第9話 業病のリンクス part【6】

 報告を受けたアイシャ達は山猫座と他所のクランが戦闘している地点に急行し、想定よりも早いリベンジマッチを開始していた。再戦が早く別のクランが多少はダメージを与えていた分、彼女達が撤退を選んだ状況までもつれ込むのは直ぐだった。

 仮にもしも、アイシャ達が到着した時、事情を知らずに山猫座へ挑んでしまった人々が全員くたばっていたならば…彼女達も撤退を選んだ。しかしながら、生存者が数名生存していた。その姿は戦っているというよりも逃げ回っているの方が適切なのだが。

 そして、それを見捨てられるなら彼女達はここへは来ない。


「良し。シオンッ! 先に居た人は全員回収したわ。貴女も逃げて!!」

「了解っ…うわっ!」


 シオンの十握剣と山猫座の爪がぶつかり火花を散らす。


「ぐっ、ぐぬぬ…あっ……」


 競り合いに押し負けたシオンは刀を弾き飛ばされ、床に尻餅をつく。もう一本の刀を構えようもしたが、既に山猫座は視界から消えていた。


「シオン後ろよっ!!」

「はっ…」


 アイシャの声に振り返った時には山猫座の身体がバネのように縮み、床を蹴る寸前だった。

 間に合わない。それは何度も切り結んだシオンだからこそ直感で判断できた。


「あ、おに……」


 山猫座が爪をかりたて攻撃を仕掛ける時、彼女の脳裏によぎったのは恐怖でも仲間の事でもなく行方知れずの兄の悲壮な横顔だった。

 魔獣女帝を落としたあの日の横顔。友と二人で勝利した筈なのに嬉しさの欠片も無い。

 なら何故黙って始めたのか。後悔してるなら絶対に聞き出したかった。勝手に置き手紙を残して去ったあの愚か者に。どこにいるか分からない。


「シオンはこれからどうするの?」

「私は…」


 あの日、マナロの死を知った日。ルリルリにそう尋ねられた。自分は行方不明の兄と親友を探す事に残りの日々を費やすことも選べた。しかし、彼女が剣を握り歩みを進めることを決めた。


「私は…攻略を続けるよ」


 だって、確実に言える。あの人は攻略を諦めてない。だから射手座を倒す事にした。だから天秤座を従えた。だから…ラスボスまで行けば必ず向こうから会いに来る。だから……


 だから、自分はまだ死にたくない!


