?』と表示が出た。


「よし、レイジ。今からお前の見た目を変える」


「どうした、いきなり?」


「俺と同じ見た目で、偉そうな口を叩かれるとイラつくんだ」


「ひどいな、相棒」


「それはこっちのセリフだ」


 智志は吐き捨てるように言い、『はい』のボタンをタップした。

 すると、容姿を変更する選択肢が現れる。


「へぇ、色々と選べるんだな……とりあえず、髪型を変えようか」


 今のレイジは智志と同じ短髪だ。


「ロンゲにするか?」


「ロンゲとかダサい響きだな」


 レイジがげんなりした顔になる。

 智志は少しばかりからかってやりたい衝動に駆られた。


「とりあえず、やってみよう」


 智志は笑いをこらえながらロンゲを選択した。

 瞬時に、レイジの髪型がそれに変わる。


「ぶふっ」


 智志はとっさに噴き出していた。


「おい、相棒。遊ぶんじゃねえよ」


「ごめん。次はもっとマシなやつを……」


 そう言いつつ、智志は金髪を選んだ。


「うわ、これは無いな~」


 その後も童心に返った智志はレイジの髪型から服装まで、色々なバージョンを試した。

 その間、レイジはひたすらに憮然としていた。


「じゃあ、これにするか」


 選んだのは、智志よりも少し長めの髪。

 服装はラフなTシャツにジーパンだ。

 本当は刀が武器だから剣豪みたいな格好にしてやろうと思ったけど。

 激しく睨まれたので自重した。


「さてと……」


 そろそろ朝食の時間だと思い、椅子から立ち上がりかけた時。

 勢い良く部屋のドアが開いた。


「おにぃ、朝ごはんだよ!」


 妹の美香が元気よく声を発しながら入って来た。

 と、彼女の動きが止まる。

 そのくりんとした愛らしい目が智志と、そしてレイジの姿を捉えた。


「……え、誰?」


 あどけない顔が驚き、そして不安気な色を浮かべる。

 智志はしまったと思った。

 つい調子に乗ってレイジのフォルムチェンジを楽しんでいたせいで、妹の不意打ちに対応出来なかった。

 智志も美香と同じように固まってしまう。

 すると、黙って事態を見ていたレイジが、おもむろに立ち上がる。


「初めまして。智志くんの友達のレイジです」


 そして、いけしゃあしゃあとそんなことを言ってのけた。


「おにぃのお友達?」


「ああ、そうだよ」


 美香はその黒い瞳でじっとレイジを見つめた。


「じゃあ、一緒に朝ごはん食べる?」


「えっ?」


 間の抜けた声を漏らしたのは智志だ。


「良いのかい、お嬢ちゃん?」


「うん、だっておにぃの友達だし。きっと悪い人じゃないもん」


「そうかい。君は良い子だね」


「美香だよ」


「うん、美香ちゃん」


 レイジは膝を折り曲げて目線を合わせ、美香の頭を撫でてやった。


「そんじゃまあ、せっかく可愛いお嬢ちゃんからのご招待だ。ご相伴にあずかるとしようじゃねえか。なぁ、相棒?」


 にやりと笑うレイジに対し、智志は呆けたままだった。




      ◇




 ふわりとみそ汁の香りが漂うのは、いつもの和やかな食卓風景。

 しかし、今日は異質な存在が紛れ込んでいた。


「いやー、このみそ汁美味しいですね、お母さん」


 ずず、とみそ汁を啜ったレイジが言うと、


「あら、やだ本当? 嬉しいわぁ」


 智志の母はまんざらでもなさそうに喜ぶ。


「けど、智志にこんなお友達がいたなんて知らなかったわ」


「最近知り合ったんです。家を出てフラフラしていた所を、助けてもらって」


「まあ、そうだったの。親御さんが心配しているんじゃない?」


「大丈夫ですよ」


 レイジはやんわりと微笑む。

 その様を智志はみそ汁を啜りつつ、ジト目で睨んでいた。


「ところでレイジくんって……智志に似ているわね」


 ギクリ、と智志は喉を詰まらせそうになった。


「まあ、世の中には自分に似た人が三人はいるって言いますから」


「あ、美香知っているよ。それ、トップリクレターって言うんだよね?」


「それを言うならドッペルゲンガーでしょ?」


 母が少し呆れたように言うと、美香は小さく舌を出す。

 一方、レイジは噛み殺した笑い声を漏らしていた。


