第50話 なぜか、リア神が照れているんだが
『片付けとか色々とわりぃ。けど、後は色々と頼むな』
『……………………』
『気にすんなって。困った時はお互い様だし、協力できることがあればするからさ』
『……………………』
『ははっ。猪突猛進で突き進めよ。攻撃してこない相手に対して守っても意味ねぇーからな。攻め一択、怒涛の波状攻撃で押し切れ!』
『……………………』
『はぁ? 自信ない? ったく、何言ってんだか……。自信はつけるもんだろ? まぁいざとなったら自分の武器でも——痛っ!? 脇腹を抓るなよっ!?』
『……………………』
『へいへい。まぁ頑張れよ』
微睡みの中、微かに会話が聞こえてくる。
聞き覚えのある憎たらしい声だ。
文句の一つでも言ってやろうと身体をよじるが、まだ動かない。
もしかしたら、まだ夢の中では?
と思えるほど意識がいまいちパッとしない。
自分の家にいるはずなのに、どこか違う場所にいる感覚もする。
鼻腔をくすぐるのは、嗅いだことのない花のような香り。
優しくそして、ホッとする。
そんな匂いだ。
その匂いが俺の頭を刺激し、靄がかかった思考を少しずつクリアにしていく。
薄らと開けた視界に飛び込んできたのは、見知らぬ天井という下手な展開はなく、何も変化のない見慣れた我がオンボロアパートの天井だった。
俺は身体を軽く伸ばし、壁にもたれこむように座った。
自分の膝にかけてあるタオルケットを脇に置き、ふぅと小さく息を吐く。
「おはようございます。あ、時間的には“こんにちは”ですね」
「どっちでもいいよ。とりあえず、おはよ」
俺は大きな欠伸をして、正座をするリア神を見る。
相変わらず綺麗な姿勢………………あれ?
目を擦り、もう一度リア神を見る。
「……俺のジャージ?」
普段、リア神は服のセンスも抜群だ。
自分に何が似合うのかが客観的にわかっていて、それを見事に着こなしている。
清楚な感じが多い。
ま、一回だけショートパンツで綺麗な脚を曝け出している時があったが……残念ながらあの一回だけである。
「いいな、それ」とポロッと出た言葉がいけなかったのかもしれない。
普通に言われたら気持ち悪いだろうしね。
まぁ、とにかくそんなセンスも神のリア神が俺のジャージを着ているのだ。
だから、目の前の光景を疑っても仕方ないことである。
けど、何度擦ってみても錯覚でもなんでもないんだが……。
「えっとですね……。これには理由がありまして……」
「理由?」
「ですが、その前に。ジャージをお借りして申し訳ございません」
「いや、ジャージぐらい……いいけどさ」
「……後、その、それと」
顔を赤く染め、急に歯切れの悪くなった凛に違和感を覚える。
「それと、なんだ?」
「た、タオルも借りました……」
「あー、シャワーを浴びたのか」
「はい……」
シャワーぐらい家に帰ってからすればいいのに。
さすがに、男の家でシャワーを浴びるのはどうかと思うんだけど。
つか、なんだろう。
なんかものすごーく勿体ない、遣る瀬無い気分は……。
いや、ちょっと待て……。
俺は慌ててリア神の顔を見る。
すると、更に顔を赤らめて視線を床に落としてしまった。
やばい。
なんだこの反応は……。
まさか——
「俺……なんかした?」
凛の顔の赤みが増す。
もう、耳まで真っ赤だ。
壁から背中を離し、俺は正座をした。
嫌な予感が頭を過ぎり、俺の中で激しく警音を鳴らしている。
よし、全力で土下座をしよう。
俺が頭を床に擦りつけようと床に手をつけるが、凛にすぐ止められてしまった。
「い、いえ……翔和くんは何も、悪いのは私ですから」
「……俺、何したの?」
「いいんです……。ただ、これだけは言わせてください」
凛が俺を責めるような目でキッと睨む。
「結婚していない男女にはまだ早いと思いますっ!」
「俺、本当に何したの!?!?」
寝てる時のことはわからない。
自分の寝相の悪さを指摘されたこともない。
修学旅行では押入れで寝たりしていたし、そういった機会がなかった。
だから、万が一、もしかしたら何かを仕出かしてしまった可能性もある。
俺の中の本能が無意識に求めてしまった可能性もある。
はぁ、マジで俺、何やったんだよ。
まさか服を替えさせてしまうような、何かを?
考えただけで“犯罪”の二文字しか浮かんでこない。
頭を抱えているとスマホが振動し、健一からのメッセージが表示された。
『また泊まらせてくれ、それと……まぁ頑張れ』
最早、確定的である……。
「翔和くん、いいですか?」
「……はい」
「“お腹を撫でる”のはいけないと思います。幾ら寝惚けていたからといって何度もはダメです」
「へ、お腹?」
「はい、お腹ですよ?」
さっきまで襲われていた焦燥感が一気に引いていく。
「よかった……お腹で」
「よくないです!!」
凛は、怒ったように頰を膨らまし不服な顔をした。
「まずですね、生物がお腹を見せて撫でさせるという行為は謂わば降参の証。服従の証拠なのですよ?」
「ああ、それは知ってるが……。それと今回のにどういう関係が?」
「私、服従なんてしてませんからっ! そ、そんな、アブノーマルな関係は嫌です」
「いや俺、服従させたとか全く思ってないから。そもそも無意識での出来事だしな。だから気にしなくても……」
「翔和くんはそうでも、事実がそうさせるのです。だから、私は納得できません」
「じゃあどうすればいいんだよ……」
やや暴走している凛に嘆息する。
まぁ、動物の世界だったらわかるが……。
「だから翔和くんのも撫でさせてください。それで五分五分、翔和くんが好きなWIN-WINです」
「えーっと、全くよくわからないけど……。まぁ、そんなんで納得するなら……」
「お願いします」
凛が猫のように俺に一歩ずつ近づいてくる。
俺は服を捲り、腹が見えるようにした。
筋肉質な身体ではなく、そして腹が出ているわけでもない。
何も特筆すべき点がなく面白味のない腹だ。
こんなんだったら、鍛えておけばよかったなぁ。
頰を紅潮させた凛は、そんな俺の腹を興味深そうに観察している。
こんなんで赤くなられると、こちらまで恥ずかしくなってきてしまう。
たかが、腹を触らせるという行為なのに、妙な背徳感と緊張感がこの場にはあった。
「では……お覚悟を」
凛は恐る恐る手を伸ばし、撫でたり、突いたりと何度も俺の腹に触れてくる。
くすぐったいやらなんやらで俺の動悸が激しい。
数分間後、凛は満足したのか手を離し何故かぺこりと頭を下げた。
「これで、いいか?」
「はい、大変まんぞ——ではなく、これで対等ですね」
満足といいかけたのは気のせいだったのだろうか?
俺は少し頭を捻らせ、思考を巡らせる。
健一か?
これ、仕込んだのは?
だったらリア神の暴走も納得だし。
「まぁ、そうだな。後、これからは健一の変な入れ知恵とか無視しろよ? 余計なことしか言わないからさ、あいつ」
首を傾げ「心に留めときますね」と一言だけ返事をし、くすっと小さく笑った。
「それで、なんでジャージなんだ?」
「実はですね……」
「うん」
「家、追い出されてしまいました……」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます