[短編(オリ)]年に一度の

 長い長い1日が、ふと気がつけば夕方の足並みが早くなっていて、いっけね、と慌てて駆け出す。遠くなってしまったセミの声を感じながら、リリ、と流れていく鈴虫の声は、心地いい涼しさを夜の気配と共に与えてくれて、汗ばんでいた身体をすっと冷やしてくれる。

 先週よりも、少しだけ暗くなったところで帰宅する。だが玄関の時計を見てみれば、同じ時間。それでも門限は門限なので、セーフ。

 ただいま、と声をあげると、おかえりの直後に、こっちにこいと呼ばれる。早く夕飯食べて、明日提出の宿題でもしたいところなんだけど、顔だけは出しておこうと、和室へ。

 するとそこには何台もの扇風機が置かれていた。居間や私室にあるものも、ここに集められていて、父さんが口を開けた工具箱を隣に、患者の背中をドライバーの背中をつついているところだった。

 そろそろしまうから、手伝え、と言われれば、まぁ手伝うしかない。逆らったらどうなるかといえば、夕飯抜き。宿題をするためにお腹いっぱいにしておきたいし、空腹だと眠れなくなる。

 近くのタンスからマスクを取り出して身につけたら、一台を持ち上げて座れる場所へ。やってるのは父さんだけだから、あと一人は掃除ができることだろう。

 ねぇちゃんは、と聞けば、母さんの、夕飯の手伝いをしているという。今日に限って? いいや、掃除をするのを嫌がったに違いない。ネジを床にひとまとめにして、面を取り外してみれば裏には黒い埃が。

 霧吹きで水を含ませて、雑巾でぬぐう。みるみるうちに黒くなる。

 次に羽。回転方向のプロペラにも、黒いもの。触りたくはないが、来年も使うのだから、今のうちにやらないと困るのはその時の自分たちだから、どうにか拭う。

 とどめに後頭部の面。これは外側に埃がついている。土台から取り外して、ゴシゴシと。

 一通り取り終えたことを確認したら組み立て直して、ケーブルを邪魔にならないように巻き付ける。だがこれでようやく一台だ。

 これを仕上げるうちに、父さんは二台目をばらし終えた。夕飯について尋ねてみれば、今日は煮付けだって答えられて、小骨が嫌だなぁ、と避けるためのシミュレーションを頭の中で開始してみる。もちろん手は次の扇風機にとりかかる。

 やがて全ての掃除が終わり、扇風機を納戸に運びいれたちょうどそのとき、夕飯の呼び声が。

 待ってましたと鍵をかける父さんを背に、食卓へと駆け出した。


◆◆◆◆


 年に一回の恒例行事。

 それは特別でもなんでもないことですが、実はローカルな風習だったり、家庭内でしか通用しないルールだったり。

 そんなワンシーンを作ってみるのも面白そうですね。

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