第20話 方舟の鯨座 part【6】

 迎撃地点に到着した俺は神殿を背にして川岸に流れ着いている流木の上に腰を掛ける。既に、仕込みは終えた。後は対岸のエリアから来る予定の彼を待つのみ。


 作戦の方針が決まったのは昨日の夜。月下が会議室から飛び出すのを運良くロイヴァスが目撃したことから始まる。直ぐ様、後を追い、向こうで行われた彼らのやり取りを聞いた。


 初めからヒューガ相手の勝利を絶対と掲げた時点で『正々堂々』の考えは頭にない。それが影響したのか、話し終えて涙を拭ったばかりの月下に慰めや同情の言葉を一通り言い終えた後、本音が衝動的に声として発せられていた。


「月下さん、始まったらシオンと合流して。そっちのマップにヒューガ達の位置は映るんでしょ?」


 閃光弾まがいのスキルを持ち、足の速いシオンと組ませることで位置情報を素早く流してもらう。迎撃に関しては俺とロイヴァスが神殿近くで二手に分かれて陣取り、どちらにヒューガが来ても対応可能にしていた。


「我ながらに最低で気分の悪いやり方だと思うよ‥‥」


 ふと、空を見上げると、遠く離れた位置にてシオンの武甕槌が花火のように空に打ち上がる。合流したことを知らせる合図だ。

 更に、続けて黒い刃が宙に打ち上げられる。


「向こうのチームが神殿に向けて移動中。持ち手は‥‥黒だとヒューガか」


 シオンの信号弾ならぬ信号刃で状況を把握し遭遇に備える。

 少ない手数で情報を正確に伝えるため、黒色が出れば全てヒューガ関連に指定していた。

 そして、最も重要なのは向かってくる方向。仮にくじら座の端っこに宝箱があったとする。神殿まで持ち帰る際に通るルートは山のように存在する。

 ここにラプラスやサフランがいれば、風速の変化、運動エネルギーの増減、音の反響その他諸々で到達方向、距離、時間を正確に割り出せるが、普通の人間には不可能である。


(限界まで考えて出来たのは絞り込みまで‥性格からして真っ直ぐは来ない。見通しの良い所を歩いて誰かに見つかりたいはず)


 対人戦を好む彼なら、見つかる前提の道を通り、襲われる前提の運び屋をする。結果、候補となるのは島の中でもだだっ広い草原のある北か、横に視界が開けるミラ川が流れる西の二択であった。


 砂利を踏みつける足音に気がついたのは、座り待ちを始めてから暫く経った後である。

 歩いてきたのは着物に刀を差した青年。不機嫌そうな彼は俺に声をかけてくる。勝率は低いどころか足止めが限界。それが分かっていても顔には出せないし、悟られてはいけない。悪魔のような笑みで含みを持たせ、口八丁で実力に見栄を張る。その間に視線は宝箱の隠し場所を血眼で追っていた。


(着物の内側に入れている左手が怪しい‥)


 ヒューガは右手を腰の刀に置いている。けれど、左手は胸の部分から服の裏側に入れており、不自然極まりない。適当な会話をしながら動きを事細かに観察する。決定打になったのは、戦闘態勢に入る時の左手の挙動。余裕を見せているようだが、脇の下でもぞもぞと動いている。


 確定だ。お宝はヒューガが持っている。


「いくぞヒューガ。勝ちたきゃ俺を突破しろ」

「君程度、スキル無しで丁度良い」


 俺は弓を構え駆け出したヒューガに矢を引く。戦闘が始まっても左手は閉まったままの時点で何かある。むしろ、こちらに気付かせている節すら思えた。


(理想はユウあたりに合流させてお宝を受け渡してもらうこと。ヒューガ以外に運ばせてシオンが奪い取る)


 勝ち負け以外に複雑な思惑が絡む闘いの初撃。ヒューガの顔を狙った矢は首の動きだけで難なく避けられる。腰を屈めた居合抜刀の構えを見た瞬間、彼を近づけさせない事を意識して、矢をばら撒いた。


「穴だらけの弾幕ですよ?」


 スキルも無しに放たれた矢はせいぜい数本。その程度、彼にとって刀を抜く必要は無い。回避だけで事足りるため、因幡の白兎のように飛び跳ねて間合いを詰めていく。


 矢を射るには近すぎる距離まで詰められた俺は奥の手を使うために片手を後ろに回す。

 自然とヒューガの視線もその先を追っていた。


「ポラリス『突然変異メタモルフォーゼ』コード:the deadly scorpion必殺のさそり座


 川底に埋めて隠していたポラリスをさそり座に変えて槍尾を射出しヒューガの意識していない真下から奇襲する。流石にストーリーボスの性能だからか、初見だからか、攻撃はヒューガに命中して対岸まで突き飛ばす。


