第4話『レイジ』

 教室の窓から、空の景色をぼんやりと眺めていた。


「智志、大丈夫?」


 気遣うように声をかけてくれたのは信樹だ。


「え? あ、うん。大丈夫だけど」


「そう? 何か智志らしくないなと思って。そんな風にボーっとするなんて」


「まあ、俺もたまにはそんな時があるよ」


 苦笑交じりに言う。

 信樹は訝しむように智志を見ていたが、


「そうだよね、智志だって人間だもの。スーパーマンじゃないものね」


「何だよ、スーパーマンって」


 お互いに笑い合った。


「――平和ボケだな」


 ふいに響いた声にハッとする。


「えっ? 智志、今何か言った?」


 信樹が小さく目を丸くして言う。


「いや、何も」


 智志は誤魔化すように言い、


「ごめん、ちょっとトイレ」


 と席から立ち上がる。

 そそくさと教室から出て人気のない廊下にやって来た。


「おい、余計な声を出すなよ」


 智志が囁くように言うと、ふっと自分と見た目だけそっくりの、怠惰の王が姿を現す。


「だって、本当のことだし」


 彼は悪びれる様子もなく言う


「そうじゃなくて、お前のことがバレたら面倒だろうが」


「え? ああ、そうだなぁ」


 緊迫する智志に対し、相変わらず緩い調子で答える。

 それが癪に障るが、大声を出すとまずいので堪えた。


「とにかく、学校では大人しくしていてくれ」


「へいへい」


 怠惰の王は気だるそうに頷くと、またふっと姿を消した。

 智志はため息を漏らす。


「武田くん」


 背後から声をかけられ、ドキリとした。

 振り向くと、そこに立っていたのは恵美だった。


「有村さん……何だよ、驚かさないでくれ」


「あなたがボケっとしているのが悪いんでしょ?」


 恵美は腕組みをしながら、ふんと鼻を鳴らす。


「それで、俺に何か用?」


「別に用ってほどじゃないけど……あなた、これからどうするつもり?」


「どうするつもりって?」


「だから、『七王戦』のことよ。本気で戦うつもり?」


「まあ、そう契約しちまったからな」


「何で契約したの? 断れば良かったのに」


 問われて、一瞬答えに迷う。


「何でだろうな……何となく、気になったからかな」


「いい加減な人ね。まあ、少なくとも私には願いがあるから、参加する意味はある訳だけど」


「この世の男子からスケベ心を消して下さいってやつか?」


「そうよ。おかしい?」


「いや、おかしくないけど……ちょっと横暴かなって。思春期男子のエロ妄想なんて可愛いもんだろ?」


 半笑いで智志が言うと、恵美がキッと睨んでくる。


「あなたにはエロ視線に晒される女子の気持ちが分からないのよ」


「そうだな、ごめん」


「あっさり謝られると、調子が狂うわね」


 恵美は額に手を置いて、ハァとため息を漏らす。


「何をイチャコラしてるの?」


 ふっと、恵美と同じ顔立ちの女が現れた。

 本人に対して、また派手に胸元を露出している。


「ハ、ハアアァ!? 別にイチャコラしてないし! ていうか、勝手に出て来ないで!」


「いや~ん、恵美ってばこわ~い! シーちゃん泣いちゃう~!」


「シーちゃん?」


 智志が小首を傾げる。


「そう、セクシーな『シーちゃん』よ」


 色欲の王はうふん、とその身をくねらせる。

 鉄壁の女と呼ばれる恵美本人なら、決して取らないポーズだ。


「シーナって名前を付けてあげたの。そうしたら、自分で『シーちゃん、シーちゃん』って言い始めて……」


 恵美がげんなりして言う。


「ていうか、そのポーズはやめなさい!」


 キーッっと叱るも、色欲の王ことシーナはまるで意に介さない。

 むしろ、彼女を挑発するように更にセクシーなポーズを取った。


「おい、相棒」


 声がして見ると、また怠惰の王が姿を現した。


「何だよ、勝手に出て来るなって」


「まあまあ。一つ提案だけど、俺にも名前を付けてくれよ」


「え?」


