[創作論]GW二日目 -野放図な樹の剪定は-
こうすると面白いだろう。
それは、発信者の誰もが思うこと。
例えば、ふと思い付いた一言だったり、意味をなさない造語だったり、はたまた茶番とも言われたりする。
もちろんそれに具体的な意味はない。ただ、クスリとするものを提供しているだけのものだ。瞬間的な笑いは、短時間で得られる娯楽は、この暇よりも密度を求めるこの世に必要とされているものであるようだ。
それは、怠惰ながらも、娯楽に浸りたいという願望の現れなのであろうか。娯楽によって知恵をつけてきた人間というものが、知恵の遺産に呑まれているともとれるだろうか?
まぁ、それはさておいて。
こうしたら面白いだろうかを色々と組み合わせたり、捻ったりすることはよくあるだろう。その結果、作品としてはぐちゃぐちゃなものになりがちである。
短編やギャグといったものならば、その回だけの設定である、で済ませることも可能だが、長編だと要素が増えてめちゃくちゃになるものだろう。
そうなったとき、あくまでも書き出す前の話だが、余分なものはどんどんと切り落とすことで、あるいは加工することで、マシになっていくことがある。
必要性がないものは捨てて、必要なものは残して。
もっとも、剪定の際に必要な根っこまで切ってしまう、なんてことも多いのだから怖いものである。
とはいっても、読者はそこまで整合性などを求めているのか? どうにも気になるものである。ある程度の整合性はあってしかるべきだとは思うが、コロコロと主張や理由が変わってしまうのはどうにも鼻について仕方がない。
まぁ、そんなものなのだろう。世の中というものは。
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