「——あはは、今のは効きました。抜くのが間に合わなければ直撃でしたよ‥」


 そう言って、鞘から抜身の刀身を見せつけてくる。鮮やかな鋼色、一般的な太さの刀身でピンポイントにさそり座の槍尾を受け止めるあたり、人並外れた動体視力を持っているのが嫌でも分かる。


「流石。でも、少しは本気出した方が良いんじゃないのか?」


 繊細に注意深く言葉を選ぶ。全力を出されると、お宝の事まで忘れそうなのがヒューガ。何とか頭に冷静さを残しつつ、今は分が悪いと判断してもらいたい。

 ところが、ここから想定ぢたシナリオとズレ始める。今日の彼は思った通りに動かない。昔から彼が予想通りに動いた試しはないのだが。


「———そうですね。ユウ!回収しといて下さい!」


 ヒューガは懐から隠していた物を取り出す。現れたのはカビやすすで汚れた木の宝箱。遠目ではゴミと間違えてしまう。彼は誰も居ない下流へとそのお宝を放り投げる。中は大部分が空洞にでもなって浮力が働いたのか、ぶかぶかと浮かんで川を流れて行く。


 苦笑いの俺に向かって凛とした表情の彼は告げる。


「さぁ、君のつまらない策に乗ってあげましょうか。真正面から沈めます。僕の前に立つなら、ここで果てる覚悟はあるんですよね?」


 空気が一変する。小さな一人の人間から斬撃の弾幕を模した覇気が桜吹雪のように乱れ飛ぶ。そこらのボスとやるよりも本能的に死の危険を感じているのは冗談だと思いたい。

 しかし、ここまで来れれば向こうが逃げられる問題はない。


(ちと、姑息だけど恨むなよ‥ヒューガ)


「我流剣術一ノ型、月下つきもと流奥義

「スキル‥」


 ヒューガが構えたまま飛び跳ねるように踏み出す。上下にぶれる彼に素早く狙いを付けた俺は弓を精一杯引き絞る。


「『神楽耶かぐや狩り』」

「『ボルテクスレイ』」


 稲妻の一撃がヒューガへ獣のように襲いかかる。反対からは大地を呑み込む強大な一太刀。両者は互いを打ち滅ぼすために空中でぶつかり合う。勝負は一瞬。雷の矢はさながら龍に挑む一匹の蟻のように踏み潰される。


 咄嗟の防御をするため、おおぐま座のドロップ品『アルカスの監視槍』を横に構えて足で踏ん張りをきかせる。だが、無情にも斬撃は槍の持ち手に命中しそのまま数十メートルは押し込まれた。


 持ち手部分にヒビが入った槍に視線を落とし、震えている自分の左手を咄嗟に右手で覆い隠す。


「くそっ‥‥スキルに勝てるただの剣術ってバグってるだろうが!!」


 顔を上げると、刀を抜いたヒューガがゆっくりとこちらに向かい歩み寄ってくる。


「君のいう通りシステムが技量より強いのなら、今のは?何が敗因ですか?」


 無邪気な子供のように尋ねてくるヒューガにどうやら恐怖を抱く暇は無いらしい。俺は頬を強く叩き自分を奮い立たせ作戦を続ける。


「なぁに、偶々だろ。運負けってやつだ」


 見栄も兼ねた小者の強がり。ヒューガの表情は更に曇っていく。剣術なんて使っている人間の大半は技量バカだ。リアルチートで勝とうとしてくる。そこに、リアルの技能は無価値だと思わせられれば、頭に血は昇る。今日だけは彼を完全否定、侮蔑軽蔑して勝ちを狙わせてもらう。


 そして、狙い通りに彼の地雷を踏み抜いたようである。


「技量より運が優先される?冗談でしょう?強いは巧いであるべきです」


 彼にとっては自身の技量による物ではなく、運の一言で片付けられるのが納得いかないようである。魔法やスキルに頼らない戦い方が全ての勝因に通ずると信じている。

 普段なら脱帽して同感する所だが、今回はわざと神経を逆撫でさせる。


 今回の作戦は、ヒューガから冷静を奪うこと。技量で敵わずレベルは同じ天井到達まで追いつかれステータスは戦闘職の向こうが上。


(アドバンテージが装備とスパイ情報って‥悪役じゃんか)


