第16話 何故か凛も参加している
――放課後の教室に残っているというのは、今まで縁がなかった。
というのも、俺は教室に残ることはなく直ぐにバイトに向かっていたから、残る理由が皆無だったのだ。
まぁ、残っていてリア充との格差に打ちひしがれるのが嫌だったから……みたいな理由も前にはあったけどね。
最近では凛が来るのを待つために放課後を教室で過ごすことが多くなっている。
でも、他のクラスみたいに放課後の青春って感じで騒がしいわけではない。
ただ一人こうして席に座り、勉強をしながら暇をつぶすだけである。
そう、これも今まではだが……。
「ねぇとっき~。マジで大変だったんだからねぇ……すっごくだよっ! すご〜く!! わかる!?!?」
「うん……? いや、そんな風に身振り手振りされてもなぁ。なんのことだか、さっぱり……」
「えぇ〜っ! わかってよぉ!」
「ちょっとさやか。そうやって話のハードルを上げると、しょぼく見えるよ。常盤木くんも困ってる……」
「ショボいってウチ的には重要だよ。買ったばかりのペンが一日で使えなくなったんだもん。一日だよ一日!? しかも二つってやばいでしょ〜〜?」
「確かに、そういうことってありますよね。先端が細い物ほど、潰れてしまうこともありますし」
と、まぁ……俺はこんな風に三人の女子たちに囲まれることが増えていた。
別に俺がハーレム主人公になっただとか、突然のモテ期がやってきたわけではない。
そんなことは天地がひっくり返ってもないし、ある筈もない。
健一であるなら、それはあり得るが……。
俺には一生、縁のない話である。
じゃあ、なんでこんな状況になっているのか?
答えは簡単だ。
最近はやたらと放課後になってしまってから、相野谷さんに捕まってしまうからである。
凛のことをライバル視している彼女は事あるごとに聞いてくるのだ。
まぁ、あまりに多いから理由を訊ねてみたんだけど、健一から「翔和に聞くといいぜ」って言われているかららしい……。
健一としては、俺への仕事の斡旋のつもりかもしれないけど、この状況には少し困っていた。
別に質問が面倒くさいとかはない。
頼りにされるのは有難い話だし、役に立っていることを実感出来ていい。
けど、周りの視線が痛い。
いや、今までも凛のことで殺気に満ちていたのは事実なんだが……今はそれ以上だ。
相野谷さんに、手綱を握る役の横村さんも来るから余計に……。
そんな状況にあるのを気にした様子がないのは、非常に困ったものである。
そして、今日も——
「ねぇねぇとっきー。りんりんに勝つにはどうすればいいと思う~?」
「そうですね。集団戦法をお勧めしますよ。バスケであれば三人で取り囲むのがアリだと思います」
「…………」
「なるほどねっ!! じゃあじゃあ~。一対一の競技だったらどうすればいいかなぁ?」
「それでしたら負けるつもりはありません。勝負に手を抜くなど愚の骨頂……全力でやりますので勝つことは無理だと思います」
「…………」
「そっかぁぁ~…………って、なんでりんりんがさっきから答えてるの!?!?」
「本人が答えた方がいいかと思いまして」
凛は澄ました顔で答え、俺と相野谷さんの間に陣取っている。
何故、そんな位置に凛がいるのは……まぁ、理由は明白なのだが相野谷さんはそんなに気にする様子はない。
目的最優先って感じである。
ちなみにだが、相野谷さんをコントロールする役の横村さんは、ひとり頭を抱え大きなため息をついていた。
たまに俺を見て『なんとかして』と言いたげな視線を向けてくるので、俺は首を横に振る。
頑固な凛が威嚇行動に入ってるから、止めるのは無理なんだよ……。
相野谷さんも目前に控えた体育祭が気になるだろうから、今日はいつにも増してあれこれ聞いてくるしね……。
「ウチはとっきーに聞いてるのに〜。りんりんに聞かれたら、秘密裏に情報収集をしている意味がないじゃーん」
「さやか。秘密裏なら……もう少しこそこそやろうね。色々なクラスに堂々と行ってる時点で破綻してるから……」
「そうですよ。相野谷さんがやってることは周知の事実です。私は聞かれて困ることはないので、こういう状況なら私に聞いた方が早いと思います」
「え〜。ウチのとしては、とっきーに聞きたいんだけどぉ。その方が面白いしー」
「ダメです」
「むぅ〜〜っ!!」
相野谷さんは、頰を膨らまして不服そうな顔をした。
俺の隣に移動しようとすると、凛がまた間に入ってきて、何事もなかったようにすまし顔をする。
邪魔されたことに相野谷さんは、余計にムッとしているようだ。
「もうっ! なんでりんりんは邪魔するのよ〜。別にとっきーをとろうとしてるんじゃないって前に言ったじゃん!」
「相野谷さんは距離が近いので……」
「そんぐらい気にしないでよぉ〜」
「ダメです」
「お願いりんりん! 二人っきりで話をさせて! 聞きたいこと、話したいことがいっぱいあるのぉ〜!」
「やっ!」
「りんりんの駄々っ子ぉ〜っ!!」
「「…………」」
全く二人は何やってるんだよ。
当事者なのに蚊帳の外な俺と横村さんは無言でやりとりを眺めている。
互いに思っていることは同じなのか、何度もため息が出ていた。
相野谷さんの言ってることに他意はない。
本当に話したいだけで、それ以外の感情はないのだろう。
普段からあんな態度だから、数多の男性を勘違いさせてきてるんだろうしね……。
それを知ってる横村さんは、しきりに『またそんな言い方して……』と言い、額に手を当てているのがその証拠だ。
謎の攻防を繰り返す二人のやりとりにしびれを切らしたのか、横村さんが俺に耳打ちをしてきた。
「いい加減止めてよ。若宮さんも、なんだか意地になってるみたいだし……」
「ああなった凛はテコでも動かないよ。横村さんこそ、相野谷さんを止めれないのか?」
「ハァ……そうしたいけど。さやかって暴走し過ぎたら止めれないの。目的を達成すれば、おさまると思うんだけどね」
「目的? 凛の弱みを握って体育祭に勝つことか??」
「うーん。正確には違うかな」
違うのか?
