第19話 リア神は言いたげ、避ける俺




 憂鬱だ。

 昼休みの一件から瞬く間に噂は広がった。


 これが高校生のネットワークというやつだろう。


 ただ、幸いなことに噂の大部分は“常盤木が若宮凛のヒモ”というあながち間違えではないところだろうか。


“実は付き合っているのではないか?”


 この噂については……ほぼ騒がれていない。

 俺の対応が噂をかき消したようだ。


 まぁ、代わりに俺の性格が最悪と、評判は株の大暴落のように下りっぱなしだ。

 DグループからEグループになるんじゃないかって勢いである。



 けど、そんな噂より気掛かりなことがある。



 俺は今日の放課後、真っ先にバイト先に向かおうと急いで下校しようとした。

 そして、校門を通過する時に「常盤木さん」と声をかける若宮がいたんだが…………無視してしまった。


 心に引っかかる気持ちはある。

 世話になっている身でありながら、あり得ない態度だ。


 けど、下校する生徒が大勢いる。

 しかも、今回の噂が出回った当日。


 この2つのことから塩対応するしかなかった。




「お疲れ様でーす」



 俺は裏の勝手口から入り、店長に挨拶をする。



「やぁ常盤木君、お疲れ。今日もよろしく頼むよ」


「お金のために頑張ります」


「ははは、君は正直だね〜」



 店長は笑いながら、パソコンを操作する。

 アルバイトのシフトを確認しているようだ。



「確か今日は、単シフトでいいんだよね? 21時上がりでよかったかな?」


「あー、店長。そのことなんですけど、相談が……」


「なんだい?」


「もう1時間早めでもいいですか?」



 糸目の店長の目が薄っすら開き、不思議そうな表情をする。



「おや? 珍しいね。てっきり『やっぱり最後までいます』って言うと思ったんだけど……理由を聞いてもいいかな」


「えーっとですね。テストが近く、家で勉強したいっていうか……」


「なるほど……」



 もう一度シフトを確認する店長。

 眉間にしわ寄せ『うーん』と考えている。



「そうだねぇ。お客様の出入り次第だけど、月曜日はそんな忙しくないし。いつも頑張っている君の頼みだから、別に構わないよ」


「ありがとうございます。それでは、着替えてきます!」


「あっ、そういえば、君の友達がまたお店に来ているみたいだけど……仕事前だったら話してきてもいいからね?」


「了解っす。ありがとうございます。今日は……気が向いたらそうします」



 俺はその場を立ち去り、更衣室に向かった。

 去り際に「うーん。痴話喧嘩かな? 若いねぇ〜」という発言が聞こえたが、妄言なので無視しておこう。



 バイトを開始して1時間後、いつもの席座っていた若宮が立ち上がりレジへと並んできた。

 平日のこの時間は、1つしかレジを開放していない為、必然的に俺の場所に並ぶことになる。


 俺をじーっと見つめる若宮。

 俺はいつもの営業スマイルで対応する。



「ご注文はいかがなさいますか?」


「ドーナツ2つお願いします」


「ありがとうございます!」



 何か言いたげに俺を見る若宮。


 バイトの邪魔をしてはいけない。

 けど、話したいことがある。

 そんな様子だ。


 だが、



「それでは、そちら側でお待ち下さい」



 仕事としては当たり前の対応をした。

 知り合いからしたら冷たいと思われるかもしれない。


 俺の言葉に若宮は小さく息をはく。

 そして、若宮が再びレジに並ぶことはなかった。




 ——2時間後




「弁当箱、返しに行きづらいな……」



 バイトが終わり、更衣室で着替えながら俺はボソッと呟いた。


 自分から距離を置こうとした関係上、自分からは近づき辛い。

 ほとぼりが冷めるまで渡すのを見送りたいが……流石にそれはなぁ。


 裏の勝手口にリア神がいないことを確認する。

 ……気づかれていないようだ。


 俺は急いで自転車に跨り、そして見慣れた道を全速力で駆け抜ける。

 この道を押して歩かないのは、1週間ぶりだろか。

 たった1週間の期間なのに酷く懐かしい……そんな気がした。



「何やってんだろ、俺」



 これは俺の逃げ。

 ただの自己満足、自己犠牲。


 そう、ただの独りよがりだ。



 俺は、暗くなって夜空を見上げてため息をはく。

 星1つない見えない、暗い夜だ。


 まるで俺の心中を表したような空である。



「……うん?」



 大家ではない。

 アパートの入口に立つ人影に俺は妙な胸騒ぎを感じる。

 そしてその人影に近づくにつれて、胸騒ぎが確信に変わっていった。



「……常盤木さん、待っていました。私はあなたに文句があります」



 俺たちの横を車が通り過ぎる。

 その車のライトに照らされて見えたのは、俺を澄んだ瞳で見つめるリア神の姿だった。

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