第25話 バレないと思っているんだろうか?
――バレていないと思っているんだろうか。
俺はため息をつき、なるべく凛がいる方向を見ないようにしていた。
凛の妙な引きが怪しいと思っていたけど、まさか堂々と見ているなんて……。
いや、凛のことだからあれが隠れてるつもりなのか?
一応、校舎陰から見てるし……。
でもただでさえ目を惹く容姿をしてるから、あれじゃ意味ないんだよなぁ。
たくさんのギャラリーの中にいても目立つだろうけど、物陰から覗いていても、凛がいる場所って妙に光が当たることが多いから、寧ろ強調されている。
タイトルをつけるなら『女神降臨』って感じだ。
てっきり、双眼鏡とかで観戦すると思っていたから……ある意味予想外だよ。
俺は再びため息をつき、野球の道具を片付け始めた。
「中々に面白かったな、翔和〜」
片付けをする俺に向かってそんな声が聞こえてきた。
声のする方を向くと健一がニヤニヤとしながら、こちらに近づいてきていた。
……うわぁ。
無駄にいい笑顔だな、おい。
ニヤついてると言っても、腹立つようなものではない。
寧ろ『つい笑ってしまった』みたいな微笑ましさを感じさせる顔だった。
おそらく状況を理解しているんだろうなぁ……。
「……もう少し抑えてくれると有難いんだけどなぁ」
「ははっ! いやいや、それは無理だろ〜」
「健一は楽しそうに言うけど、俺としては気が気じゃないんだよ。出る杭は打たれるって言葉もあるし、目立ちすぎた結果、反感をかって面倒なことになっても凛が困るだろ」
「まぁ人気者はその分同じぐらいアンチがいるって言うしなぁ」
「だろ? 俺みたいな立ち位置の人間なら逆に開き直るのもありかもしれないが …… 凛はそうはいかない。気持ちは嬉しいけど、自分にとって損になりそうな行動は見ていて不安になるんだよ」
応援してくれるのは勿論嬉しいし、凛の存在があったから前よりは頑張れるようになったと思う。
だからこそ、そんな彼女が後ろ指を指される事態に繋がってしまうのは不本意だし、避けたい気持ちがある。
人目があるところでは避けて、立ち回りを上手くしてくれればいいんだけどな……。
俺がため息をつくと、健一が肩を叩いてき「まぁまぁ」となだめてくる。
不満を訴えるように振り向くと、健一は屈託のない笑みを浮かべていた。
「ま、翔和の考えも分かるけどなぁ。でも、翔和が気にするほどじゃないかもしれないぜ」
「うん?」
「周りはさ、案外他人に対して無関心だぜ~。気にする人ほど『こうあるべき』、『こうしないといけない』って価値観の共有を他人に求めていたりするんだ」
「じゃあ何も気にするなってことか?」
「いやいや~。そんな極端なこと言ってないぜ。見過ごせないこともあるだろうしなぁ。ただ、自分があれこれ気にする前に、まずは目の前のことに集中ってことだよ」
「目の前のことか……」
「そうそう。自分のことを疎かにする奴に言われても、説得力は薄いからな」
「……そっか」
……耳が痛いな。
健一に言われたことに心当たりがありすぎて、俺は息を深く吐くと天を仰いだ。
……自分のことをもっと頑張れってことか。
凛の隣にいても問題ないような……そんな存在になるために。
俺は自分を照り付ける太陽に視線を移し手をかざす。
それでも眩しすぎて、熱い光が強く差し込み、俺は目を細めた。
眩しいね、ほんと。
「んじゃ、ってことで翔和。明日も頼むわ~」
「もうデッドボールは勘弁だけどな」
「ははっ。さすがにもう大丈夫だろ~。とりあえず、時間までに教室へ戻って来いよー」
「はいはい」
俺はそう言ってから野球道具をいくつか手に持った。
それから凛がいる場所に向かう。
……一応、お礼は言わないとだよな。
そう思って近づいていくと、凛が物陰からひょっこりと出てきて俺のもとへ駆け寄ってきた。
なんだか凄く嬉しそうで、表情だけでテンションが上がっていることが読み取れそうだ。
まるでプロ野球観戦後の興奮さめやらない様子って言えばいいだろうか。
まぁ、そんな雰囲気を凛は醸し出していた。
「翔和くんお疲れ様ですっ! 試合の方はいかがでしたか!!」
「試合は……勝ったよ?」
「凄いですね〜! おめでとうございます」
凛は手をパチパチと叩き、嬉しそうに笑う。
あくまで応援をしていない
本人がそのつもりなら……まぁ気づいていたことをいう必要はないだろう。
楽しそうな凛の気持ちに水を差したくないし、そんな凛を見ていると俺自身も嬉しいから……。
「翔和くんの表情から察しますと、上手くいったようですね」
「最低限のことはできたかな」
「最低限?」
「『足を引っ張りすぎて、空気が凍る』なんてことがなかったよ」
「どんな最低限ですか……。ま、まぁでもやりたいことは上手くいったってことですね」
「そうかな」
「ふふ。それならよかったです。では飲み物をどうぞ」
凛は小さめの保冷バックからペットボトルを取り出して手渡してきた。
飲みやすいように蓋は緩んでいて、ペットボトルにはタオルが巻いてある。
相変わらずの至れり尽くせり状態に俺は苦笑した。
「ありがとう。凛はなんだか部活のマネージャーみたいだね」
「翔和くん専用ですけどね」
「お、おう。それなら毎日の運動が楽しそうだ」
「ふふっ。やる気ですね~。その調子で私と毎日ランニングでもしますか?」
「いや、それは健一にお願いするわ」
「むぅぅ……なんでですかぁ〜」
凛は俺の肩を掴み不満そうに揺らしてくる。
確かに、凛とのスポーツは楽しそうではあるけど……つい甘えてしまうかもしれない。
今までスポーツなんて碌にしていなかったからバテるのも早いし、そんな俺を見ていたら、きっと『ドクターストップです!』って言うことだろう。
その点、健一は情け容赦なく限界ギリギリを突き進むから……。
うん、今度は加減してもらおうかな。
俺はそんなことを考えながらもらった飲み物でのどを潤す。
凛が作ってきたのだろう。
疲労回復を促すような酸っぽい味が口に広がっていった。
「ふぅ。とりあえずこれでスポーツの出番は終了だよ」
「そうでしたね。えっと加藤さんとの練習の成果は出ましたか?」
「まぁーね。練習したことが器用なりなんとか……」
「それはよかったです」
「上手くいったのも、きっと誰かが元気をくれたお陰なのかもな」
「えへへ〜、それほどでも〜」
「……隠す気ないだろ」
嬉しそうに頬を赤らめた彼女に、俺はそうツッコミ入れたのだった。
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