第21話 方舟の鯨座 part【7】

 ≪エリア範囲外 絶海の孤島ケートゥス≫-ミラ川


 鯨の上に成り立った仮初の楽園には舗装された道路など存在せず、砂利道と腰まで生い茂る草道が移動用の通路である。島の主の指示でもあったのか鳥や魚といった生き物は見当たらない。故に、足音一つが敵に知られる情報となる。しかし、ユウは川に沿って砂利道の上を大きな足音を立て息を荒らしながら走り続けていた。急いでいる理由は数分前に脳内へ直接届いたテレパシー的な直感。実際のヒューガとユウの距離からして物理的にもユートピアのシステム補正込みでも伝わらない筈の距離だが、もはや『度を越した尊敬』で発現したユウの第六感がヒューガのメッセージを聞き取った。


「あった! ヒューガさんが投げた箱!」


 ユウは砂利の上に投げ捨てられた宝箱を拾い上げると、神殿目掛けて一目散に駆け出していく。だが、数歩歩み出した所で一度止まり、宝箱を両手で頭の所まで持ち上げる。


「あれま? なんか軽い? 気のせい?」


 ふと、気がついたのは宝箱が予想以上の軽いこと。違和感を一瞬感じたユウはおもむろに首を傾げる。けれども、宝箱自体が敬愛するヒューガの投げた物なので疑うのも一瞬であった。すぐさま視線は山と混ざり合った神殿へ移り変わり、宝箱を持つ手には自然と力が入り込む。ユウは眼前を流れるミラ川を渡る為、川に足先を浸からせた。


 同時刻。対岸の木の上にて幹を背に身体を固定し、限界まで引き絞った弓を構える少女が居た。傍らには楽器を携えた包帯だらけの赤い音楽家が両足を垂らして座っている。彼の役目は狙撃手スナイパーの少女に距離や風向きを踏まえた上で狙いをつけさせる観測手スポッターである。


「さぁ足下を狙おうか。無敵も爆風によるノックバックには対応しないはずさ」

「はい‥‥そこっ!」


 風切り音と共に橙色の粉を纏った矢がユウの足下を流れる川の底に突き刺さる。滴る音に気づいてユウは視線を下げた。が、時すでに遅し。下からアッパーの如く強力な水流が突き上がり、小柄なユウはその流れにあっさり飲み込まれていく。


「ふんぎゃっ!」


 どこからか放たれた爆破矢はユウをバットで打ち返されたボールのように宙を舞う。小柄な身体は渡りかけていた川岸からミラ川のど真ん中へと落下させ押し戻す。


「20メートルは跳んだな‥」

「跳びましたね‥‥って回収しないと!」


 マナロは興味深く観察しているロイヴァスを置いて木の上から飛び降り、ユウへ駆け寄ろうと川岸の砂利道を駆け出し、川を渡っていく。

 しかし、うつ伏せで沈んだユウに手が届くといった所で川を挟んだ方向から水平に発射された真っ赤な矢がマナロの手を掠める。彼女の手を掠めた矢は砂利に突き刺さり、焦がすような焼き音を立て最後には矢全体が炭に変質する。


「何っ!?」


 射手の居場所を割り出そうと弓を構えて素早く見渡す。発射した元凶は逃げも隠れもせずにマナロ達の方へと悠然と歩み寄ってくる。ユウは期待していた人物に歓喜の声を上げた。


「ポーラスさん!」

「ユウ‥先に行って‥‥」


 ユウは何も言わずに神殿への足を速める。川を渡って振り返らずに森林地帯に入ろうとすると、今度はマナロとは別の方向から意思のある雷撃が迫ってくる。


「撃ち落とせ、『武甕槌』」

「ま、また‥ふんぎゃっ!」


 雷撃が着弾した衝撃で真上に向かって花火のように打ち上げられたユウは、ぐったりした脱力状態で落ちていく。


「絶対無敵を信じて使ったけど‥いつか謝ろう。対人用のスキルじゃないよ‥‥」

「シオン、ユウは大丈夫! 貴女は早く宝箱を!」


 自身の刀の危険性に落ち込みながら現れたのは十二単じゅうにひとえに身を包んだシオンと、ヒューガ達の位置をグレイ達に知らせる為に手を組んだ月下である。

 さて、シオンの攻撃を防御しなかったユウだが、絶対無敵の加護は伊達ではない。むくりと起き上がると、何事もなかったかのように神殿へと走り出す。


「シオン追って! 貴女が一番速いんだから。ポーラスは私達に任せて!」

「分かった。マナ、月下さん、ここはお願い!」


 親友かつ戦友に疑念はない。任せてと言われれば任せる。こんな世界で付き合いが長ければ、目を合わさずとも互いを簡単に信じることが出来た。シオンはマナロ達を背にユウを追いかけていく。


「頼んだよ‥シオン」


 森の中に消えていくシオンの影を見送ったマナロ、月下、ロイヴァスは、川を挟んだ向こう側で弓を引いているポーラスを迎え撃つ。


「三人居れば、絶対に勝てます。ロイヴァスさん支援よろしくお願いします」

「そうだね。もうかけておこうか」


 ロイヴァスが演奏を始めると、自然音のみで構成されていたミラ川に情熱的で熱くなる音が鳴り響く。


攻撃曲スキル『友のくれない』だ。バフ系だと手持ちで一番さ」


 心まで震え上がる音は胸の奥まで染み込んでいき、ステータスは目を見開く程に急上昇する。数値だけみれば、シンやアイシャを超えている。つまりは現トッププレイヤーすら上回る運動能力と攻撃力が与えられているのだ。


