[短編(オリ)]おーばーふろあー
いつでもどこでも、音楽を聴く。時にはお気に入りをリピートして、たまにはランダム再生して、今の心情を揺さぶりながら道を歩く。
定額料金を払えば、なんでも聞ける。イヤホンが壁となって、エンジン音も、雑談も、全てかきけしてくれる。憂鬱な時間の前にブーストをかけてくれる貴重な時間だ。
そんなある日のこと、遅刻ほぼ確定であることが発覚して、イヤホンを忘れて出てきてしまったのである。ざわざわとうるさい音に、仕方ないと駆け抜けたのだった。
その日の帰り、もう間もなく家へと到着する地点で、ぼうと立っている人を見つけた。
イヤホンも、スマホもつけず、ぼんやりと、道脇にある低い土手を見つめているように見える。不気味な影と距離をとりながら、無意識に歩調を早めたときだ。
「あぁ、君」
声をかけられた。そちらを見れば、何度か見たことあるが、話したことはない顔がこちらを向いている。
「イヤホン、忘れたのかい」
だからなんだよ。口を利くのも問題に発展しそうなので、進む。
「いつもスマホ見ながら、イヤホンをつけて。忘れた日くらい、……を聞いてみたらどうだい」
は? 今なんて? つい聞き取れなかった言葉に興味が湧いてしまい、立ち止まる。
「いつも、あれもこれもとしとったら、つかれるじゃろ。今の若いのは、なんでもかんでもと慌てすぎじゃ」
やれやれと息をついた人は、振り返った私ににやりともせず、
「たまにはぼうっと歩いてみるのも、楽しいぞ?」
そう言い残すと、私とは反対方向に歩き出した。呆然とその背中を見ていると、近くのアパートへと入っていってしまう。
なんだったんだ。あの人。また会いたい、なんて思わないけれど。
不思議と走る気をなくして、とぼとぼと歩き始める。薄暗い夜が、もうすぐやってくる。
◆◆◆◆
情報が入り乱れるなか、あなたはこれらを遮断することができますか? ネットワークというものが現れてから、得られる情報は爆発的に増えましたが、一方で断って休む、という行為は不思議とできなくなってきます。
なぜなら、情報はそこかしこにあって、好奇心を擽ってくるからです。あるいは、いつも見ている人とか、気に入っている人とか、毎日見たくなりますよね。これではなかなか休むことなんてできないでしょう。
たまには一時間くらい、暗い部屋でじっとしてみませんか? わだかまりが、もしかしたらほどけるかもしれませんので。
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