[鑑賞論]竜とそばかすの姫

 観て参りました、昨日の朝一で。

 ちょうど先日、予想とその裏切りについて語りましたが、今回は私が裏切られましたね。

 なお、ネタバレは全力でしませんのでよろしくお願いします。今回は鑑賞前に「つまらなかった」という感想を見かけていたので、なぜそういった感想になったか、の理由の一端を思いつきました。


 さて、漫画にしろ小説にしろ、あなたは何を抱いて開くのでしょうか。

 自尊心を満たしたいのか、知識が欲しいのか、涙を流したいのか、ヒーローヒロインに惚れ惚れられたいのか。

 私の場合は人外要素、ファンタジー成分、あるいは登場人物の情動を求めて開きます。前者二つの割合が多くを占めてますけどね。


 さて、では一方で、売り物と言えば宣伝広告です。多くの人がなんらかの広告を見て観たいかも、欲しいかも、という購買意欲を刺激されますね。

 それで、件の映画のCMを先ほど聞いていたのですが、ああなるほど、と思いました。

 推されているキーワードは「あなたは誰?」でした。

 映画全体を見るとたしかにこのキーワードは、キーワードとして据えるにふさわしいとは思います。しかしその一方で、あなたはなんの情報もなしにこれを聞くと何を思い浮かべるでしょうか?


 私は恋愛を思い浮かべます。主人公がバーチャルで見ず知らずの相手に惹かれて恋に落ちるようなものですね。それでその相手を探して、やっと会えたね、恋愛成就、完! というものをイメージするのではないでしょうか。

 確かにこれは王道なんですよね。まさしく顔も知らない文通の遠距離恋愛をしていて、相手に会うために電車に乗って探す、というような形の変則型です。

 しかし本作品にこれを期待していると落胆を覚えることでしょう。

 その理由はネタバレになるので触れないようにしますが、無意識のうちに作品へ持っている期待を裏切られると、鑑賞者の感想は「つまらなかった」になるのでしょう。

 もちろん鑑賞中に期待を捨て、視点を変えて観ることができればその限りではないでしょうが、これを捨てきれなかったら、退屈に分類されてしまう。

 いわば、カレーを注文してカレーが来たから食べてみたらハヤシライスだった、ということです。

 求めているものを満たすために、人は作品を観ている。しかしこれを裏切られたとき、期待に比例して失望に塗り替えられてしまいます。


 もちろん、作品というのは物語だけではなく演出というものも含まれているものです。しかし物語への期待というのは、物語でしか解消されることはありません。

 作品鑑賞するにあたって、それに何を期待するのは自由だが、それはあなたの願望であって、作品自体には一切関係ない、ということは覚えておきたいですね。

 そういった意味では、粗筋タイトルというのは、内容が裏切らなければ合理的なものなのかもしれませんね。

 

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