[短編(市場)]あのとき、彼女は

 湿気の籠る激しい雨。世界樹という傘はその役目を果たすことなく、ボトボトと雨粒を蓄えては地上に落としていく。

 天災といえば天災だが、市場の家屋はこんなものでは崩れない。出しっぱなしの屋台が泣きを見るだけで、静かに止むのを待つのが習わしだ。それは富裕層も、貧困層も受け止めなければならないものである。

 そんな薄暗い中、ある家屋の中で仰向けに寝転がる者がいた。暇ぁ、と体を揺する山飛竜は、石飛堂の倉庫の真ん中にいる。

「暇ぁー。ひまぁ。ひーまぁー」

 翼も大きく広げ、ぱたぱたと湿った空気を掻き回しながら首をかしげている。

「ぃーまー。ひーまっ」

 くねくねと尻尾も揺らす。寝ないのか、と灯りのある一角からかけられる言葉に、冴えちゃった、と答える。

「水浴びもできないしな。飯はあるからいいとして、おまえは何がしたい?」

 机に向かっていた土竜は腰を浮かせて、椅子ごと彼女の方へ向く。悩むように唸る彼女は、くるりと反転して、地に足をつけた。

「うーん、飛びたい。世界樹の葉っぱのあたりを、ぐるーっと」

 ボトボトボト。

「無理だな。降っていなきゃ、どこよりもいい環境なんだがなぁ」

 ため息。

 上半身を捻り、机の上にあった磨きかけの石を摘まんで、近くに置いてある柔らかい布の上へ。音もなく着地し、転がったそれにふと目を見開き、姿勢を正す。

 そこには冷たい床で寝そべるようにしてくつろぐ姿がある。眠ろうとする体勢とは異なり、尻尾がゆらゆらと揺れている。

「シェーシャ、雨に関する話とか知らないか?」

 きょとんと上がる視線がぶつかる。

「俺が子供のとき聞いてた話だ。雨は地上に溜まった淀みを地下や海に流すために降るんだってよ」

 それは地上で生きるものたちが死に絶え、魔力乖離がなかなか起こらなかったとき、雨を切っ掛けとして亡骸が失せていったという童話である。

 だが彼女は首を捻るばかりだ。

「うーん、そういうのはラクリとやってよ」

 一言の謝罪の後、山飛竜は寝床に体を納めた。間もなく、土竜も作業に戻る。

 しとしと、ザァ。

 まだ雨はやみそうにない。


◆◆◆◆


 テレア編の冒頭の雨の中、彼らはそんな話をしていたそうな。


 天気に物語がつく、というのは昔からあることですが、天にあるもの、すなわち、雲や太陽、月、空といったものに関係性を導いてみると面白い神話童話寓話ができるような気がしますね。

 主人公の村にはどんなものが伝えられているのか。単なる通過点としないためにも、作ってみるのもいいかもしれません。

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