第7話 これが俺の立ち位置


 ——昼休み。

 俺は凛と健一、そして藤さんのいつもの面子メンツで昼食をとっていた。

 会話内容は勿論、体育祭についてである。



「マジで恨むぞ健一……。あんな場面で言わなくてもいいだろ? お陰で公開処刑された気分だったぞ……」

「ははっ。わりぃわりぃ」



 俺の恨み節に、健一は顔の前で手を合わせ、謝る素振りだけを見せている。

 なんでこんな含みのある言い方をしたのか……そう、健一はどこか愉快そうで口元は笑っていたのだ。


 ったく……反省の色がないじゃないか。


 ま、でも俺の為を思っての行動ということはわかるけど……。

 だからといって、イマイチあの場面で言う意味はわからないんだよなぁ~。


 あの状況、誰がどう見ても公開処刑だった。

 “リア充の見せしめにされたボッチ”という、構図にしか見えないよ。



「はぁぁぁ……」



 俺は、大きなため息をつき、肩を落とす。

 すると、凛が腕にぴたりとくっついてから、心配そうに俺の顔を覗き込んできた。


 相変わらず距離が近いな……まぁ今更だけど。



「翔和くん……大丈夫ですか?」

「大丈夫……。ただ、リア充たちの熱量にやられかけただけだから」

「言っている意味がよくわかりませんが……。加藤さん? 翔和くんに変なことをしたら許しませんからね?」

「おぉ怖っ!?」

「……凛。直ぐに感情的にならない。健一が考えもなしに言うわけがないんだから」

「それはそうですけど……」

「……凛は過保護が過ぎるの。信じて任せてみるのも重要——ね、健一?」

「……うん? まぁ、そうだな~」

「……健一? 数秒の間があったけど……。本当に“考えなしなんてオチ”だったら——許さないけど?」



 ギロリと鋭い目つきで藤さんが睨む。


 おお……怖いな。

 返答次第では健一の未来はない。

 そう感じてしまうほどだよ……。


 ってか、珍しく健一を責める相手が二人になったな。俺を入れれば四面楚歌状態なんだけど。


 そんな状況に健一の顔が引きつってはいるが、「おーこわこわ」と茶化すぐらいには、余裕があるらしい。



「加藤さん?」「……健一?」



 ——美少女二人にジト目を向けら、迫られるイケメン。

 うん、これはあれだな。

 周りから見たら、二人に言い寄られるリア充に見えなくもない。


 このことを揶揄いたくもなるけど……ここで変に俺が便乗したら、余計に拗れるんだろうなぁ。


 ってか、その前に健一が言い淀むなんて珍しい気が……。

 マジでその場のノリっていうことは…………ないよな?



「そんな心配そうな顔すんなって。あーでも言っておかないとダメなんだぜ? ま、俺にも考えがあるから、大船に乗ったつもりで任せろよ。悪いようにはしねぇから」

「「……嘘だったら怒ります(怒るから)」」

「若宮だけじゃなくて、琴音まで……こえーなぁ~」



 怖いと言いつつも、相変わらず余裕の笑みを浮かべる。

 ほんと、底が知れないよな健一は……。

 雰囲気的にリサさんとそっくりな気がする。


 あの……何をやっても返されて勝てない感じの。



「でも、クラスのみんなは翔和と俺が作戦を立てることに納得していただろ?」

「いやいや。中丸とか凄い顔してたぞ? 俺を睨み殺すんじゃないかってぐらいの目で見てたし……。納得つうか、疑心暗鬼だっただろ」

「ははっ。けど、予想通りって感じじゃねーの?」

「それはそうだけどさ、いい気分ではないよ」



 今までの俺の行動を考えれば、クラスの腫れ物、はぐれ者————それが俺だ。

 だから、中丸の反応も頷ける。


『加藤。君の意見に口を挟むのは、指揮官に推しておいてどうかと思う。だが、それでも言わせて欲しい。こう言っては悪いが、僕には常盤木が真面目に真摯に職務をこなして、頑張る姿が想像できないんだよ』


