[短編(天地)]これでも君を愛してる

※暴力、残酷描写あり


 朝日が昇り、朝食を食べる。

 家事をして、父を見送って、洗濯をするために外に出る。

 眩しい陽差しが目を貫き、ぎゅっと閉じる。すぐに慣れて、見上げたまま向きを変える。

 あれ……山が、ない。

 裏口から出て、井戸のある方へと向くと、あるはずの山がなく、あるのは青い青い雲のない空だけだ。昨日はあったはずだけれど。

 でも洗濯物はある。とりあえず、井戸に行って、誰かに訊いてみよう。きっとみんなも同じことに気づくはずだ。

 皆、景色がおかしいことに気がついていた。だがなぜそうなっているのか、は誰も分からなかった。

 濡れた洗濯物を干し、自宅に戻ると父が帰ってきていた。どうして、と尋ねれば、畑がなくなっていた、と座ってうなだれていた。

 ひとまず、昼食をとって、一緒に何が起こっているのか、村長に聞こう、と外に出た。

 だが、人が押し掛けていて、話を聞いてもらえなかった。つまり、この村にいる皆が、この奇妙な異変に気づいているのだ。

 だがそれでも、夜はやってきた。当たり前のように時間は流れているようだった。

 父は村長の方針を聞くために残ると言った。だから私は先に帰って、寝ることにした。こんな状況で、夕食を用意する気にはなれない。

 寝床で横になると、間もなく睡魔がやってきた。


 次に意識が戻ったのは、妙な物音に気づいたとき。床板を軋ませる足音だが、父のものではない。もっと重く、ゆっくりとしたもの。

 ミシ……ミシミシ……。

 それは近づき、自室の前で止まった。体を起こして、じっとそちらを見つめる。鍵はかけておいたはずだ。

 だが壁は音もなく吹き飛んだ。扉ごと、一面が爆発したのだ。

 木片が飛び散る中で、立っていたのは父ではなかった。人間でもない。

「今日はここにいたか」

 ドラゴン。天災とも言える魔法を操る生物。

 一歩、人間のような足で踏み出す。頑強だろう鱗に覆われた体躯が迫ってくる。冷たい眼はこちらをまっすぐ見つめてくる。

 二歩で目の前に来た。そして、長い顔がにやりと笑う。

「愛してるぞ、」

 私の名前が呼ばれた。知らない相手から、たしかに呼ばれた。

 助けて。叫ぼうとした。だが声として上がる前に、ドラゴンは長い腕を伸ばして口を塞いだ。勢いのあまり、後ろに押し倒されて寝床に倒れてしまう。

 そいつはそのまま寝床に膝立ちになって、歪に笑う。そして、空いている手にそなわる太く鋭い爪の一本を見せつけた。

「好きだ」

 凶器が、灼熱となって鳩尾に沈んだ。自由な腕で叩いても、口を塞ぐ手を引き剥がそうとしても、熱はどんどん侵入してくる。

 溢れてくる熱がどんどん広がり、激痛が襲い掛かってくる。

 やめて、やめて、やめてやめて! 助けて!

 じっと瞬きもしない、表情も変えないドラゴンは、遠くなる意識のなかでこう言った。

「今日も、失敗か」


 悪趣味なやつだ。焚火にあたりながらくつろぐドラゴンは呟いた。

 でも比較的無害なんだよなぁ。炙った肉をパンに乗せながら旅人。

「でも、一目惚れした人間に永久の命を与えるために天球に閉じ込めて、毎日毎日、時間を巻き戻す。それで毎晩毎晩、実験で殺してるなんて、悪趣味以外の何ものでもないじゃないか」

 サクッとジュワッとした味覚を味わいながら答えは来る。

「でも、それさえ成功したら天球を戻してくれるってのは、本当だって言ってくれてるし、信じるしかできないし」

 はぁ、とため息をつくドラゴンは、目の前に広がる穴ぼこから視線をあげて、天球を見上げた。

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