第51話 なぜか、リア神を預かることになったんだが


 リア神が追い出された?

 それは正当なものか?


 いや、リア神に限ってそれはないだろう。

 それにどんな正当性があっても、追い出すという行為はしてはいけないことだ。

 放棄、放置に他ならないからな……。


 俺の頭に沸々と怒りが込み上げてきて、口元が歪む。



「……あの翔和くん、ちょっと顔が怖いですよ?」


「ああ、すまん。ちょっと考えごとをしてた」


「そうでしたか……」


「それで、何があった?」



 俺は深呼吸をして、モヤモヤとしたものを落ち着かせる。

 そして凛の顔を真っ直ぐに見た。



「朝、帰った時にですね……」


「朝? 一度、帰ったのか?」


「はい。翔和くんが寝ている間にお風呂入りたかったので……。その、汗臭いと思われたくなかったですし……」


「そんなの気にしないけどな」


「私が気にしますっ!!」


「お、おう」



 リア神の勢いに思わずたじろいでしまった。


 でも納得。

 だからジャージだったし、タオルを……あれ?



「家でお風呂に入らなかったのか?」


「その前に追い出されてしまいましたからね。申し訳ないと思いつつも、翔和くんの家のをお借りしました。それで、着替えなども……」



 急に語尾が小さくなり、モジモジとし始め目を伏せてしまった。

 嫌な予感を感じつつも、目がリア神の姿を凝視してしまう。


「ま、まさかと思うが……下着を身につけていな——」


「ちゃ、ちゃんと着けてますよ!! ま、まだそこまでの度胸はないです! そういう最低限の物は出る時に持ってきてますからっ!! ただ、下着が何故か黒の——」


「黒?」


「なんでもありませんっ! これについては黙秘させていただきます!!」


「そ、そうか……」



 さっきからリア神に気圧されっぱなしだな……。

 でも、今のリア神はいつもの落ち着いた様子は皆無だし、どこか動揺しているようにも感じる。


 まぁ、突然追い出されたら当然か……。



「とりあえず服のことは置いておこう。なんでそうなったか原因を教えてくれ」


「そうですね……。脱線してしまい、すいません」


「いや、気にすんな」



 俺は手をひらひら動かし、続きを話すように促す。

 これ以上、服の話をしていたら聞いてはいけないことまで聞いてしまいそうだしな……。



「実は泊まりの件、お母さんにだけ相談していまして。それをお父さんが後から知って……」


「なるほど、それで激怒したってわけか」



 確かに子供の外泊を認めないという親もいるだろう。

 それが女の子だったら尚更だ。


 でも、



「これだから親っていうのは、もう少し子供のことを考えて話を聞いてくれても——」


「いえ、怒ってないですよ? お父さんは」


「うん?」


「寧ろ怒ってるのはお母さんですし」



 俺は首を傾げる。


 いまいち話の全容がつかめない。

 許可出した母親が怒る?

 父親は怒っていない?



「えっと、全く意味がわからないんだが……。もしかして夫婦喧嘩に巻き込まれたとか、そんな感じか?」


「いえ、翔和くん。私の両親は決して仲が悪いわけでも、私のことを考えてくれないわけでもありません。寧ろ良好な関係を築いていると言ってもいいでしょう」


「ん? そうなのか?」


「はい。ですので理不尽に叱責することもないですし、お父さんなんて誰が見てもわかるほどに私を溺愛してますから」


「でも、その父親が『出てけ』って言ったんだろ? 相当怒らせたってことじゃないのか?」


「えーっとですね……」



 凛は、気まずそうに視線を逸らす。

 そしてぼそっと呟くように話し始めた。



「結論から言いますと『お父さんが娘のことを根掘り葉掘り聞こうとしてお母さんを怒らせた』というわけです」


「……それで、なんで追い出されたんだ?」


「大変言いづらいのですが、怒られる情けない自分を見せたくなくて、私を追い出したという感じです。前もありましたし……」


「え……何、それ?」



 口が馬鹿みたいに大口を開け、ぽかーんとしてしまう。

 呆れて言葉も出ない。


 大丈夫か?

 と心配したくなってしまう。



「きっと、今頃はお母さんにコテンパンにやられている頃かと」


「母親……怖いな」


「普段は優しいですよ?」


「でもさ、追い出すとか流石に可哀想じゃないか? 行く宛とか準備とか過ごすのに必要な物とか色々とあるだろ」


「それは問題ありません」



 凛は昨日、来た時に持っていなかった鞄を俺に見せてきた。

 わりとコンパクトな旅行鞄って感じだ。



「これは?」


「“追い出されセット”です」


「嫌なセット名だな、おい」


「この中には一部着替えと菓子折り、そして必要な物が数点入っています。後は手紙ですね……これは翔和くんに」


「菓子折りって……。はぁ……最早、恒例ってわけね」



 俺は嘆息し、凛から手紙が入った封筒を受け取った。

 そして、丁寧に封をされた封筒を破り、中の手紙を取り出す。



 ◇◇◇


 常盤木君へ


 いつも娘をありがとうございます。

 この度は、迷惑をかけてごめんなさい。


 愚夫の“教育”が急遽必要となり、

 このような形となってしまいました。


 木こりの泉があれば投げ込むところですが……。

 生憎、見つからないのでこちらで対処致します。


 だから“教育”が終わるまで凛の面倒をお願いするわ。

 勝手を言って本当にごめんなさいね。


 一度、あなたとも話してみたいと思っています。


 凛の母より


 ◇◇◇



 これが中身か……。

 随分とまぁ、達筆で……。


 はぁ、この“教育”って部分を気にしたら負けなんだろうなぁ。



「たまにこういう時があるので、いつもは琴音ちゃんのお家にほとぼりが冷めるまで泊まったりするのですが……」


「今日は?」


「その、加藤さんと2人っきりで過ごすとのことで……、邪魔してはいけないと思い……」


「消去法で俺の家になったと」


「はい……。2日連続でお世話になるのは、大変忍びないのですけど」



 健一からのメッセージを思い出す。

『まぁ、頑張れ』ってこういう意味だったのか。



「まぁ、俺は別に構わないけど。何日ぐらい?」


「えっと、いつもでしたら長くて1日です。落ち着いたら連絡が来ると思いますし」


「そっか……。とりあえず落ち着くまでいればいいさ」


「ありがとうございます」


「いいよ、お礼なんて。いつも世話になってるのは俺の方だしな」


「不束者ですが、よろしくお願いします」



 俺は、丁寧に頭を下げる凛に苦笑するしかなかった。


 まぁ1日ぐらいなら別にいいだろう……。

 そんなことを思いながら天を仰ぎ、深く息をはいた。

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