 と、凛たちが来る前に言われたことだ。

 これはあくまで抜粋で、不平不満は次々と出ていた。

 何も言わなかったのって、相野谷さんとか一部だけだったし……。


 反応は予想通り……でも、それを改めて突きつけられると悲しいものはある。

 こうなるまで自分は何やっていたんだろうっていう後悔も……。


『ま、翔和に関しては思うところあると思うけどよ。ちっとばかし、俺に任せてくれ』


 まぁ結局みんなは健一がそう言ってくれたお陰で、「加藤が指揮をとるなら……」と、不承不承に認めた形にはおさまったけど。



「翔和くん? 大丈夫ですか?」

「んー、別に大丈夫だよ」

「…………その中丸さんって、私と同じ体育祭実行委員の方ですよね?」

「そうだよ。健一とは違って、真面目系文武両道って感じの人。インテリ系リア充って眼鏡が似合うよなぁ~」

「なるほど、やはり……。では、私が一度ガツンと——」

「はい、ちょっと待て凛」



 俺は立ち上がって去ろうとする凛の手を掴み、「ダメだ」と首を横に振る。

 すると凛は渋々といった様子で、腰を下ろした。


 ……なんか、最近の凛ってやたらと喧嘩っ早いというか。

 危なっかしいというか……。

 ちょっと短気な気がするんだよなぁ。



「凛、俺のことで怒ってくれるのは嬉しいけどさ。それで、自分の立場を悪くするのは勿体ない」

「でも……翔和くんの良さを伝えないと、みなさん決めつけが酷いですし……」

「それは仕方ないよ。人の印象ってそう簡単に変わらないし」

「ですが——」

「いいから。今までのは俺の自業自得だし、それに————少しでも理解してくれる人がいるだけで、大丈夫なもんなんだよ、人間って」



 人の承認欲求っていうのは誰しもある。

 みんなに認められたいとか、そういうものだ。


 でも俺は、少なくていい。

 少なくても、その人たちの為に頑張りたいと思えるから。


 俺は凛に視線を移し、真っ直ぐに目を見つめる。



「俺はやることをやるだけだから、心配ないよ。これでも負の方向には強い方だ」

「ですが……」

「……常盤木君。凛は心配なの、だっていつも——」

「琴音ちゃん……?」

「……うっ、何でもない。忘れてチキン」

「チキンって、おい……。ってか藤さん、逆にそのタイミングで切られると気になるんだが……」

「コホン……そういえば、翔和くんは何の競技に出るんですか?」

「話の逸らし方が雑過ぎる……まぁ、話したくないならいいけど」



 何か言いづらいことでもあるのか?

 凛のことだから、何か陰でってこともあるだろうけど……。


 凛がいない時に、こっそり藤さんに聞いてみるか。

 二人っきりは無理だから、もちろん健一がいる時に。


 そうと決まれば、今は流れのまま話を流して話題を変えるか。

 聞こうとしている意志を悟られないようにしないと、凛はその辺かなり察しが良くて敏感だしね。



「う~ん、そういえば健一。ウチのクラスって健一が出場競技を決めるんだよな? 決まってるのか??」

「おう! 俺の中では決まってるぜ~。翔和は野球に出す! それが一番いいからなっ」

「はぁ!?!?」



 俺の声に周囲の視線が集まる。

 驚き過ぎて、声がでかくなってしまった……。


 野球に参加って……素人には無謀じゃないか?

 見ること自体は嫌いではないけどさ……。



「翔和くんのホームラン、私は期待しています!」

「いやいや無理に決まってるからな!?」

「そうなのですか?」



 何故、可愛らしく首を傾げる。

 俺の非力な腕を見ろよ、どう考えても外野までボールが飛ばないだろ。

 それに——。



「まず、初心者はあんな細いバットに、ボールが当てれるわけがない。守ったらボールなんてとれるわけない。走っても並……走攻守の全てにおいて穴だらけの人間は向かないだろ」

「……チキンは貧弱。無理に決まってる」



 おい。藤さん。

 ストレートに言われると俺も傷つくぞ……?

 事実ではあるんだけどさ!



「まぁ、翔和にはちゃんと特訓で役目を作るからよ~。とりあえず、打席に立つときは前かがみの姿勢で、服はだぼだぼでお腹まわりの表面積を増やすって感じだな」

「おい……。それって、デッドボール狙いとかじゃないよな?」

「ははっ。まさかまさか、そんなわけねぇよ~」

「痛っ! 背中を叩くなよ、馬鹿力なんだから」



 って、デッドボール作戦ってマジで図星なの……?

 なんか健一は目を合わせずに口笛吹いてるし……ってか無駄に口笛上手いな!



「そうだ、健一。自分で言うのも恥ずかしいけど、俺は運動の知識とかまるでないし、健一と組んで作戦の立案なんて役立たずになる可能性が高いと思うぞ? それに、そもそも運動は苦手だ」

「ははっ。そう言うと思ったぜ。作戦については追々って感じだが……。つーか、そもそも体育祭で活躍するのは“運動が出来る奴”だけってわけじゃないだろ? 見えないところで働いてくれた運営側も活躍してんだからさ」

「言ってることはわかるけど……今更、やることはある?」

「……健一、体育祭実行委員って決まってるんでしょ。今から合流しても睨まれるんじゃない?」

「体育祭実行委員には加わらねーよ。関わることはあってもな」

「じゃあ、何を?」

「翔和には、救護班兼雑用係をお願いしたいと思う。ほら、体育祭だから準備も大変だし、終わった後の掃除は勿論のこと、当日は何と言っても怪我人が多い。だから、その当番が各競技に出張って目を光らせ、急病人に気を付けないだろ?」

