第5話『傲慢の王』

 部活終わりの帰り道を一人歩いていた。

 今日もまた、心地良い疲労感に満ちている。

 剣道で汗を流した体に夜風が吹き付けると、とても爽快な気分だ。


「今夜は月がきれいだな」


 夜空を見上げ、ついそんなことを呟いてしまう。


「全く、本当に平和ボケだな」


 スッと現れた『怠惰の王』ことレイジが言う。


「今、お前は、戦争の真っただ中にいるんだぜ?」


「まあ、そうなんだけどさ……イマイチ実感が湧かなくて」


 智志が苦笑を浮かべた時だった。


「――ならば、オレ様が実感させてやろう」


 その声が聞こえた瞬間、夜風が凪いだ。

 前方に佇む影に気が付く。


「……誰だ?」


「オレ様は『傲慢の王』だ」


 その男は口元でにやりと笑って言った。


「傲慢の王……七大罪の王……!」


 智志は一気に警戒心を高めた。


「ああ、そうだ。そこにいるのは、怠惰の王だな?」


 目を向けられたレイジは、欠伸をしながら頷く。


「その余裕ぶった態度が気に食わないなぁ~!」


 傲慢の王は天を仰ぐと、身を屈め臨戦態勢に入った。


「ちょ、ちょっと待って下さい!」


 必死に叫ぶ声が響いた。


「あん? んだよ、丸夫。良い所で止めるな」


 傲慢の王が振り向く先には、彼と瓜二つの男がいた。

 ただし、その挙動は正反対である。


「傲慢さん、いきなり相手にケンカを売らないで下さいって言ったでしょ?」


「バカ野郎、お前。オレ様のことは『キング』って呼べって言っただろうが!」


「ああ、すみません、キングさん。えっと、そちらの方々も、いきなりすみません」


 傲慢の王の主と思しきその少年は、ひたすらに腰が低い。


「僕は阿部丸夫あべまるおと言います。何かよく分からない内に、この『七王戦』に参加することになりました、よろしくお願いします!」


 ひたすらにペコペコと頭を下げる彼に対し、智志は少しばかり戸惑いながらも、


「俺は春馬高校2年生の武田智志って言います。よろしく」


「あ、僕も高校2年生です。別の県から来たんですけど」


「え、そうなんだ。わざわざ大変じゃない?」


「まあ、そうですね」


 そんな風に談笑していると、


「シャラーップ、ボーイズ!」


 傲慢の王が叫ぶ。


「オレ様を無視して盛り上がるな。ていうか、これは戦いだって言ってんだろうが」


「ごめん、キングさん」


 丸夫は素直に謝る。


「つーかお前、自分でキングって名乗って恥ずかしくねえのかよ」


 気だるい声でレイジが言う。


「黙れ、怠惰野郎」


「一応、俺の今の名は『レイジ』だよ」


「どうでも良いぜ。とにかく、さっさとおっぱじめようぜ」


 キングは両手を肩幅以上に広げ、好戦的な構えを見せる。

 一方、レイジは欠伸を漏らしてばかりいた。


「舐めてッと……殺すぞ!」


 ひゅっ、と風切り音がなる。

 次の瞬間、キングがレイジに肉薄していた。

 構えたキングの指先から、鋭く爪が伸びる。

 それが月光を受けてぎらりと輝いた。


「死ね!」


 鋭い斬撃がレイジの体を切り裂く――

 しかし、その姿が揺らぎ、消えた。


「うるせえ野郎だ」


 いつの間にかキングの背後にいたレイジは、その手に刀を持っていた。

 片手で斬撃を放つ。気だるい風体ながら、とてつもないスピードだ。

 キングの背中を切り裂く。鮮血が飛び散った。


「ぐあああああああああああああぁ!」


 キングの悲鳴が辺り一帯に轟く。

 ドクドク、と溢れ出す血がアスファルトを濡らした。


「……テメエ」


 キングはぎらりと輝く眼をレイジに向けた。

 普通の人間なら致命傷だが、その目はむしろ爛々と輝きを増している。


「オレ様を誰だと思ってやがる……平伏せ!」


 直後、レイジの膝がガクリと折れた。


「どうした、レイジ!?」


 智志が呼びかける。


「オレ様のスキル『絶対高圧』だ。キングたるオレ様の前には、誰しもが平伏す。それが例え、同じく『王』を冠する奴でもな。やはり、オレ様こそが王の中の王なんだ!」


 変わらず背中から血を垂らしながらも、キングは雄々しく吠えた。


「今し方オレ様が受けた痛み、百倍にして返してやる!」


 鋭く爪を剥き、キングは再びレイジに接近する。

 レイジは膝が折れたまま、動くことが出来ない。


「レイジ!」


「騒ぐなボケ。どいつもこいつも、やかましいんだよ」


 心底ウザそうに、レイジは言う。


「――怠惰の世界」


 グラリ、と世界が揺らぐ感覚を得た。

 レイジに飛び掛かろうとしていたキングが、宙でその動きを鈍らせる。


「なっ……」


 動揺するキングに対し、レイジはゆらりと背筋を伸ばす。


「俺はお前ほど『王』であることに固執しねえ。面倒くせえしな。けどまあ、とりあえず、お前はウザいから黙らせる」


 その一閃はあまりにも静かで――しかし、何よりも鋭い。


「……バカ……な」


 宙に浮かんだ状態で、キングは目を見開く。

 次の瞬間、その体がクロスに切り裂かれ、鮮血を迸らせる。

 そして、アスファルトにうつ伏せに沈んだ。


「そんな……キングさん……」


 彼の主である丸夫は、激しく動揺していた。

 智志もまた、目の前で血を流して倒れている人を見て、戦慄していた。

 それは普通の人ではない、裏人なのだけれど。

 これが、七大罪の王の戦い――


「くあぁ~、眠ぃ~」


 緊迫する空気の中でただ一人、レイジは欠伸を漏らす。


「おい、智志。もう帰ろうぜ」


「あ、ああ」


 智志はただ頷く他ない。

 二人は並んでその場から立ち去ろうとした。


「……待て」


 低く地を這うような声に足首を掴まれた。

 ゾクリとして振り向くと、自らの血の池に沈むキングが、ぎらりと輝く眼をこちらに向けていた。

 奴はゆっくりと立ち上がる。ボタボタ、と血がアスファルトに垂れた。


「褒めてやるよ、このオレ様を本気で怒らせたことをな」


「ったく、どこまでも偉そうな奴だぜ。さすがは傲慢だな」


「黙れ、怠惰野郎」


 罵りつつも、その口元は先ほど以上に笑う。


「――獣型ビーストモード


 直後、キングの体がうねり、激しく隆起した。

 皮膚が、血管が、血肉が沸き立ち、その姿を変容させる。

 そして現れたのは――ライオンだった。


「ウオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォン!」


 その咆哮は天地を貫くほどだった。

 辺り一帯の大気が震え、智志の心臓も震え上がる。


「ちょっ、キングさん勝手に……」


「黙れ、丸夫。これはオレ様の戦いだ」


 動揺する丸夫の声を一蹴しキングが睨むのは、レイジだ。


「怠惰野郎、お前が少しはやる奴だってことを認めてやるよ。けど、所詮はこのオレ様には及ばないってこと、教えてやるよ」




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