第10話 業病のリンクス part【FINAL】

 爆風の中、山猫座はゆっくりと立ち上がる。巻き上がった粉塵により、互いの姿は確認出来ない。頭に乗った瓦礫を振り払い、屈伸して身体の歪みを解消する。そうこうしている間にもHPはじわじわと削れていた。打ち込まれた毒はヒュドラ製のとても厄介な代物。天秤座により速度を落とされたが、毒で削られる速度は普段と変わっていない。


 名前:業病の山猫座 《第二形態》

 レベル:300

 HP:4613/28282

 MP:50/282

 状態:毒 壁無き世界(速度down、ステータス上限down)


 あれだけあったHPは遂に残り2割を切っていた。

 仕組まれたシステムが最期の力を振り絞れと命令してくる。無論、1データである山猫座は従うことしか出来ない。


「おっしゃああ!!」


 力強い雄叫びと共に山猫座の両脇に聳え立っていた建築物が音を立てて崩れ去っていく。


「作業終わったぞ!」


 2棟の建築物はデータの屑となり、狭苦しかった路地は広大な地形に早変わりした。建物があった場所には団長が堂々と立っていた。高笑いする彼の下へ小柄なドワーフの少年が駆け寄る。


「だんちょーお疲れー」

「おう!」


 これでは山猫座得意の壁を使った立体的な機動も使えない。攻撃が直線的になるため読まれやすく避けられやすい。減速した状態なら此方をに当てることは難しい筈。


「ここから睨み合いで……て、そんな易々とやられてくれる程、この世界イージーじゃないか」


 絶壁の言う通り、山猫座の纏う雰囲気が切り替わった。

 山猫座を中心とした半径1メートルの円が黒く染まり上がる。一歩、また一歩と山猫座が前に進むと円も同じ距離を移動する。二つは連動していた。更に円からは瘴気のような黒い煙が立ち込める。


「あれ…絶対円も触れたらダメだよね?」

「壁蹴って角度つけられない代わりに範囲を物理的に広げやがった」


 ひとまず確認のため俺は矢を番えて山猫座に放つ。円の上を通過した矢は仁王立ちの山猫座に命中した。


「アイテムとかには影響ないみたいだな」


 ほっとしたのも束の間で、山猫座に変化が訪れていた。


「な、なんか矢の当たった部分が膨らんでねぇか?」

「うわー気持ち悪いっ! ダミア逃げんぞ」

「あいあい」


 矢を包むように山猫座の部位が肥大化していく。


「下がれっ!」


 それが何かを確かめるまでもなく俺たちは後ろへ下がっていた。

 数秒後、水風船が割れるように膨張した部位がパンと黒い瘴気を撒き散らして爆発した。瘴気は円よりも広く爆風に乗って遠くまで流れてくる。


「漂ってる黒いの吸って大丈夫だと思う?」

「僕は吸った絶壁が溶けるに一票」

「じゃあ俺も一票。グレイは?」

「あんた達って…あんた達って…」


 絶壁は強く拳を握りしめてヒューガ達に拳骨を振り下ろす。その横で俺は山猫座のステータスを確認していた。


 名前:業病の山猫座 《最終形態》

 レベル:300

 HP:3510/28282

 MP:35/282

 状態:毒 壁無き世界(速度down、ステータス上限down)


 瀕死なのは間違いない。

 しかし、此方も決定打に欠けていた。


「近接はダメ、意味のない攻撃は現状悪化。もうトドメ刺す以外に不要な攻撃をしないでくれって山猫座が訴えてるな」

「なるほど。僕はもう働かなくて良いらしい」


 団長の言葉を聞いたヒューガは欠伸をしながら背を向けて戦場から離れていく。


「壁無き世界状態下であのHPを遠距離から一撃で飛ばすのは今の僕には困難です」

「ダミアと俺も厳しいな。瘴気に触れていいなら手はあるが……」


 団長は考え込み、一度後ろを振り返る。そこには先程から一言も発さないアイシャやシオン達が居た。


「お前らの中に今の状態で山猫座のHPを5000は飛ばせるスキル持ってる人おる? 英雄魔法か絶技ならワンチャンありそうなんだけどさ」

「あんた…今そっちに話振るんだ」


 絶壁から視線で嗜められた団長は首を傾げる。


「今、優先すべきは山猫座の討伐だろ。身内のゴタゴタは後回しなんてダミアでも分かる」

「だんちょーがまーた人をバカにする…」


 不貞腐れたダミアの頭を団長がわしゃわしゃと撫でる。その時、彼等は一人のプレイヤーがまだ戦っていることに気づく。


「…で、グレイは?」


 団長達が辺りを見渡していると、ヒューガが山猫座の方を指差す。崩れた家屋の合間で白い巨大弓を手にしたグレイが山猫座と相対していた。


「ほら。彼なら「さっさとトドメ刺してくる」と言って行きましたよ」

「……先に言えよ」

「僕は働かなくて良いと言ったじゃないですか。つまり、そういうことですよ」

「生憎、俺はお前ほど物分かりが良くなければ理解力も無いのよ」

「そんなことで団長が務まるんですか?」

「ウチにはお前みたいな手のかかる子が居ないのっ!」


 彼等の会話を他所に、マナロを射手座の弓に変えたグレイは最後の一矢を番えて弦を引き絞っていた。天秤座の壁無き世界状況下だろうとこの一矢を躱すことは困難。それは前回この一矢を放たれたエンヴィアがその身体で証明した。

 山猫座は左右に首を振り、壁を蹴る場所を探す。しかし、解体された建物は解体システム処理で何も残されていない。弓矢から山猫座が回避するには左右と上の3方向しか残されていなかった。


「英雄絶技『慟哭のパビルサグ射手』」


 即座に山猫座は左へ回避を選ぶ。平行移動ならば床を蹴って追撃にも対応できる。山猫座のプログラムはそう判断した。その瞬間に俺は背後で秤を持っていたライブラに声をかける。


「ライブラ、壁無き世界を限定解除。再発動は着弾直前に設定」

「承知した」


 放たれる白銀の矢。山猫座の身体がふわりと軽くなったと思った直後、轟音と共に目の前が真っ暗になる。


「……!?」


 放たれた一閃は小柄な山猫座を丸々呑み込み、瞬間移動したかのように立っていた場所から消し去る。数秒後、撃ち放った線上から波のように爆音と衝撃波が広がる。吹き飛ばされないように脚に力を込めて食いしばった。その一矢は帝都は地震のような揺れを引き起こしていた。

 揺れが収まった時、その場に居たプレイヤー達が最初に聞いた言葉は誰かの声ではなく、機械的なクリアのアナウンスだった。


「congratulation!!襲撃クエストⅨ『業病ごうびょうのリンクス』をクリアしました」


「業病のリンクスの討伐報酬が参加者全員に配布されます」

「業病のリンクス討伐MVP:グレイ」

「業病のリンクスの討伐参加者とMVPに称号が付与されます」


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ヒロイズム・ユートピア ≪英雄主義者の理想郷≫ 川島 そあら @forest97

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