第68話 なぜか、リア充達とプールに行くことになったんだが ⑤
人間は慣れないことをすると碌なことにならない生き物である。
『失敗は経験だ。それを糧に次を頑張ろう』
と言う人もいるかもしれない。
けど俺の考えは違う。
失敗は所詮、失敗だ。
辛いし、疲れるし、落ち込んでしまう。
心も身体も疲弊するだけ……。
それに、頑張ろうと気概が起きなければ、単に失敗という苦い経験しか残らない。
一部の人間だけが、不平不満を言わず失敗に真っ直ぐに向き合うことが出来るのだ。
そして、その一握りだけが人生経験として今後のスキルアップに繋がっていく。
……もう、泳ぐの辛いなぁ。
俺はため息をつき天を仰ぐ。
「だから言ったんだ……。人は水に浮かぶように出来ていないって……」
プールの練習を終えた俺は当然バテバテになり、ラウンドチェアに寝そべっていた。
凛の教え方がいくら良くても、生徒がダメなら仕方ない。
名コーチが名選手を出せるわけではないのだ。
「お~い、翔和~。生きてるかぁ~。あそこまで泳げないとは思ってなかったぜぇ……」
「……例えるならヘタレの干物」
「翔和くん……。やり過ぎてごめんなさい……」
俺はひらひらと手を振り「気にしないでくれ」と呟く。
そんな俺を凛が団扇で扇ぎ、少しでも疲れを癒そうとしてくれていた。
涼しい風が、怠くてたまらない身体の上を撫でるように通過する。
どういう風を人が心地よく感じるのか。それを理解しているような優しい扇ぎ方だ。
うん、ひんやりとして気持ちがいい。
身体を捩ると顔を覆っているタオルが少しズレ、慈愛に満ちた女神様を視界が捉えた。
写真に収めたくなるような凛の姿をぼーっと眺める。
そんな視線に気が付いた凛は、優しく微笑み俺の手に自分の手を重ねてきた。
身体中の血液が沸々と湧き上がってくる。
凛と触れた手が熱を持ち、そこにだけ血液が集中しているようだ。
俺はそれを誤魔化すために身体を起し、首を左右に1回ずつ回す。
「ん~っ……もう大丈夫」
「もう少し寝ていてもいいですよ? さっきはかなり頑張りましたから、疲れてもしょうがないです」
「いーや、十分休んだよ」
「本当ですか? 無理は駄目ですからね? 一応、栄養ドリンクでも飲みましょうか……。うん、その方がいいですね。今、用意いたします!」
「心配し過ぎだって……オカンじゃないんだから。つか、なんでそんなのを持ってきてんの……?」
備え良ければなんとやら……って言うのはあるけど。
流石に準備が良すぎるだろ……。
ってか、そんなのいつ用意したんだ?
少なくとも家にはなかったと思うんだけど…………まぁ、考えても仕方ないか。
リア神は、俺を心配そうな眼差しで見つめながら、何か探っているようだ。
まぁ、おそらく……俺が嘘をついていないか探っているのだろう。
俺はやれやれと肩を竦めた。
「……凛、常盤木君の様子的に大丈夫じゃないの?」
「いえ、翔和くんは隠すことに関しての演技は、とても上手ですから……油断が出来ません。特に急に笑顔になったら注意です」
「信用ねぇーな、俺」
「ははっ! ま、日頃の行いのせいだな」
俺をジト目で見続けてくる。
その何でも見透かすような目に俺は弱い。
『何をしても無駄』そんな感じがしてしまう。
「はぁ」と自然と口から出るため息。
どうやら、凛にはバイトで培った営業スマイルはどうやら通用しなくなったらしい。
「翔和くんは、人知れず無理することがあるので心配で……。今も本当は疲れて動けないのに、身体に鞭打って動こうとしているのではないかと……」
「自分の苦手なことに、そこまで一生懸命になってないから安心してくれ」
「……本当ですか?」
「ほんとほんと。勤勉で真面目な人間じゃないから」
言ってて悲しくなるが事実は事実だ。
つか、ここまで休ませてもらっておいて……
『まだ動けません』って言えねぇよ。
それに、疲れた姿を見せたら……甲斐甲斐しく面倒を見てくれる凛が……近すぎて…………違った意味で死んでしまう。
「ってか、凛は何にそんな引っかかってるんだ?」
「えっと、さっきまで辛そうにしていたのに、急に起き上がったので……」
「あー、そういうことね……。そうだなぁ……うん。あれは……別になんでもない」
「嘘はついてませんか?」
「いや……別に」
直視出来ずに目を逸らす。
凛は俺の顔を両手で押さえ、逃げれないようにしてきた。
くそ……目のやり場に困る。
ただでさえ、水着という強力な代物を身につけて、いつもに増して目に毒だというのに……。
それを至近距離で……。
羞恥心というのがリア神にはないのか?
