第2話『七王戦』

「俺は『裏人りひと』だ」


 奴は不敵な笑みを浮かべたまま、そう言った。


「リヒト……それはお前の名前か?」


「俺個人の名前じゃなく、まあ種族名みたいなものだな」


「種族? じゃあ、お前は人間じゃないのか?」


「ああ、普通の人間じゃない。俺はお前の『裏人』だ」


 俺のリヒト?

 いきなり訳の分からない事態に見舞われ、智志の脳はすっかり混乱してしまう。

 同時に、怒りが込み上げて来た。


「だから、そう怖い顔をするなって。もっと笑えよ、スマーイル」


 そう言う奴は、にへら、と腑抜けた笑いを浮かべる。

 それがより一層、智志の怒りを煽った。

 だが、こんな時間に叫び声を上げては近隣住民の迷惑なので、ぐっと堪える。


「それで、俺に何の用だ?」


「ん? まあ用って言うか、俺もクソかったりぃんだけどよぉ」


 奴は後頭部をボリボリと掻き、


「俺は裏人の中でも『七大罪の王』の一角、『怠惰の王』になっちまったんだよ。お前のせいで」


 七大罪の王? 怠惰の王? 訳が分からない。


「何で俺のせいなんだよ?」


「お前が無駄に頑張り屋さんだからだよ。ていうか、ストイックぶって、ナルシストの一種じゃね?」


「ハァ?」


 智志は先ほど以上に眉間にしわを寄せた。


「とりあえず、俺もお前も選ばれちまったからよ。『七王戦しちおうせん』って言うのに参加しないといけねえんだよ。あー、かったりぃ」


 次から次へと、訳の分からない単語を連発しやがる。


「断る」


「いや、俺も断りたいけどよ。これはもう半ば強制みたいなもんさ。諦めようぜ」


 どこまでも人を小バカにしたような言動に対し、いい加減に堪忍袋の緒が切れそうになった。


「おい」


 智志が奴に詰め寄ろうとした、刹那――


「――ねえ、そこの僕」


 艶めかしい声に呼ばれ、とっさに振り向く。


「……有村さん?」


 そこには学園のアイドルと言っても過言ではない、有村恵美がいた。

 ただ、様子がおかしい。

 ガードが固いことで有名な彼女が、派手に露出をしていた。

 確かに、スタイルが抜群だ。スラっとしていてかつ、その胸は実に豊かである。

 そんな智志の視線に気付いたのか、


「エッチ」


 妖艶に微笑んだ彼女は、両手を左右に広げた。

 次の瞬間、その身からぶわっとピンク色の粉が溢れて舞う。

 直感的に、あれを食らったらまずいと思いつつも、智志は身動きが取れなかった。


 ヒュッ、と風切り音が鳴った。

 眼前に迫っていたピンクの粉が霧散する。


「ったく、世話の焼ける野郎だぜ」


 気だるそうに言うのは、智志と瓜二つの奴だった。

 その手には、いつの間にか刀が握られている。

 外灯に照らされる中で、ぎらりと怪しく光った。


「……あなた『怠惰の王』ね?」


「そう言うお前は『色欲の王』だな」


 両者は静かに睨み合う。

 場の緊張感がぐっと高まった。


「ちょっと、待ちなさい!」


 甲高い声が響き渡った。

 声がした方に目を向けると、こちらに駆け寄って来る少女がいた。


「有村さん……」


 今度来た彼女は、本物だと分かった。

 しっかりとその身を衣服に包み、隙が無いから。


「……あなたは、武田くん?」


 恵美は一瞬目を丸くしてから、キッと鋭く智志を睨む。


「どうしてあなたがここにいるの?」


「いや、俺はただ帰り道の途中だったんだけど……そう言う有村さんこそどうして?」


「最近、噂になっている私のドッペルゲンガーを見つけたから、とっちめてやろうと思ったのよ」


 そう言って、彼女はナイフのように鋭い視線を彼女と瓜二つの女に向けた。


「相変わらず、お堅い女ね。そんなことだから、私が『色欲の王』になったのよ」


「何を言っているのか意味が分からないわ」


「その内、嫌でも分かるわよ。だって、あなたはもう当事者なんだもの。ほら、こうして敵対する王のペアに出会ったでしょ?」