「怠惰の王、怠惰の王、なんて呼ばれてばかりじゃダルいからさ。もっと親しみのある名前を付けてくれよ」


「そう言われてもなぁ……」


 智志はポリポリと頭を掻く。


「七大罪において、怠惰は『スロウス』と言うらしいわよ」


 いつの間にかスマホを手にしていた恵美が言う。


「スロウス……何かダサいな」


「文句が多いな。怠惰って英語で何て言うんだっけ?」


「lazyよ」


「レイジー……じゃあ、レイジで良いか?」


「ちょっと、安易なネーミングじゃない?」


「よし、それで良いよ」


 意外にも怠惰の王はあっさりと頷いた。


「じゃあ、レイジ。とりあえず、すぐに姿を消せ。シーナもな」


 智志が命じる。


「全く、つれない相棒だぜ」


「本当。でも、結構良い男だから、言うこと聞いてあげちゃうわ」


 そう言って、レイジとシーナは姿を消した。


「面倒な奴らね」


 恵美はため息を漏らす。


「まあ、悩んでいたって仕方ないよ」


 智志はにこりと笑って言う。


「あなた、分かっているの? 私とあなたも敵同士なのよ?」


「あ、そっか」


「そっかって……本当に考え無しね」


「けど、参ったな。俺は有村さんを傷付けたくないよ」


 智志は何気ない口調で言う。


「あなた……」


 カツン、と足音がした。

 二人同時にビクリと反応する。


「……信樹?」


 智志はそこに立つ友人を見て、背筋が凍った。

 もしや、今までのやり取りを目撃されてしまっただろうか?


「……智志、お前は僕にとんでもない秘密を隠していたんだね」


「いや、これは……」


 言い訳の言葉が思い付かず、智志は軽くパニックになってしまう。


「ひどいよ……有村さんとそういう関係だったなんて!」


 信樹の声が廊下の遠く向こうまで響いて行った。


「「……はい?」」


 智志と恵美は同時にキョトンとした。


「ほら、そんなに息ピッタリになっちゃって!」


「いや、ちょっと待て信樹。お前は何を言っているんだ?」


「智志は僕らが知らない所で、みんなが憧れるナイスバディの有村さんとイチャコラして、ついには告白される関係になったんだろ! しかも、さっきの口ぶりからして、有村さんを振ろうとしていただろ!」


 舌鋒鋭くまくし立てる信樹を前に智志はたじろぎ、同時に呆れた。


「お前はバカか」


「ちょっ、智志にバカって言われたくないよ!」


「ていうか、有村さんを見ろよ」


「えっ?」


 智志に言われて半ば怒り状態で信樹は顔を向ける。

 その先で、恵美が腕組みをしながら鋭く睨みを利かせていた。

 途端に信樹の表情が怯え、勢いが衰えてしまう。


「やっぱり男って最低ね」


 直後、信樹が「ガーン!」と硬直した。

 皆の憧れである恵美から辛辣な言葉を浴びせられ、よほどショックのようだ。


「おい、有村さん。もうちょっと言い方をマイルドに出来ない?」


「出来ないわね」


「君はひどいな」


「どっちがひどいのよ」


 智志は鋭く睨まれ、どうどうと恵美をなだめようとする。


「なあ、信樹。ちなみに、どこから俺らの話を聞いていたんだ?」


「えっ? いや、智志が『俺は有村さんを傷付けたくないよ』って言った所から」


 その言葉を聞き、智志はホッと胸を撫で下ろす。

 どうやら、裏人たちの姿は見られていないらしい。


「信樹、俺と有村さんは決してやましい関係じゃないよ」


「じゃあ、どういう関係なの?」


 信樹にジト目で見られ、智志は答えに窮してしまう。


「私と武田くんは敵対関係よ」


 恵美が臆することなくハッキリと言った。


「男はみんな敵よ」


 有無を言わさぬその美貌の鋭さを前に、信樹は再びたじろいでしまう。


「それじゃあ、武田くん。肝に銘じておいてね」


 そう言い残して、恵美は去って行った。


「じゃあ、俺たちも教室に戻ろうぜ」


 智志が促すと、信樹はまだジト目ながらも頷いた。




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