「さすがは兄妹だな」


「黙って食べろよ」


 智志はつい不機嫌な声を出してしまう。


「ところで智志、あんた今日は休みだけど何をしているの?」


 母が尋ねる。


「ん? いつも通り、剣道の稽古だよ」


「おにぃ、頑張り過ぎ」


「そんなことないよ。俺この前の試合で負けちゃったから。まだまだ、頑張りが足りない証拠さ」


「もう、おにぃってば~」


 美香が小さく頬を膨らませる。

 ずず、とみそ汁を啜ったレイジが、


「相棒、街に連れて行ってくれよ」


「は?」


「あら、良いじゃない。智志、レイジくんに街を案内してあげなさいよ」


「いや、でも俺は稽古が……」


「橋本先生に言われたわよ。あまり智志に無茶させないよう、見張ってくれって」


 先生……お気持ちはありがたいですが。

 智志はため息を吐く。

 ちらとレイジを見ると、からかうような笑みを浮かべていた。


「分かったよ。ただし、今回だけだからな。俺は一日も早く、立派な剣士にならないといけないんだから」


「はいはい、分かったよ」


 本当に分かってるんだか。

 智志は自分と同じ顔をしている彼のことが、正直鬱陶しくて仕方なかった。




      ◇




 バスに乗って駅前にたどり着くと、一気ににぎやかな空気に包まれた。


「へぇ~」


 レイジはジーパンのポケットに手を突っ込みながら、辺りをジロジロと見渡す。


「で、どこに行きたいんだ?」


 智志が尋ねる。


「別にどこでも。当てもなくブラつくのが楽しいんじゃねえか?」


「知った風な口を利きやがって」


 とは言え、智志も大して遊んだ経験は無いから。

 どこをどう回って良いのか分からない。


「――智志くん?」


 ふいに呼ばれた。

 振り返ると、一人の少女が目を丸くして智志を見つめていた。


「えっと、君は……」


 智志が戸惑い、口ごもっていると、


「楓だよ。笹山楓……覚えている?」


「あっ」


 智志の脳裏に電流が走り、過去の記憶へと回路がつながる。


「楓……久しぶりだな。雰囲気が変わったから一瞬分からなかったよ。髪伸びたな」


「うん」


 彼女はセミロングヘアをさらりと指先で梳く。


「こんな所で会うなんて奇遇だね。えっと……そちらの方はお友達?」


「え? まあ、一応……」


「どーも、レイジです」


 また智志の家族を騙したような愛想の良い笑みを浮かべる。


「初めまして。笹山楓ささやまかえでです。智志くんの幼なじみです」


 心なしか、楓の表情が硬いように見えた。

 やはり、久し振りの再会だし、初対面のレイジがいるせいだろうか。


「智志くんは何をしていたの?」


「いやまあ、こいつが街に連れて行けって言うからさ……そう言う楓は?」


「私は……まあ、ちょっと用事があって」


「そっか。もしかして、今忙しかったりする?」


「ううん、今は空いているよ」


「じゃあ、せっかくだしどこかでお茶でもしながら話さないか?」


 智志は屈託のない笑みを浮かべて言う。

 楓は少し戸惑った表情を浮かべながらも、


「うん、行く」


「へぇ、相棒ってやっぱり何だかんだモテるんだな」


 レイジが口を挟む。


「違うよ。さっきも言ったけど楓は幼なじみだ。小学生の頃に転校しちゃって久しぶりに再会できたから、ちょっと話したいだけだよ。悪いか?」


「いや、悪くないよ」


 レイジは含みのある笑いをした。


「何なら、俺は先に帰っても良いぜ?」


「いや、そんな気遣いはいらないから」


「そっちの嬢ちゃん……えっと、楓ちゃん? も智志と二人きりが良いだろ?」


「おい、お前いい加減に……」


「それは困る」


 智志の言葉を遮るように、楓は言った。


「智志くんと二人きりは、ちょっと困る……かな」


 すると、レイジがぷっと笑う。


「はい、モテ男から陥落~」


「誰がモテ男だよ。俺はそんな柄じゃないし。とにかく、行こうぜ」


 智志はしつこくからかうレイジが鬱陶しいので、足早に進もうとする。


「楓も行こう」


「うん」




      ◇




 




