[短編(市場)]武勇伝というかそんなもの
そういえば、と今日は非番の青年が。
「皆さんって、外から来られたんですよね?」
ぐるりと彼の視線が巡らされると、確かに、その通りである。
なんの集まりか、紅竜、青竜、土竜に、獣の王と、その側近が、一つのテーブルを囲んでいる。各人の前には飲み物と、お菓子の入ったバスケット。
「だからどうしたのよ。インスは、産まれもここだったわね?」
興味なさそうな赤の問いに、はい、と頷くと、僕の出身知っていましたっけ、と王が笑う。
「カル様は、戴冠式のときに仰ってました。部外者が、守る力がない、と自己紹介を」
納得したふうな王に、側近が首を振る。忘れっぽいお方だ、と呟く。
「ここに来られるまでの話って、なにも聞いたことがないな、と思いまして」
ああ、確かに。同意する青だが、なんにもないよ、と菓子を摘まむ。
「俺のことは、話すまでもないだろう。もし続けるなら、帰らせてもらうぞ」
このふわふわとした空間に似つかわしくない鋭い視線が茶から放たれ、インスを射抜く。びくりと身体を震わせたものの、面白い話でもありませんか、とドリンクを口にする。
まず応じたのは赤で、つまらなさそうに頬杖をついて、青を見やる。
「お金、なかったわね。おかげで何冊か本を売って、馬車を使ったわ。数日で着いたと、思う」
彼女の故郷では、通貨はまだ流通していなかった。森の紅竜たちは近くの村で物々交換で必要なものを賄っていた。
「僕は、なんかあったかなぁ……あんまり覚えてないや。樹海で迷ってたくらい?」
よりにもよってそれ、と赤に睨まれるが、別にいいだろ、と帽子の遮光板越しに睨み返す。
「私は、ここの出身ですので、回答は控えさせていただきます」
最後の獅子は、そう締め括ると、もっと何かあるのかと思いました、とインスはさも残念そうに。人には歴史があるものだと思いましたが、そうでもないんでしょうか、と続ける。
「じゃあ、インスさんは何か、ここで生活していた上で、誰も体験したことのないようなことは、あるんでしょうか?」
にこりと王が笑えば、自然と青年に視線が集まる。さりげなく獅子は伏せて身を隠し、耳をそばだてる。
「え、僕は、そうですね。親に捨てられたこと、ですかね……??」
その程度か、と土竜は呟くと、席をたって歩き出す。知ってる、と言わん張りの空気に、思わず青年は謝ることしかできなかった。
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