閑話 翔和くんに救われて
夏も盛りを過ぎた早朝の空気は、爽やかさの中に寂蓼の予兆を匂わせているようです。
日が昇るのは早く、ぼんやりと霞かかった空から差し込む朝の日差しが、薄暗い部屋に入り込み、気持ちよさそうに寝息をたてる翔和くんを照らしていました。
外では鳩が「ボォー」と低い声で鳴き、朝だぞ起きろと私たちを急かしているようです。
「よく寝ています」
私は翔和くんの寝顔をじっと見つめます。
すーと可愛らしい寝息をたて安らかな表情で寝ています。。
寝ている表情はあどけなくて、とても捻くれているようには思えません。
「……最近はちょっと違いますけどね」
私はくすっと思わず笑ってしまいました。
最近の翔和くんは、なんだか変わってきました。
言われなくてもご飯は食べますし、勉強もします。
掃除もしますし……最近では料理の練習もしているようです。
これも夏休みの最終日からでしょうか?
そう思うと、彼の背中を少しだけ押すことが出来たと嬉しく思います。
けど……まだ知らない彼があることに寂しくなる気持ちもありますが……。
それにあの日から、何やら加藤さんとコソコソやっているようですし……。
でも、なんとなく予想はついています。
定期テストも近いですしね。
直接は聞きませんが、陰で努力しているのは知っています。
けど——
「裏でやらなくてもいいのに……。私も一緒にやりたいです……」
私は翔和くんの頭を撫で、おでこに手を置きほっぺを軽く突く。
もっと構ってと寝ている彼に要求するように……。
これは私の我儘です。
けど、我儘を言いたいくなるほど、甘えたくなるほど夢中になっている証拠でもあります。
それを意識した途端、顔が熱くなってきました。
手で顔を扇ぎ、胸に手を当て何度も深呼吸をします。
ふぅー。
ふぅー……ちょっと落ち着いてきましたね。
学校に行く時間には起こさなくてはいけませんが、今はもう少しこの顔を眺めていたいと思います。
私は部屋を見渡し、ふと視界に映り込んだのは散らばった自分の荷物でした。
それを見ていると昨晩のことが頭の中に蘇ってきて、心臓が高鳴ってきます。
タオルケットをぎゅっと抱き締め、壁に寄り掛かりました。
「弱いところ、見せてしまいましたね……」
気丈に振舞おう。
強い私でいよう。
誰よりも真っ直ぐで、強い私で……。
けど、昨日はそのメッキが見事に剥がれました。
誰にも漏らしたことのない——私の弱音。
隠してきた私の負の一面。
それを聞いても翔和くんは驚くことはせず、寧ろ理解しているようでした。
もしかしたら、気づいていたのかもしれませんね。
昨日の翔和くんの言葉には、口先だけの慰めではなく真実味がありました。
そして、ささくれて傷ついた私が安心できるように、寝るまで優しく包み込んでくれた……。
こんなこと……。
こんなことされたら——
「余計に離れたくなくなるじゃないですか」
翔和くんが寝ていなかったら『惚れてまうやろ〜っ!』と叫びたい気分です。
彼は多くは語りません。
口下手で、皮肉屋で……本当はどこまでも優しい。
強がっているようで寂しがり屋で、人を避けているようで一番よく見ている。
彼は色々なことを嫌いだと否定しますが、それは好きでいたいことの裏返し。
好きの反対は——無関心。
嫌いとも何も感じることはない、『無』の感情。
だから私は、それを彼から感じるまで私は側にいます。
最近は嫌がりませんしね。
半年前の私からは考えられません。
本当に。
知れば知るほど好きになる。
知れば知るほど深みにはまる。
恋に落ちるってこういうことを言うのでしょうね。
昔は恋愛ドラマや、恋の詩を見ても意味が分かりませんでした。
なんですれ違っているんだろう。
なんで煩わしいことに全力なんだろう。
なんで、直ぐに口づけを交わすのだろう。
……今ならわかる気がします。
フィクションの中の人物が必死になって手を伸ばし、恋を成就しようとする気持ちが。
中々うまくいかなかくて、落ち込んでしまう気持ちも。
彼に触れたくて、近づきたくて、常に一緒にいたくて。
どうしようもなく恋に焦がれてしまう。
手をのばして、眠っている彼の唇に触れた。
寝ている彼にそんなことをしてはいけないのは、わかっています。
そんなことをしようものなら、自分の手が天罰のためにそこにくっついてしまって、前のように無知である意味純粋な気持ちに戻れなくなるのを覚悟しなければならない。
それなのに私は、正直に言うと、彼の唇に触れたくてしょうがないのです。
「早く好きって言って欲しいな」
私は、寝ている彼の手をぎゅっと抱き締めた。
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