第17話 最大のライバル



「翔和くん、そろそろ定期テストですね」



 凛の両親が自宅に現れてから数日が経ったある日。

 いつものように勉強をしていると、凛がテーブルにコーヒーを置き、そう話しかけてきた。



「そうだなぁ。赤点は嫌だし、追い込みかけないと」

「以前に比べて頑張ってますし、大丈夫じゃないですか?」

「まぁ、前よりは自信あるけど……。でもウチの学校って進度がやたらと早いだろ? サボった数ヶ月がでかかったなぁーって」

「過ぎてしまったことは仕方ないですよ。それよりも今後のことを考えて頑張りましょう!」



 俺の手を握り、微笑みかけてくる凛に同じように笑いかける。


 でも握る手が微妙に痛い……。

 おそらく気合いが入ってるせいだろう。


 前の定期試験は、凛の満足いく結果ではなかった。

 赤点は回避したものの、全てはギリギリ……正直なところ不甲斐ない結果だ。


 だから、今回のテストは俺のリベンジマッチでもあると同時に、凛の指導による成果が問われるテストでもある。


 それで気合いが入ってるのだろう。


 勿論、俺も同じ気持ちだ。

 もしかしたら、俺の方が凛以上に思い入れが強いかもしれないけど。


 俺はペンを走らせながら、試験勉強用に配られた問題に視線を落とす。

 その問題を見て、ふと思ったことを口にした。



「たまに思うんだけど、学校の定期テストより受験勉強を優先した方がいいって思うことあるんだよなぁ〜」

「そうですか?」

「ほら、大学入試って推薦使うわけじゃなければ、学校の成績は関係ないだろ?」

「確かに、それは一理ありますね」



 凛もこくりと頷き、丁寧な仕草でお茶を飲む。

 ひとつの動作をとっても、見本になるぐらい綺麗である。


 俺がぼーっとそんな様子を眺めていると、凛はくすっと笑い俺に生徒手帳を見せてきた。



「これ見てください。一年間で三回赤点とると、留年らしいですよ?」

「あー、なるほど。確かにそれは回避しないとな……」



 凛のことを『若宮先輩』と呼んだり、健一に『よっ、後輩!』って言われたらしばらく凹む自信があるよ。


 となると、学校の勉強も頑張らないといけないのか……。

 留年だけはしたくないし。


 俺はため息をつき、肩を落とした。



「翔和くんは学校のテストと入試を分けて考えてますが、明確に分ける必要はないと思いますよ?」

「そうなのか?」

「はい。問題レベルの違いと思えばいいですし、それに毎回の定期試験の勉強を、入試レベルまで引き上げればいいんですから」

「うわぁ……」



 当たり前ですよ?

 と、言いた気な凛の態度に思わず苦笑する。


 それが出来れば誰も苦労しないんだよなぁ……。

 結局、目先の勉強で手一杯になるし。



「だから凛が勉強してる時は、やたらと難しいのもあれば簡単なのもあったのか……」

「段階に分けて勉強してますからね。私も最初から出来たわけじゃありませんので。勉強しなくても出来るのは、私のお母さんぐらいですよ」

「うん……リサさん? そうなのか?」

「はい、本物の天才って感じです。一度見たら大抵のことは憶えます、二度見たら完璧って前に言ってました」



 ……どこの超人だよ、それ。

 そんなのフィクションの中だけだと思ってたわ……。


 唖然とする俺をおいて、凛は話を続けてゆく。



「勉強以外も勿論、凄いですよ。昔から人気者らしいですし、お父さんのお話では“魔性の女”とか“落とし神”とか言われてたそうです」

「あー……。それはなんか想像出来るな。誰とでも仲良くて、距離が近そうな気配がする」



 リサさんって、初対面で抱き締めようとしてきたもんな。

 それにあの見た目……モテないわけがないか。



「更に言いますと、お母さんの凄さは見た目の麗しさや頭脳だけじゃないんですよ」

「喩えばどんなのがあるんだ?」

「そうですね。一例をあげますと、お母さんの前では、嘘なんて看破されます」

「マジ……かよ」



 凛も苦い思い出があるのか、どこか苦笑いだ。

 自分に真っ直ぐな凛だが、その性格に至ったのは理由があるってことか……。


 それにしてもリサさん。

 あんなほんわかしているのに……人は見かけによらないんだなぁ。


 脳内で再生されるのは、妙に間延びした独特な喋り方をする時と、真剣味を含んだ声の時……。


 あれ……?

 もしかして……。


 俺が今まで色々誤魔化したりしていたのは……見破られている可能性があるってことか?


 今まで考えていなかった可能性に辿り着き、途端に顔へ血液が集まってくるのを感じる。

 めっちゃ恥ずかしくなってくるんだが……。



「翔和くん、顔が赤いですよ?」

「い、いや! なんでもないから……」

「本当ですか? なんだか怪しいです……」

「マジで何もないよ。当然、風邪でもないから」

「むむっ、これはもしや——」



 俺が返答にどもると、凛が何か疑うような視線を向けてきた。

 そして、少しだけ悩んで後に俺の肩をガシッと掴む。


 まさか、凛も色々と気付いていて……。



「お母さんを好きになってはダメですからねっ!!」



 凛の口から、毎度お馴染みとなった斜め下な答えが発せられた。

 ……まぁ、凛の場合は暴走が常だったな。


 俺の肩を揺らし、「ダメですよ〜」と言ってくる。



「それはないから大丈夫だって……。人のお母さんに手を出すような趣味趣向はない」

「本当ですか……? 証明を——」

「いや、人の気持ちに証明は出来ないからな」

「むぅ。言い切る前に言われてしまいましたね。まさか最大のライバルが自分の母親だったとは…………これは、急がないといけませんっ」

「おい凛、少しは落ち着——」

「先手必勝です。まずはお母さんに釘を刺さないと!!」

「待てって! あ……相変わらず早いなぁ」



 凛はそう言うと、スマホを持って慌ただしく俺の前から立ち去ってしまった。


 いつも通りの暴走ではあるが、リサさんに対しては何やら思うことがあるのだろう。


 ……いつも以上の猪突猛進。



「凛の場合は、暴走する自分の頭が最大のライバルだと思うけど……」



 俺は少し冷えてきたコーヒーを流し込み、「はぁ」とため息をついた。

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