めっちゃ勝ちに拘っているように見えたけど……。
俺が難しい顔をして眉間にシワを寄せて考えていると、横村さんが少し可笑しそうに表情を緩ませ話を始めた。
「さやかって、今まで負けたことがなかったの」
「負けたことがないって……スポーツ?」
「そう。だからね……体力測定で負けたのが、落ち込むほどすっごく悔しくて、『今度こそ勝つんだっ!』って気合が入ってるの。私としても、それを知ってるから止めにくい部分があるんだ」
「そういうことか……。まぁ負けそうにないよな。普段のエネルギッシュな光景を見てれば……」
「ごめんね。でも、納得いった?」
「うん、まぁ……」
今まで絶対的な自信があった得意分野。
だから、負けたことが本当に悔しくて、相野谷さんにとって初めての挫折だったのかもしれない。
自分の中でスポーツだけは、譲れない存在なんだろうなぁ。相野谷さんは感情で動く、感性に任せて行動する人間だからこそ、そこには強いこだわりがあるんだろう。
そうなると、納得するまでは引かないだろうなぁ……。
だったら——
「相野谷さんに良い方法があるよ。凛に勝つための」
俺は、そう口にしていた。
そんな大きな声じゃないのに、タイミングよく会話の途中の二人に響き、こちらを振り向く。
すると、勢いよく相野谷さんが詰め寄ってきた。
「とっきー何それ!?」
「ち、近いって……」
「……相野谷さん?」
「ちょっとりんりん!? 腰のあたりを抓らないでくれるかなぁ!?!? ピンポイントで痛いんだけど!?」
俺はコホンとわざとらしく咳払いをして、相野谷さんを振り向かせる。
それから「大したことではないんだけど」と前置きをして話始めることにした。
「とりあえず、相野谷さんはいつものままでいいんじゃないか?」
「うーん? いつもの……まま??」
「そ。ほら、緻密な作戦を考えて実行するというよりは、直感や本能で動くタイプでしょ?」
「そぉ?」
「俺はそう思うよ。逆に用意し過ぎると混乱しそうだしさ。それに、凛には作戦を練っても看破されるだろうから、相野谷さんの型にハマらないようなトリッキーな感じの方が虚をつけると思うよ」
「確かに常盤木くんの言う通りかも。さやかに計略は向かないと思う。考えても…………いつも無視するから」
「アハハ……なるほどね。確かにそうかもー……」
心当たりがあるのだろう。
相野谷さんは、苦笑いをして頭を掻いた。
それから、大きく深呼吸をする。そしていつも教室で見せるような無邪気な顔になり、ニカッと笑ってみせた。
「うんっ! じゃあウチは決めたよッ!! 本能のまま〜〜レッツゴ〜ッ!! ってことだねぇ!」
「ふふっ。さやからしいね」
納得した様子の
だから、健一も相野谷さんに何も言わなかっただろうしね。
「ありがとねッ! じゃあウチは帰るよ! 練習あるのみだぁぁあ〜っ!!」
「ちょ、ちょっと待ってよ! さやか!?」
横村さんは俺たちに「ありがとう」とお礼の言葉を口にすると、相野谷さんを追いかけて慌ただしく教室を後にした。
嵐が過ぎ去り、急に静かになった教室。
俺と凛は顔を見合わせて、苦笑した。
「悪かったな凛。ああいうこと言って」
「“ああいう”というのは、相野谷さんへのアドバイスですか?」
「そうだけど……」
凛を応援すると言いながら、敵に塩を贈る行為。
クラスのことを考えると正しい行為だが、凛の目の前でやるのは違うよなぁ……。
俺が顔を伏せていると。凛が顔を両手で挟んで目が合うように上げてきた。
「それなら別にいいですよ。寧ろ、翔和くんのお陰で私が気をつけないといけない点がハッキリしましたし。やはり、第三者目線じゃないとわからないことってありますね」
「まぁ凛が気にしないならいいけど。相野谷さん、手強くなるんじゃない?」
「ふふっ。それは望むところですっ。だって私は、全力の相手に全力で相手するだけですから。それに……」
「それに?」
俺が首を傾げて聞き返す。
凛は少しだけ、窓の外に視線を向ける。
そして、運動する人達を見た後に……。
「本気で来てくれるって……。私にはとても嬉しいことなんですよ!」
凛は嬉しそうにそう言ってきた。
「頑張ります!」と気合十分な凛に、俺は思わず苦笑したのだった。
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