「凄い‥これなら、いける」


 自信は確信へと変わり、心に余裕を持たせて判断力を高める。唯一の欠点である慢心からの油断も、今のマナロには無い。正に、最高のコンディションである。


「私だって使えるスキルは増えたんだから‥スキル『パラディオンショット』」


 先手を打ったのはマナロが放った一撃。彗星の如く青白く光り輝く矢は神々しさと力強さを思わせる。ポーラスは僅かな腕の動きで狙いを変えると、引いていた矢を放つ。

 両矢は直線上で激突し、マナロの矢を粉々に粉砕したポーラスの矢が勢いを落とさずに空を駆ける。しかし、軌道の先に標的は居ない。初めからフェイントを仕掛けていたマナロはポーラスが矢を放った瞬間に斜めに姿勢を落として第二射を放つ。


「スキル『半月の矢』」


 低い態勢から放たれた矢は川の上を這うように飛び続け、ポーラスの足元に来た途端に弧を描くように軌道を曲げて飛翔する。反応が遅れたポーラスは回避が間に合わず、頭部の直撃を避けられるも肩に直撃してしまう。


「――――やるね」

「どんどん攻める‥‥」


 一撃とはいえ態勢が崩れたポーラスをマナロは見逃さない。鬼気迫る表情で矢を連射し、一方的な展開へと持っていく。それを一歩退いた視点で音楽を引き続けるロイヴァスは、真横で静観する月下に尋ねた。


「月下君。君は行かないのかい? 今はこちらだろう?」

「生憎、あの子一人でどうにかなる相手よ。少なくとも、私の知ってるポーラスならね」


 ポーラスは痛みに堪え苦痛に顔を歪めながらマナロの連射を防いでいる。スキルも使わず的になっているだけでは解決しない。事実が、HPは既にレッドゾーン付近まで近づいている。

 だが、自信ありげな月下にロイヴァスは意味ありげな言葉を呟く。


「そうか‥それなら準備した方が良いね。来るよ」

「それ、どういう―――」


 月下が横のロイヴァスに顔を向けた時、そこに彼は居なかった。代わりに居たのは拳を振りぬく直前のポーラス。身体に無数の矢が刺さりながらも動きに微塵も衰えない覇気と共に月下を襲う。

 当然のことながら、防御も回避も間に合わず、肝臓目掛けて放たれたボディーブローは大柄な月下を数メートルは吹き飛ばす威力を持っていた。川を水切りのように跳ねて着水した月下は、よろめきながらも立ち上がる。


「バフが無かったら‥危なかった‥‥」

「‥‥‥月下‥‥裏切りには‥‥苦痛を」

「そこで死と言ってくれないあたり、ポーラスの優しさを感じるわね」


 減らず口を叩いていられるのも今のうちだろう。二度目は全開の集中力で避けきる。不意を突かれた一度目のようになるつもりは無かった。


「月下さん!」


 マナロはポーラス月下と三角形を成す位置に立っていた。ポーラスはマナロに背を向けており、今なら狙い放題となる絶好の機会。彼に目掛け二本の矢を番えると、力いっぱいに引き絞り矢を放つ。


「―――召喚サモン『連弩パピルサグ』」


 ポーラスはどこからともなく取り出した紫紺のクロスボウを右手で持つと、背後を一切見もせずに向かってくる矢を全て撃ち落とす。さも当たり前のように事を成す彼にマナロと月下は息をのんだ。


「噓‥‥見ないで落としちゃった‥‥」

「どこに目が付いてるのよ‥‥」


 神業としかいいようのない光景だった。普段から弓を使うグレイは流石に狙いを付けていた。適当に撃った矢が全て目標に命中するなど見たことも聞いたこともない。


「そう落ち込まないことさ二人とも。彼はNPCだからね、出来ないことはないのさ」


 そう言って二人を励ましたのは回復用の曲を弾くロイヴァスである。マナロと月下のHPが回復したのを確認し、二曲を弾き終えた彼は今まで弾いていたヴァイオリンからエレキギターに楽器を変える。マナロは今まで何度か彼の演奏を聞いてきたが、ギターを使うのは見かけたことがない。


「今度はこっちが反撃開始といこう。ちゃんと三人で相手しないと負けちゃうからね?」


 ピックを使わず四本の指で激しく弦を弾くロイヴァス。メロディーも音程も滅茶苦茶な音楽とは呼べない雑音が辺り一帯に弾き荒れる。耳をつんざくような音にポーラスを含めた全員が耳を塞いでいた。


「いつもと違いすぎる‥‥痛い‥‥」


 マナロには、はっきりとした痛い感覚が肌を通して伝わってくる。月下はロイヴァスの行動が理解出来ずやめさせようとする。けれども、演奏らしきものを続けるロイヴァスの頭上には、不可思議な球体が形成されていた。球体の中で電撃があちこちに走っていて、シャボン玉のように脆くいつ爆発するかも分からない。


(何よあれ―――)


 月下が尋ねる前に、雑音だらけの演奏は終了する。達成感から清々しい表情のロイヴァスと開放感で両手を耳から離す三人は天と地ほどの差があった。


「ここまで序奏を聞いてくれてありがとう。お礼に胸を焦がしてあげよう」


 余程耳障りだったのか膝まで着いているポーラスに対して深々と頭を下げたロイヴァスは、力いっぱいに弦を弾く。


英雄絶技ヒーロースキル『ドゥ・スタティック』」


 頭上の雷球はウニのようにとげとげしく変形して破裂すると、中に糸玉のようにため込まれていた雷撃が溢れ出し、一斉にポーラスを襲う。稲妻を形容するに相応しい速度は回避の間も与えずにポーラスの居たエリア一帯を飲み込むと、火山の噴火のように大爆発を引き起こす。


 さながら、地獄絵図というしか他になかった。

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