 そのカフェは華やかな雰囲気の女子たちで溢れていた。


「入る店間違えたかな……」


 智志は俯き加減で言う。


「ブレンド三つお待たせしました」


「あ、ども」


 美人でオシャレな店員さんに軽く頭を下げ、智志は気まずさを紛らわすためにコーヒーを飲んだ。


「そんな風に遠慮することないよ」


 楓が言う。


「いや、でも男の俺は場違いかなって」


「そんなこと気にしなくても良いよ。智志くんは昔からいつも堂々としていたじゃない」


 くすり、と楓が笑う。

 楓は昔からどちらかと言えば大人しい方だった。

 笑い方もハッキリ明るく笑うことは少ない。

 けど、この控えめな笑い方が智志は楓らしくて良いと思っていた。


「そうそう、相棒。せっかく金を払ってんだから、もっとリラックスしようぜ~」


 レイジは背もたれに全力で体重を預けて言う。


「お前はリラックスし過ぎだ」


「ねえ、さっきから思っていたんだけど……智志くんとレイジくんってそっくりだね。もしかして、ドッペルゲンガー?」


 ギクリ、と本日二度目。


「いや、そんなことはないよ。ほら、俺はこんな気だるそうでふてぶてしい顔をしていないし」


「うん、そうだね」


「二人とも、ひどいな」


 レイジが肩をすくめる。


「ところで、楓。転校してからも元気だった?」


「うん。ちゃんとお友達も出来たし」


「そっか。楓は大人しい子だったから、ちょっと心配していたんだ」


「ありがとう。智志くんはどうだったの?」


「俺は相変わらず剣道ばっかだよ」


「智志くん、昔から剣道凄かったもんね」


「そんなことはないよ。この前も試合で負けちゃったから。もっと頑張らないと」


「そうなんだ」


 智志は久しぶりに再会した幼なじみとの会話を純粋に楽しむ。


「お二人さーん、やっぱり俺はお邪魔かな?」


 レイジがまたぞろにやつきながら言う。


「お前はまた……」


「ううん、そんなことないよ。むしろ、レイジくんも居てくれないと困る」


 楓の言葉に智志はわずかに目を丸くした。


「え、何々? 俺に二人の愛の見届け人になれって言うの?」


「違うよ。もう、レイジくんは智志くんに似ているけど、性格は全然違うね」


 そんなこんなで、和やかな会話が続いて行った。




      ◇




 楽しい時間はあっという間に過ぎると言うけれども。

 辺りはすっかり暗くなっていた。

 街では飲み屋のネオンがきらめき、おじさんたちが店の中に吸い込まれて行く。


「智志くん、今日はありがとう。久し振りに会えて嬉しかった」


「俺の方こそ。連絡先も交換したし、また連絡してくれよ。ちなみに、こっちにはどれくらいいるんだ?」


「そうだな……ちょっとまだ分からないかな」


「うん?」


 智志は少しばかり楓の雰囲気が変わったことに気が付く。


「ねえ、智志くん。ちょっと人気の無い所に行こうか」


 唐突な誘いに、智志は動揺する。

 楓の顔を見ると、その目には明確な感情が浮かんでいない。

 ただ、わずかばかり緊張したように揺れているのが分かった。


「大事な話なのか?」


「うん」


「分かった」


 智志は頷くと、楓と共に人気の少ない所に向かった。

 薄暗い路地にやって来ると、


「おいおい。もしかして、これから感動の再会を果たした幼なじみ同士が嫌らしいことでもしちゃうのか? だったら、俺はマジで退散させてもらいたいぜ」


 レイジが言う。


「ううん、レイジくんにこそ居てもらわないと話にならないから。だって、あなた智志くんの『裏人』でしょ?」


 心臓がドクリと脈を打った。


