[短編(市場)]アイスくれーム

 遠目から眺めて、それは大きいんだろうな、と予想する。それは事実で、近づけば、近づくほど、白の境界の中心に位置するという大樹は、ますます、ますます、巨大になる。

 ようやくここまでたどり着いた。故郷を出て、馬車の出ている村まで数日、そこからさらに休憩を挟みながら数日。ときおり、目移りしながらも世界樹を視やると、また大きくなってる、とにやりとしたものだ。

 ひとまず、市場の玄関口とよばれている草原から進入して、適当にぶらつく。路銀もほとんどないから、本は買えないし……まずはそこから始めないと。

 そういえば、窓から森が見えてた。あそこなら適当な獲物もいるだろうし、弓を買うか作るかして、しばらく生活するのもいいかも。

 そんな気楽なことを考えながら、広い空間にたどり着く。老若男女、獣竜人、関係なく思い思いの時間を過ごしている場所で、休憩にはぴったりだ。

「アイ、スクリぃ、ム」

 ここで休もうと決めたわけだが、ふと空腹を覚えた。なのですぐそこにある屋台に向かう行列に並んだわけだけど、看板にはそんな文字。絵本じゃ見たことない文字もあるが、でかでかと書かれたそれだけは読めた。

 残り少ないお金で適当なのを一つ買って、適当に座る。匂いはしない。すっと鼻腔に入ってくる冷気。

「アイスクリーム、ねぇ」

 店主はそう言っていた。恐る恐る舌をつけてみれば、ひやりと、舌が痺れる感覚が。我慢して、柔らかそうな先端をすくいとってみる。

 甘い。冷たくてぴりぴりとするけど、甘くて、おいしい、気がする。

 最初の一口を口のなかで転がして味わう。これが、アイスクリーム。市場ではよく売られているんだろうか? 並んでいた屋台の他にも、同じようなものがちらほらと。

「……お金がないわねぇ」

 制覇するのはまた今度にしよう。そう決意してまた口を開き、舌を伸ばそうとしたときのことだ。

 黒猫がいる。

 私の股ぐらの間で、じっと見上げてきている。その視線の先には私が、いや、私を挟んでアイスクリームがある。

「何よ、あんた」

 それが気になる、といわんばかりの様子。でもこれは私の買ったものだし、あげる義理もない。

「欲しいの、これ?」

 きらきら、きらきら。聞こえていないのか、目を輝かせるばかりだ。あげない、と言うのは簡単だ。でもまだぴりぴりとする舌のこともある。

「……」

 膝に乗るように言いながら、そこにアイスクリームを近づけてやると、猫は何の遠慮もなしに、あっという間に平らげてしまった。

「お金は返してよ、猫」

 後の祭りかもしれないけど、伝えてみる。でも返事はなくて、満足したみたいだ。

 軽い後悔を覚えながら、歩きだそうとしたそのとき、ちょうど、こちらに近づいてくる黒い姿が。

「レノ、勝手に歩き回るんじゃないよ」

 毛皮の長い犬。女っぽかった。

 レノ、と聞いた黒猫はぴょこんと耳を動かしたかと思えば、てこてこと犬の背中に飛び乗ってしまう。

「あんた、誰だい?」

 一方の黒犬は私に、声色低く、尋ねてきた。

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