「確かに、今は何かあったら世間的にも厳しいもんなぁ。対策を怠ると責められるし……」

「そういうことだ! それに——お前ならに気が付くだろ?」

「なるほど……。過度な期待は困るが……、まぁ健一には世話になってるし一肌脱ぐよ。それをやれば、競技にはそんなに出なくていいんだろ?」

「一つだけでよくなるぜ! 先生たちの使いパシリになる分な~」

「じゃあ、なおのことやらないとな」



 雑用はバイトでも慣れてるし、問題はないか。

 目立つことをせずにコツコツと、俺にピッタリな当日の役目である。

 スポーツで情けない姿を晒すよりは、よっぽどいい。


 まぁ健一には、他の目的があるみたいだけど。

 俺が健一をちらりと見ると、一瞬だけニヤリと笑い。

 目は「ご名答」と言っているようだった。



「後は翔和。これが上手く行けば今はマイナスなイメージでも、それがプラスに変わった時は天地がひっくり返るぐらい衝撃を生むんだぜ? 雑用をこなして千里の道も一歩よりってことだよ。ここからの作戦は、題して“ダメ男、常盤木翔和の華麗なプロデュース”だ」

「変な名前つけるなよ……」



 酷い作戦名に俺は苦笑した。

もう少しマシな命名をして欲しいとこなんだけど……。



「いいですね! 私も協力しますっ!!」

「いや、若宮は出禁だ」

「……凛はダメ。ここは健一に任せるべき」

「えぇ!? 何でですか!?!?」

「若宮は翔和のことになると暴走しがちだからなぁ~」

「……うん。暴走機関車、止まることをしらない」

「人聞きが悪いですよ! 私はどんな時にでも冷静沈着ですっ」

「「「……………え?」」」

「なんですか、その残念な人を見る目は! あ、翔和くんまで……そんなぁ~……」



 凛が項垂れ、芸が失敗した犬のようにへたり込んでしまった。

 別に何か見えるわけではないが、効果音で『ズーン』と聞こえてきそうなぐらい、がっくしと肩を落としている。



「ま。真面目な話、翔和自身が動いて自分自身を見せていかねーと……変わんねーんだわ。若宮が動き続けると“若宮さん流石ね”としかならねぇしな」

「……凛は良くも悪くも目立つ。ここはチキンをしっかり自立させて、羽ばたかせるべき」

「鶏は飛ばないけどね」

「……軽口は不要。チキンは、二学期が始まってみんなから注目されている。だから、今がチャンス。逃してはダメ」

「そういうこった翔和。つーわけで、若宮もわかってくれ」



 俺は「頑張るよ」と言い頭を掻く。

 確かに藤さんが言った通り、二学期が始まってからやたらと注目されている。

 だから、その注目を活用すれば新たな人間関係の構築、そして周囲の評価を変えることができるかもしれない。


 健一は俺のステップアップのために、注目の的になっている間に利用したいのだろう。

 凛もそのことがわかっているからか、こくりと頷き納得したような素振りだけは見せた。



「わかりました……。私は、大人しくしておきます。ただ、何も出来ないことにモヤモヤとしてしまい……ちょっと不満です」

「不満ってなぁ」

「でも、翔和くんの邪魔はしたくありません……。我慢するので……だから、今はこれぐらい————いいですよね?」



 凛はそう言うと、あぐらをかく俺の膝の上に頭を乗っけて寝転がってきた。

 嬉しそうに微笑み、でもどこか恥ずかしいのか頬は赤く染まっている。


 恥ずかしさがあるなら、無理しなくてもいいのになぁ。

 でも、その真っ直ぐさが魅力的なんだけどね。


 頭をぐりぐりと動かし要求してくる凛の頭を、俺は優しく撫でる。



「膝枕って、男のだと固いだろ……」

「私はこれで満足です」

「……凛は猫みたいだよなぁ、本当にさ」

「えへへ~。私は翔和くんに撫でられるのが好きなんですよ、負の感情なんて全て吹っ飛んでしまうほどに」

「まぁこの程度でいいなら……いつでも……」

「本当ですか? 言質はとりましたから、遠慮はしませんからね」

「ほどほどにな」



 拒否しても彼女は止まらないし、俺も止める気はもうない。

 周りを気にするより、今あるこの時間を噛みしめた方がいい。

 悪口を気にするぐらいなら、それを糧に努力すればいいんだから。

 これが信頼のない、今の俺の立ち位置だから……健一に言われた通りひっくり返すしかない。


 ——好意をよせてくれる凛のために。

 そう考えれるくらいには、俺の精神は成長したのかもしれない。


 俺は、自分のぞんな前向きな余裕が妙におかしくて空を見上げ、小さく笑った。



「ここが中庭ってことを忘れんなよなぁ~。って、あいつらは聞いてねぇーか」

「……健一、常盤木君ばかり良い雰囲気。……ずるい」

「って、琴音も撫でろってことかよ……ったく。俺にも鋼の精神が欲しいわ……」



 そんな健一達の会話が横から聞こえた気がしたが。

——今は気にせず、「もっと撫でてください」と要求する彼女に応えることにしよう。

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