 色欲の王と名乗る女は、くすりと笑う。


「もう訳が分からない。裏人とか、七大罪の王とか……」


 智志が額を押さえながら言うと、


「まあ、俺が教えてやっても良いけど……面倒だな」


「さすがは、『怠惰の王』ね」


 色欲の王はまたもくすりと笑う。


「とりあえず、主との契約は完了してないけど……デモンストレーションを見せてあげましょうか?」


「そうだなぁ~、ダルいけど、仕方ねえな」


 怠惰の王が後頭部をボリボリと掻きながら、片手で刀を持ち上げた。


「随分と余裕な構えね。ムカツクわ」


 瞬間的に、色欲の王が肉薄していた。

 ピンクのオーラを纏った手刀が怠惰の王を貫く。

 だが、それは揺らぎ、幻影だと気付いた色欲の王は背後に振り向く。

 横薙ぎに鋭い一閃が放たれた。

 色欲の王はひらりと後方宙返りを決めてかわした。


「今の一撃、ゾクゾクしたわ」


「お前、変態だな」


「だって、私は『色欲の王』だもの」


 くすり、と妖艶な口元で笑う。


「さあ、もっと楽しませてちょうだい」


 色欲の王が再び果敢に攻め込む。


「――そこまでだ」


 低く重い声が呼び止める。

 その場の皆が視線を向ける先で、外灯に浮かび上がるのは、紫のローブを纏った男だった。


「神聖なる『七王戦しちおうせん』を、このようにナアナアな形で始めるな」


 厳かな口調で紫ローブの男は言った。


「おやおや、教会の監視者様じゃないか」


 怠惰の王は相変わらずのからかい口調だ。

 だが、紫ローブの男はわずかに眉を動かすだけだ。

 そして、呆然とその場に佇む智志と恵美を見た。


「少年、少女よ、名は?」


「えっ? ……俺は武田智志です」


 智志が戸惑いつつ答え、


「……有村恵美」


 恵美が無愛想に答えた。


「君たちが戸惑うのも無理はない。しかし、君たちは選ばれし者なのだ」


 紫ローブの男は言う。


「申し遅れた。私の名は夢前善ゆめさきぜんと言う。春馬教会の神父だ」


「神父さん?」


 智志が言うと、夢前は頷く。


「今日はもう遅い。学生である君たちの帰りが遅いと、ご両親が心配するだろう。今日の所はこのまま帰宅しなさい。明日の放課後は空いているかな?」


「いや、俺は部活があるんで……」


「申し訳ないが、休んでもらえるかな? 大事な話があるんだ。そちらの君はどうかな?」


 夢前が声をかけると、恵美は不機嫌そうに睨み返す。


「……私は部活をやっていないから。特に予定はないわ」


「じゃあ、来てくれるということで良いかな?」


 恵美は何も答えない。だが、夢前はそれを肯定と受け取ったようだ。


「明日、君たちが来るまでの間、君たちの『裏人』はこちらで預かろう」


「はぁ」


 事態がよく飲み込めていない智志は気の抜けた返事をする。

 恵美は相変わらず不機嫌そうな顔で腕組みをしたままだ。


「では、また会おう」


 夢前は踵を返して歩き出す。

 その後に『怠惰の王』と『色欲の王』が連なる。


「あー、だりぃ」


「それじゃ、バイバーイ」


 怠惰の王は気だるそうに歩き出し、色欲の王は蠱惑的な笑みを浮かべながら去って行った。


 その場に残された智志と恵美は、しばし呆然と佇む。


「……何なのよ、一体。もう頭が痛いわ」


「大丈夫か? 良ければ、送って行くぞ?」


 智志が言うと、恵美はぎろりと睨む。

 まずい、怒らせてしまっただろうか。


「……そうね。お言葉に甘えようかしら」


「えっ?」


「何よ、自分から言ったんでしょ?」


「あ、うん。そうだね」


「ほら、行くならさっさとして」


「あ、はい」


 こうして、二人は並んで歩き出した。




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