あー、顔が熱い!!
「まぁまぁ、若宮もその辺にしとけよ〜。あんまりやり過ぎると翔和が可哀想だぜ?」
困っている俺に助け舟を出すように健一が口を挟んだ。
凛は、顔だけ健一の方に向けると小首を傾げる。
「可哀想……?」
「ああ、男には譲れない一線的なものがあるからさ。それを聞き出すっていうのは野暮ってもんだ」
「私には、無理してるようにしか……」
「いやいや〜、若宮が心配してるような身体的疲労は、まぁ大丈夫だと思うぞ? それより、無理してんのは違うことだろうし。なっ! 翔和?」
「……俺にはよくわからないな」
不貞腐れたように惚けた俺を見て、健一は意地の悪い笑みを浮かべる。
「なぁ若宮、そんなに心配だったら一緒にいればいいじゃねぇーか? 今日、ずーっと……」
「健一……お前、何言って——」
「元からそのつもりです」
「マジかよ」
「……じゃあ、私は健一とずっと一緒にいる」
藤の頭を優しく撫でる健一。
そして見つめ合う2人……。その2人の周りにだけ、ふわふわとした幸せオーラが溢れている気がする。
けど——
「あー、おふたりさん。俺たちがいることを忘れるなよ?」
「……常盤木君は空気を読むべき」
「残念ながら、空気を読める人間だったらDグループにいない」
「……むぅ」
「琴音、そんなむくれるなって! また……後でな?」
「……わかった。約束ね」
藤さんの健一大好きっぷりは、俺らの前では隠さないよなぁ。
学校では、やや塩対応なんだけどね……。
「さて、そろそろ……このプールの名物をやるとするか!」
「……うん。行きたい」
「名物? そんなのあるの?」
「あれだよ、あれ」
健一が指がさした方を見る。
そこには、
◇◇◇
『超巨大ウォータースライダー』
友達でワイワイ!
カップルでイチャイチャ!
ただし、小さい子は危ないからダメだぞ?
◇◇◇
と書かれた看板があった。
俺の顔が引きつったまま硬直する。
いや、なんとなくそんな予感がしていた。
ここに来るまでに、何度も看板を目にしたし……。
プールにいれば嫌って言うほど、その施設が目に入るしね。
「翔和くん、面白そうですねっ! 経験したことないので、とても興味があります!」
「……ここに来たのに行かない理由はない」
「だよな〜! んで、翔和……あー、まぁ聞かなくてもわかるか」
「察していただけたようで」
普通に行きたくない。
浮き輪にしがみつくのがやっとの人に、ウォータースライダー?
出口に俺が放り出された時に、きっと悲鳴が起きる出来事が起こるぞ?
「2人乗りだから心配ねぇーよ、翔和」
「って言われてもなぁ……」
俺は隣にいる凛を見る。
凛の大きな目が瞬き、期待に胸を膨らませているようだった。
うわぁ……。
めっちゃ目をキラキラと輝かせてるし……行きたそうだなぁ……。
うぅ。これは……断り辛い。
「翔和くんの心配もわかります。ですが大丈夫ですよ?」
「そうなのか……?」
「私がいますから、溺れるなど万が一のことはありません。しっかりと守ってみせます」
「ありがと……」
「いえいえ、任せてください」
男らしい!
つか……それ、普通は男が言うセリフだよなぁ……。
凛は親指をぐっと立て、自分の二の腕をポンポンと叩く。
うわぁ……めっちゃ、細い……。
一見、頼りがいがなさそうな身体つきなのに、何故か安心感があるんだよなぁ。
これがリア神クオリティってやつなのか?
『安心、安全、完全無欠』がウリです! みたいな。
「んじゃ、テンションあげていこうぜぇ〜!!」
「「おーっ!」」
「おー……」
テンションが高めな3人とげんなりとしたカナヅチ野郎。
俺をリードするように、凛は腕に抱きつきぐいぐいと引っ張ってくる。
そんな凛に思わず苦笑した。
普段は丁寧なのに、こんなときは強引だなぁ……ったく。
すっきりとした青空を眺め、ふぅと息をはく。
灼熱の地獄のような暑さがいつの間にか和らいでいて、気持ちの良い昼下がりに……それはつまり、この時間の終わりが近づいていることを表していた。
……意外と楽しかったかもな。
「翔和くん、何かいいことでもありましたか?」
「別に何もないけど……どうして?」
「少し笑っているように見えたので」
「……気のせいだよ。俺はただ欠伸をしていただけ」
「ふふっ。そうでしたか。では、そういう事にしておきましょう」
微笑む凛に対して、俺は不機嫌そうにふんと鼻を鳴らした。
この後、しっかりとサポートされた俺は無事にウォータースライダーを終えることが出来たわけだが……。
ただ、凛が俺をがっしりとホールドしていたため、ある意味無事ではなかった…………とだけ言っておこう。
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