第17話 体育祭の朝はテンションが高い(凛が……)
「さぁ翔和くん! 朝ですよ~っ! 気持ちの良い太陽の下、今日は張り切っていきましょう!!!」
「……朝からテンションが高いなぁ」
もう当たり前となっている朝の光景。
凛が早朝にやってきて、俺を起こしてくれるのだ。
最初の頃はモーニングコールが電話だったが、今では直接のモーニングコールとなっている。
昔は、起きたら彼女が眼前にいるというなんとも心臓に悪い目覚めだったが……。
今は、俺が寝坊することの方が珍しいから、起きて赤面するという展開はなくなっている。
凛はそんな俺の変化を見て嬉しそうな、悔しいそうな、何とも言えない表情をしていた。
それが、最近の日課なわけだが……。
でも――今日はそういった表情を見せることなく、唯々テンションが高い。
まぁおそらくは体育祭があるからだろう。
「さて、翔和くん。準備体操を念入りに行いましょうか。スポーツは怪我が怖いですからね。身体を温めてほぐしていきましょう」
「いやいや。念入りに行う必要があるほど、俺は競技に出ないぞ? ほとんど任せられた雑用をこなすだけだし」
「でも、少しは出るんですよね?」
「たぶんなぁ~。けど、もしかしたら出番がないかもしれないし。だから、わざわざやらなくても――」
「ダメです」
「あ、はい」
食い気味に押し切られ、俺は反射的に返事をした。
この態度をとるときは決まっている。
抵抗は無意味。やるだけ体力の無駄である。
まぁ、凛に従った方が間違いないというのもあるけどね。
俺は苦笑し、肩を竦めた。
「でも、今日は何でそんなにテンションが高いんだ?? 凛って、そんなに行事が好きってわけでもないだろう?」
「そんなの決まってるじゃないですか!」
「うん?」
「“翔和くんが応援してくれる”それだけで……いえ、だからこそテンションが爆上がりです!! 今の私は、誰にも負けないかもしれません。全ての競技に勝てそうですっ!」
「そ、そうか。凛が言うと本当に出来そうな気がしてくるよ。ただ、はしゃぎ過ぎないようにな?」
「任せてください! 既に力が湧いてきますからね。こんなに楽しい気持ちでワクワクするのは初めてです!!」
凛はニコニコとしながら、今日の体育祭プログラムを出して眺める。
ちなみに、凛が持っているこの体育祭プログラムの紙は学校から配られたわけではない。
彼女が俺と自分のクラスの予定のみをわかりやすく記載したものだ。
つまりは、凛の特別仕様である。
俺の出る可能性がある競技、そして応援されるかもしれない競技には丁寧にマーカーが引かれ、ハートマークつきでデコレーションされていた。
……ここからして、気合いの入り方が違うよなぁ。
準備の良さには素直に感心するが、でも空回りしたら困るから……。
まぁ一応、釘を刺しておくか。
「なぁ凛」
「どうしましたか? 急に真剣な顔をしてますけど……」
「いや、その……気合い十分な所に水を差すのは悪いんだけど……。楽しみ過ぎて、無理をして怪我とかはするなよ? ……心配だからさ」
「ふふっ。大丈夫です。怪我は、しませんよ?」
「そうか? あ……、ちなみに怪我の手当てがして欲しくて、俺の所にわざと来るのもなしだからな?」
「あはは、そんなことするわけないじゃないですかー」
「おい、凛。目を見て言えって、その反応どう考えても図星じゃないか」
「まさかまさか~。休憩中は足が痛いと言って、翔和くんの横を陣どろうなんて思ってないですよ? 居座るつもりなんて、さらさらないですからね」
「ほぉ。じゃあ、女に二言はないってことで受け取っていいか?」
「「…………」」
「…………知ってますか、翔和くん」
「うん?」
「女性は嘘つきなんですよ」
「…………ていっ!」
「にゃっ!?!?」
凛の綺麗な額がデコピンで薄らと赤くなる。
そんなに強くやったわけではないが、コツンと良い音が響いた。
凛は俺を不服そうな表情で見つめ、口を尖らせた。
「翔和くん酷いです……」
「これは凛が悪いからな?」
「あーおでこが赤く……。これは傷物にされた責任をとってもらう必要がありそうですね……」
「ただじゃ転ばないな、おい」
俺が再びツッコミを入れると凛が舌をちょこっと出し、あざとい表情をして見せた。
そんな凛の頭を俺はくしゃくしゃと撫でる。
すると、満足したように目を細めて微笑んできた。
その姿は可愛らしい小動物を彷彿とさせる。
……あざといのに嫌味がないってマジで反則だよなぁ。
時を忘れて見惚れてしまいそうだったが、なんとか邪念を振り払い咳払いをした。
けど、そんな俺の心情なんて凛には当然、見透かされてるらしく、にやりと意地の悪い笑みを浮かべていた。
「……なんだ?」
「いえいえ~」
「えーっと……そうだなぁ。ま、まぁ、真面目な話。凛は準備運動をしっかりしとけよ?」
「ふふっ。わかってます、勿論ですよ。翔和くんの手を煩わせたくないですからね」
「そっか……でも、どうしようもない時は頼れよ? 遠慮なんていらないからな」
「わかりました! その時は、遠慮なくずっと入り浸りますね」
「両極端だなぁ」
煩わせないように全く来ないか。
それとも、怪我したらずっと離れないか。
凛の中では、きっとこの2択なんだろうなぁ〜。
まぁでも、たくさんの競技に出場するなら来る暇はないかもだけど。
「さて、ご飯を食べたら学校に向かうとするか〜。凛も実行委員としてやることあるんだろ?」
「はい! なので景気づけにたくさん食べていきましょう」
「りょーかい」
朝からカツ丼は重い気がするけど……。
でも、とりあえずは――
「凛……」
「どうかしましたか?」
「頑張れよ。俺は見てるからさ。出来ることなら何でもするよ」
「はいっ! では、そのお言葉に甘えても?」
「いいけど……今?」
「善は急げですからね。何事も即決即断即行動が私です」
「はは。なるほど、凛らしいね」
「むぅ。なんかバカにしてません?」
「そんなことないよ。素直に感心してるんだ。それで、どうして欲しいの?」
「決まってるじゃないか。私といえばコレですっ」
俺の胸元に寄ってくると、頭を胸に当ててきた。
心臓の音を聞きに来たようなその仕草に、俺は胸を高鳴らせる。
朝から心臓に悪い凛の積極さに、思わず苦笑した。
「私に元気の注入を……いいですか?」
「元気の注入?」
凛は、はにかみながら俺に頭を傾け、上目遣いで見てくる。
要求通り撫でると「パワー充填です~!」と、ややだらしない顔で笑って見せたのだった。
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