[日記]can't speak, but can read
世界にある文字情報のうち、日本語で記載されているものは、どれほどあるだろうか。
全人口70億の、1億程度。単純にそれだけで考えがえるなら、1.5%弱。加えてその性格を考えると、さらに若干、割合は下がるだろう。
ではその1%の中に、あなたが探しているものを見つけたことはあるだろうか? まぁ、日本語で探せば日本語で見つかるのは当然のことだが、英語なりの外国語でわざわざ検索して。
まぁ、ないだろう。単語単体以外で、普段の生活において外国語のテキストを読む必要なんてない。日本人にとっては、仕事にすら持ち込むことを嫌がることなんて、普通にある。とある下請けでさえ英語アレルギーなのだから。
アルファベットが群れをなし、紙に整列していると彼らは発作を起こし、寝込むという。なるほど、世の中分からないものである。
さて、どうしてこういった話になったかといえば、次のゲーム作成にお借りしているアセットの仕様書説明書が英語だからだ。日本語で説明している場所もなく、英語しかない。
私自身は、読めなくはなく、喋りはもとより苦手。すなわち体力消耗以外に大きな問題はない。というのも、散々長文読解をしていたから。
そこで考える。喋れなくとも、読めるだけでできることは、爆発的に増えるのだな、と。
一般的というよりかは、学問的には読み書き共に大事で、必要なことである、とされている。もちろん両方あるにこしたことはないだろうが、活かせる方向性を決めてどちらかに特化しても、特別問題ないのではないだろうかと思う。
極端な話、外国語ができるということは、読み書き聞き喋りができる必要はなく、論文とか仕様書に特化してもいいし、逆に話す聞くだけに特化してしまってもいいのではないかと思う。
もちろん、分野の最前線に立っていたい、というのなら両方必要になることになるだろうが、少なくとも趣味の範囲ならば、どちらかに特化するだけでも知れることは、一気に広がるのだ。ネットの英語人口は25%、中国語は20%を占めているというのだから、毒も薬も含めて、どれだけの良質な情報が得られるのか、考えてみなくても分かることだろう。もちろん、フィルタリング性能は上げておく必要はあるが。
あとは経験ですね。どれだけ省エネで言いたいことを拾い上げられるか。ここだけは勉強だけではどうしようもおりません。
さて、先週に引き続き、更新を忘れていた魔王討伐を更新しなければ。土曜日。土曜日よ、私?
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