第32話 リア充と飯テロとギャップ



 張り詰めたような空気がピリピリと肌で感じる。

 これが緊迫感という状態なのか、俺は健一の様子を固唾を吞んで見守っていた。


 こんな状況を生み出してしまったことに後悔しかない。

 なんでその場のノリでこんなことをしてしまったのだろう……。



『……どういうことか説明して。これは何?』


「いや琴音……何って、見たまんまなんだけど……」



 電話越しに聞こえる凍てつくような声を正座して聞く健一。

 背の高い健一が、まるで小人みたいに小さく見えた。



『……裏切り行為。万死に値する』



 怒気のこもった声に関係な俺までぶるっと震える。

 若宮は、鼻歌まじりで食器を片付けていてこっちを気にした様子はない。

 子供みたいに上機嫌で、その姿を見てると顔が自然とほころんだ。


 そんな俺を責めるようにみる健一。

 まぁこうなったのは俺が原因だから仕方ないが……。



「おいおい、そこまで言う必要ないだろ! つーか、そこまで怒ることか?」


『……健一はわかってない。自分が仕出かした重罪を』


「たかが写真を送っただけだろ? それで怒り出すのもどう……あ」



 自分の口が滑ったことに気がついた健一は、間の抜けた声を出す。

 顔も引きつり「やべぇ」と呟いた。



『私も凛の料理食べたいのにー!』



 普段はクールに話す藤さんらしくない声が聞こえる。

 駄々をこねる子供のような声だ。


 苦笑いの健一が、再び俺を睨む。


 ちなみに若宮の料理を健一のスマホで写真を撮って、それを藤さんに送ったのは俺である。

『健一が藤さんより飯が……』と付け加えて。

 それを送った結果『……ダイエット中の私に飯テロは許されない』と怒ってしまったわけだ。


 まぁどう考えても、俺の責任である。

 軽い反撃のつもりがここまで大事になるとは、思ってもみなかった。

 目論見の甘さに頭が痛くなる思いだ。


「けど、食べ物なんかで怒らなくてもさ」


『健一はわかってない! 凛の料理はめっちゃ美味しいだからっ!! それを私に内緒で食べるなんて……しかも私が大好きなフレンチトースト!!!』


「食べたのは俺だけじゃないわけで……」


『常盤木君は別にいいでしょ食べても……健一はダメ』


「えぇー……」



 なんで俺はいいんだよ……。

 つか、フレンチトーストが好きなのね。


 健一が助けを求めるように俺を見るので、バトンを渡すように若宮を見る。

 視線に気がついた若宮は少し笑い、スマホの近くまで寄ってきた。


 そして、そんな状況に助け船を出すように若宮が——



「琴音ちゃん、よろしければ作りましょうか? まだ材料がありますので」



 と言った。

 完璧な気遣いである。



『……本当に?』


「勿論です。ですが、時間的にはお昼でも構いませんか?」


『やったぁ! 凛だーい好き!!』



 そう言って電話が切れた。


 誰、今の? って感じの萌え声が聞こえたけど……まぁ、聞かなかったことにしよう。

 うん、藤さんの名誉のために。


 っていうか、リア神は昼もいるのね。

 こちらとしては有難い限りだけど。


 俺は、蚊帳の外と化した健一を横目で見ると、机をバンバンと叩きながら少し震えていた。



「いや、健一悪かったな……。少し調子に乗った」



 健一に頭を下げる。

 付き合っているカップルに茶々を入れて、仲違いさせてしまった。

 酷い喧嘩ではないにしろ、最低な行為である。


 健一が俺の肩をガシッと掴む。

 自然に肩へ力が入り、この後起こり得る事態を予想したように自然と身体が強張った。



「翔和、マジ最高だわ」



 予想外の言葉に俺はきょとんとする。



「いやぁ〜、お前のお陰でレアな琴音を見れたし、感謝しかねぇよ! 普段は恥ずかしがって晒け出さないならさー」


「え、いや、だが……喧嘩、していなかったか?」


「うん? 喧嘩してねぇよ? あんなのただのお約束ってか、ご愛嬌みたいな感じだろ? そんなんで、俺と琴音の関係が崩れるわけねぇし」


「かっけーな、健一は」



 イケメン。

 性格も見た目も。

 そして、言い切る自信も。


 色々とカッコいい。

 正直、羨ましいとさえ思える。

 まぁ、無い物ねだりをしても仕方ないが……。


 けど「ギャップ萌えは最高だなっ!」と親指を立ててぐっとやってくるのには無性に腹が立つ。

 無駄に爽やかな笑みを浮かべてるし……。



「加藤さん。1つ思ったのですが、琴音ちゃんは常盤木さんのご自宅をご存知ですか?」


「あ……。絶対に知らないわ……」



 この後、迷子になった藤から電話が鳴り健一が慌てて迎えに行くことになった。

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