[短編(市場)]BookStore
世界樹をいただく市場では、入手方法は様々だが、揃えられないものはない、という噂がある。珍味から薬品、工具農具、遺産に至るまで。
もちろん所詮は噂なので、例を挙げれば手に入らないものはいくらでもあることだろう。
本もその一つである。
ぎっしりと詰め込まれた本棚の中から、背表紙に爪をひっかけて一冊が引き出された。その本の表紙、さらに一ページが開かれ、描かれている模様が光を浴びる。
動かぬそれに落とされるのは、赤から降り注ぐ視線。橙と淡い黄の鱗の上に、紫の衣をまとう立脚類の竜である。
静かな本屋で、聞こえるのは小さな音ばかり。本どうしが擦れ、ページがめくられ、本を探し、立ち読みする者たちの息づかい。むしろ、入り口から割り込んでくる喧騒の方が、大きいくらいかもしれない。
初めの数ページを読んだところで、紅竜は本を閉じた。改めて表紙を眺めてから元の場所へ戻す。
「……もっといいの、ないかな」
次に目をつけたのは一段上の一冊。それもまた、冒頭の数ページで戻される。
十冊目が手に取られたとき、お客さん、と控えめに声をかける姿があった。彼女がそちらへ視線をやると、立脚類の獣と目が合う。
「魔法関係の本を探してるのか? タイトルでもなんでも分かれば、あるか調べてやるけど」
まだ開いてもいない本を戻し、軽く向かい合った竜は、音量控えめに口にする。
「個人の才能とかセンスとか抜きにした本って、ないかしら。こう、陣の書き方で魔力量が変わるとか、そういうの」
ああ。獣は迷うことなく、彼女の立っていた棚の隣から一冊取り出し手渡す。次いで、三冊程度を選び出し、表紙を見えるように持った。
「在庫が少ないのが渡したそれ、で、こっちのやつは二冊ずつある。どれも内容は似たり寄ったりだけど」
ふぅん、と紅竜は渡されたものを開いて、にやついた。
いくらでも、増やせなくはないが、売れるかもわからないものを広めるなんてことはそうそうしない。ただ魔法に優れた者は我先にその知恵を形に残す。
あるいは、妄想家が描いた物語を、面白いと取り上げ広めようとする者たちがいる。
だがそれを好む者にしか需要のないそれは、市場では受け入れこそすれ、人気があるかといえば、そうでもない。
◆◆◆◆
いつしかお話しした、市場の書籍市場。識字率の関係もあり、あまり大切にされているものではないでしょうね。
一方は、ラクリさんとかアレンの出身の村には図書館があるくらいには読める者たちがいて……。
では本が流通するには?
市場があって、道ができて、作った人がいて初めて広まる、と考えると、インターネットってすごい市場ですよねぇ。
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