「……楓? どうしてそれを……?」


「私も同じだから」


 すると、彼女のそばの空間が揺らぎ、別の人影が姿を現す。

 それは長い髪をした女だった。

 目付きも鋭い。

 しかし、顔立ちは楓と瓜二つだ。


「初めまして、『怠惰の王』とその主」


 楓と同じ顔をした奴は、にこりと笑う。


「私は『嫉妬の王』よ」


「嫉妬の王……」


「またの名を『ヴィーナス』と言うわ。楓が名付けてくれたの」


 そして、蠱惑的に微笑む。

 その笑みの奥底にどのような思惑を孕んでいるのか。

 智志は手が汗ばむのを感じた。


「安心してちょうだい。今日はただのごあいさつ。本格的にやり合うのは、また今度にしましょう」


 嫉妬の王・ヴィーナスはにこりと微笑んだまま智志を見つめた。


「それで良いわね、『怠惰の王』?」


「ああ。ちなみに、俺の今の名は『レイジ』って言うんだ」


「あっそ」


 ヴィーナスは冷たくあしらうように、レイジから視線を逸らす。

 それから、また智志に微笑みかけた。

 白く細い指先がすっと伸びて来る。

 反射的に避けようとしたが、その前に指先が顎に触れた。

 それは徐々に這い上がり、智志の頬を撫でる。


「食べちゃいたいくらい」


「え……?」


「おい、お前は『暴食』じゃねえだろうが」


「黙りなさい、怠惰野郎」


 ヴィーナスはまたも冷たい声をレイジに向ける。


「いずれ、お前を殺してやる。首を洗って待っていなさい」


「締め付けるってか? 蛇女」


 レイジがにやりと口の端を吊り上げて言うと、ヴィーナスの目がギロッと鋭くなる。

 その目が黄金に輝いたと思った直後、彼女の口が両端に大きく裂けた。


「……今すぐ殺されたいの?」


 世にも恐ろしい光景に、智志は絶句してしまう。


「ていうか、今ならまだシンクロ率も低いだろうし、智志くんに対する被害も少ないわ。殺すなら今だと思うのだけど、楓はどう思う?」


 ヴィーナスは背後に立つ楓を見た。


「今はやめておきましょう」


 ヴィーナスはじっと楓を見つめた後、


「主であるあなたが言うのなら、そうしましょう」


 その恐ろしい顔立ちがシュルシュルと解けて、元の顔に戻った。


「此度の『七王戦』に勝つのは私たちよ。そして、私は楓の願いを叶えてあげる」


「忠義心が高いねぇ」


「あなたこそ、もっと智志くんを主として敬いなさい。まあでも、今のままの方がシンクロ率も低いだろうから、こっちにとっては好都合。言っておくけど、智志くんにケガをさせたり、ましてや死なせるようなことがあったら……許さないわよ」


 ヴィーナスはレイジを鋭く睨む。

 レイジは「おー、怖い」とおどけるように肩をすくめた。


「智志くん、ごめんね。いきなりこんなことを言って」


 楓が抑揚の薄い声で言った。


「お互い正々堂々と戦いましょう」


「何が正々堂々だよ。その蛇女は俺らの中で一番狡猾な野郎だぜ」


「あ?」


 ヴィーナスがまた蛇顔になりかけるが、すぐまた元に戻る。


「やめておきましょう。こんなふざけた奴を相手にしていたら時間の無駄よ。今は少しでも経験値を得て、この怠惰野郎をぶちのめす準備をしましょう。そうね、とりあえずアホの『傲慢』をやりに行きましょうか」


 ヴィーナスの言葉に、楓は小さく頷く。


「じゃあね、智志。また会いましょう」


 ヴィーナスは軽くウィンクをして、去って行く。

 楓もまた何かを口にしようとするが、その言葉を飲み込み、小さく微笑んだ。


 またね、と。


 その唇が儚く言葉を紡いだ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます