[短編(市場)]ある日のこと
重い戸の鍵が外され、ジャラジャラと音がなったかと思えばガラガラと開かれた。まだまだ朝の早い時間、薄暗い戸の内側からひょこりと頭を出したのは緑の鱗をまとう竜である。
ぱっちりと開いた瞳は、きょろきょろとする頭部と共に残像を残したが、ある一点に注がれてぴたりと止まった。
水路の淵に座り込んだ人間がいる。
このあたりに住んでいるのであろう服装に、竜は首を伸ばし、その体躯を内側からひっぱりだす。皮膜のついた大きな翼に、石畳に削られたのだろう爪のそなわる脚。山飛竜である。
「ねぇ、こんな時間に何してるの?」
数歩で横顔をのぞくことに成功した彼女への返事は、なにもしてないよ、だった。
「そうなんだぁ。早くに目が覚めちゃってね、水浴びでもしようと思ったんだけど」
ぱちくりと水面に視線を移すと、子供はしたらいいじゃん、と水面は波紋と共に飛沫を上げる。ぱたぱたと水滴が子供の片足から落ちていく。
「けど、君のことが気になっちゃった。こんなとこで何してるの?」
同じ返事が返されて、そっかぁ、と飛竜は脚をぐっと曲げたあと、跳躍する。軽く揺れた地面。動じることもなく、子供は視界に躍り出て、派手な飛沫を上げる様をじっと見ていた。
「ほら、折角だから、私と遊ぼうよ。楽しいよ?」
尻尾を降れば、雲もない水浴び場に雨が降る。濡れない子供は、ぼーっと見つめるだけだ。
「いいよ。意味ないし」
そっかぁ。気ままに水浴びを始めた竜は、泳ぎ、潜り、浮いて、沈んだ。
じきに彼女は、その名を呼ばれる。開けっぱなしの戸から、怒りの滲む叫び声だ。しぶしぶ彼の近くの石畳に上がり、しゅんと小さくなる。
説教の真っ只中、ふと飛竜は、彼に顔を向けたまま視線をあたりに向けた。照らされ始めた、薄汚れた道が乾いているばかりだった。
◆◆◆◆
そういえば市場では、心霊的な要素って全くないんですよね。あるとしたら紅青の終盤の……。なんでかと聞かれれば、そういう話にしようとしていなかったし、いや、別にそれでいいのか。
こう、当たり前のように会話していたのに部外者が現れると消えてしまって、後味を残す手法ってよくとられますが、いつの時代から取られるようになったんでしょうね?
少なくとも小説が親しまれてきた中で生まれたものであるのは確かでしょうけれど……いや、口伝で伝えられてきたものもあるでしょうね。それならもっと古くからあるんでしょう。
それを不気味に思うのって人間だけなのでしょうか? 生物も驚くということをすることを考えると、同じような感想を抱くのかなぁ、とか思う、この頃でした。
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