[短編(市場)]本屋にて

「珍しいね」

 そう声をかけたのは、市場に住み着く唯一の青竜で、

「だからなんだ。俺だって本くらいは読める」

 かけられたのは、そう珍しくはない土竜で、本屋の前に並んだ一冊を手に取り、開いていた。

「いや、でもそうそう読まないだろ? 君の家には本なんてないし」

 あるのは生活と、仕事に必要なものだけだ。

「あってもかさばって、シェーシャがかじるばっかだ。ああいう本が好きらしいぞ」

 指差す先には皮の使われた立派な一冊。店員の近くにあることから、高級なものであると推測される。

「いや、それは本が好き、とは言わないでしょ。固いものをかじりたいだけでしょ」

 全くもってその通り、と肩をすくめて、

「たまたま、見覚えある顔があっただけだ」

 戻された一冊の表紙には、りりしく写る、おそらくは竜の姿が。

「元気にやってるなら、それでいいんだがな。こんなでかくなって」

 いつも鋭い視線が、ふと柔らかくなる。

「会いに行けばいいんじゃないの? そんなに気になるならさ」

 一冊は誰のものになることもなかった。

「会ってどうするんだ。俺とあいつは赤の他人だ。少しの間、旅をしただけで、あいつはあいつの生活がある」

 紙束に何の興味も抱かぬ青は追いかける。

「いやー、そんなの気にしなくていいだろ? 気になるなら、行けって。仲が悪いんじゃなかったら、歓迎してくれるに違いないしさ」

 そうかもしれない。だが、

「生憎、仕事がたまってるんでな。あいつに合わせられる顔がない」

 と土竜は続けて、追跡者をまいた。青はその一言をもって立ち止まり、後ろ姿が消えるまで見送った。

「なーにかっこつけてんだか。シェーシャに言っとこうかな、あいつに会いたがってるみたいって」

 彼のとなりには同じ本が置いてあった。別の店で、本屋ではないが、置いてある。

「ウィル・ドグラム……あぁ、王様か。ふーん?」

 なんとなく読み上げた彼の名前。

 青はひとまずこれを持ち帰り、告げ口するのは後にすることとする。


◆◆◆◆


 いくらか前に名前未定の王様がいることに触れたと思うのですが、ウィル、とすることになりました。

 さっさと体験版リリースしたいなぁ(まだまだ先である)

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