「いやいや〜これゲームだぜ?ゲームには運要素が必要だと思うけどな」

「———巧者が強者で何が悪い?」


 弱者を切り捨てるような荒い口調のヒューガは刀の刃を俺に向ける。問いかけてきた質問には彼の想いがこれでもかと籠められている。

 作戦の第一段階は成功。先ほどとは打って変わって余裕を持った笑みを浮かべ第二段階へ移る。


「だから月下さんを捨てたのか?彼女はお前の認める巧者じゃないから」

「質問を質問で返さないで欲しいね。まぁ、アレは長く生きられない。弱者として最期を迎えるのが幸せですよ」


 やはり、人殺しを目的に活動している奴が人様の命を心配するなんて理解が出来ない。

 どこかで頭に剣が何本を刺さって馬鹿になっているのではないかと錯覚してしまう。

 もしくは、単純に彼女が例外なだけか。


「強いのは巧い奴‥か‥‥」

「君も知っているでしょう?毎日練習して勉強して強さを磨いたのに、始めたての人間に運で負ける悔しさと苛立ちを」


 それは知っている。ゲームによっては初心者に取っ付きやすくするため、ルールに運要素が盛り込まれる物もある。

 やがて、それが上級者と初心者の勝負で下克上になってしまう原因になるわけだが。


「そりゃ腹立たしいこの上ないけど、昔から競技向けゲームですら運要素はあったじゃん」

「手に汗握る決勝戦。勝因は〇〇できた運です、なんて言う人が居たら君は許せますか?」


 流石にそれを言ったら顰蹙を買う。


「許せは‥‥う〜んわかんねぇ。千日手されるより運でも決めてくれた方が好きだし」


 そうですか、とヒューガは素っ気なく言う。

 次に彼の視線は俺が付けていた防具や手に持ったアンタレスに向く。


「ならそれは?僕より君の方がレアアイテムを揃えてるし、装備も強力です。けど、それは巧いとは言い切れない。それは努力の成果だけど実力の成果じゃない」

「——反論はねぇよ。お前がさそり座や獅子座をクリアしてたら、今の攻防で俺は武器で死んでる。今生きてるのは‥‥悔しいけどお前の刀が普通のだからだ」


 思わず吐露する程に、技量差は絶対的。こと、VRにおいては仮想世界での運動機能が強さに直結してしまう。今はMMORPGのレベリングとアイテム収集要素が技量差を埋めているに過ぎない。いつかは、装備もレベルも追いつかれ、技量差に絶望し、勝利は見えなくなる。


 しかし、それは予め天井が決まったゲームに通ずる考え方。アイテム性能が果てしなく進化し続ける世界だと強いに繋がる要因は千差万別。


「あ、でもな。俺はMMORPGの強さにはかけた時間と学んだ知識が要因ファクターになるから‥‥」


 白熱していた議論にヒューガの意識が僅かにグレイへ貼り付けられる瞬間。

 彼の両ふくらはぎを後方から放たれた毒矢が貫く。


「なっ‥‥どこから!?」


 驚く彼にニヤニヤとしてやったりの顔を見せる。


「この世界は割と好きなゲームだぜ?だって何でもアリだろ?」


 予期せぬ攻撃に態勢を崩した所に畳み掛けるような矢の雨がはるか東から降り注ぐ。


 ヒューガの剣術はどれも強力で多種多様だが、技である故に弱点も存在する。彼の剣術は全て始まりの姿勢が重要で一呼吸から視線の動きまで含めてルーティンのようになっている。一度始まれば必殺コンボのように繋がり技が繰り出されるが、裏を返せば脚をぐらつかせるだけで


 といっても運動性能が化け物のヒューガに当てて妨害するのは無謀と言っていい程大変である。だが、確実に命中する効果のスキルなら回避される心配もない。例を挙げるなら、草場の茂みに隠したのヴォルフ謹製、とか。


「追い討ちだ。スキル『ボルテクスレイ』」


 矢の雨で地面に縫われるような態勢になったヒューガ相手に、集中して射抜く二度目のスキルは回避されることはなかった。


「強いは巧いことであるには賛成。でも、どんな世界だって巧いことは強いじゃねぇぜ?」


 沈黙する剣士相手に俺は高らかに笑い飛ばし、第二の矢を引き絞る。










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