「このっ…!」


 刀を迫る山猫座に向けて構える。再度の鍔迫り合いで攻撃を防ぐ。


「おりやぁぁぁ!!」


 シオンは山猫座の腹に勢いよく蹴りを入れた。

 不意の一撃を受けた山猫座はムササビのように四肢を広げた状態で飛んでいき路地に叩きつけられる。


「はぁはぁ…来い!」


 落ちた刀を拾い二刀を構える。

 限界まで気を張っていたシオン。ここで倒す。その覚悟で武器を握っていた。

 すると、背後からどこか聞き覚えのある声で呼びかけられた。


「ねぇ一歩、右に跳べない?」

「えっ?」


 どこか聞き慣れた男の声で反射的に身体は一歩右に跳びながら振り返る。


「スキル『ボルテクスレイ』」


 雷鳴と共に大きな光線がシオンの目の前を通り、山猫座に直撃する。路地の先で立っていたのは銀色のフードを被った男。彼は撃ち終えた後、シオンの元まで歩いてくる。


「あの…」


 彼はシオンの前を通り過ぎて山猫座に向けて静かに弓を構える。彼の構える紫色の弓と弓の引き方にはシオンも見覚えがあった。

 もしやこの人はっ…シオンが確かめようとした瞬間、


「おーいグレイ!!」


 団長の呼び掛けで弓を構えていた彼は盛大にずっこけた。


「あの人、話聞いてないなー」


 俺は銀色のフードを外して認識阻害を解いた。

 背中から刀が床に落ちる音と妹の驚く声が耳に届く。


「嘘…」

「あれ…って」


 路地の先で、アイシャやサーカスといった面々もその存在に眼を大きく見開いていた。そんな彼等の下にヒューガ達が現れる。


「ここからは僕等がやりますから」

「下がってなよ。ルーザー共」


 俺は天秤座に召喚の指示を送る。直ぐにチャットで了解の返事が返ってきた。気を取り直して弓を構えようとすると再び団長から声が掛けられる。


「援護、要るかー?」

「あーもうっ! 必要無いよっ!! 計画の場所で待機!!!」


 もう先にこっちから始めてしまおう。俺はボックスから烏の彫刻が装飾された秤を手の平に取り出し、シオンの背後に呼び出した天秤座へと投げ渡す。


「え、誰? いつの間に!?」

「初めまして。主の妹よ。二刀流とは実に素晴らしい心構えだ。満点だよ」


 シオンに微笑んだ天秤座は飛んできた天秤を両手で受け取り、秤の片方に指を乗せて荷重をかける。


「不公平、ああ不公平だとも。見窄らしい街も王が住む都も等しく同じ価値、同じ高さ、同じ耐久性であるべきだ。なのに、何故この街は個人の独断で優遇されているのか。これは審判しなければならない。真に公平な世界に、他より疾き者も硬き物もあってはならない」

「黙って始めろ、ライブラ」


 俺の催促に対してナンセンスだと言いたげに彼は首を横に振る。


「主の命だ仕方ない。壁無き世界エスカマリ


 秤に掛けた指を離す。天秤が揺れて黄緑色の光が溢れ出した。そのまま半透明な黄緑色の光がドーム状に広がり、一気にプロメテウス帝国の首都を覆い尽くした。


「公平のために速度と耐久を現最低レベルのプレイヤー基準に統一化させる」


 天秤座の宣言を聞き届けた俺は隣の建物に待機している団長へと指示を飛ばす。


「団長、オーケーだ。始めてくれ!」

「あいよ!」


 右の建築物から騒音が聞こえてくる。団長の解体作業が始まった証拠だ。


「グ、グレイ…」


 背中から掛けられた声は縋るようなとても弱々しいものだった。けれど、今は振り向けない。先に終わらせる仕事がある。弓を構えて矢を番える。


「今回は露払い無しだ。仕留めにいくぞ」


 毒の弓矢と普通の矢の2本放つ。発射された矢は子供の投げた紙飛行機ぐらいのゆっくりとした速度で飛んでいく。速度を落とされた山猫座だが、四本の脚に力を込めていとも容易く回避する。

 それを確認した瞬間に彼女に声を掛けた。


壁役マナロ。毒をかませ」

「はいっ!」


 片方の矢はポラリスχをくくり付けている。

 石タイルの床にぶつかった瞬間、矢の片方は射手座であるマナロに変化する。


「ハロー山猫さん」


 もう片方の毒矢を己の弓に番えて最速で撃ち放った。

 山猫座とマナロの距離は鏃と山猫座の額が既に触れ合うほど近い。天秤座の平均化が起きた状況でもゼロ距離では回避も不可能。山猫座の身体は矢に射抜かれた衝撃で宙を舞う。


「入れました!」


 毒は入れた。次は誘導だ。


「足を止める、絶壁!」

「好きなように猫を踊らせてやんよ。能力付与『速度低下』」


 不規則な方向に放った矢は全て山猫座の移動した先に飛び、一本も外れずに右前足のみ突き刺さる。四肢の内の一本のみ速度低下。今まで四本の脚で弾丸のように移動していた山猫座にはこれ以上ない弱体化デバフだった。


「あの速度なら見てからでも簡単に合わせられるね」

「ヒューガ、マナロと三人がかりで削るぞ」

「僕は右からやろう。君達は左からだ」


 互いに山猫座に向けて駆け出していく。俺は左の建物の壁に向かって飛び壁を蹴り今度はプロトΣを取り出して矢を番える。その下でマナロが弓を構えて発射態勢に入っていた。

 対してヒューガは右側から腰に差した刀を握りしめて間合いを詰める。


「プロトΣ暴走形態オーバーロード、英雄絶技『星天霹靂せいてんへきれき矢吹空弓ヤブカラボウ』」

「英雄絶技『神の一矢アルナスルアロー』!」

「我流剣術一ノ型月下流奥義破り『神楽耶狩り』」


 三人の一撃は山猫座に命中し、その場に大きな爆風を引き起こす。

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