[短編(市場)]今日、彼女は
活気あふれる道脇で、一組の立脚類の竜と獣が足を立てて地べた座っていた。
「行かんのか? この人混み見せとうて、あたしを連れ出したんかいな」
幅のある道には者、者、者が途切れることなく濁流をなすかのように行き来している。
「いえ、思っていたよりも、多いと思いまして。目的地か、道を変えたほうがいいかと思いまして」
ここは、世界樹の根本に栄える市場の中の、住居の立ち並ぶ場所だ。昼時だからか、多くは歩きながら食事をしている姿が見える。
「ふぅん? 目的地なぁ。あくまでも秘密にしたいようなことなんかいな」
だが屋台は見当たらない。だからこそ、彼女たちは堂々と座ることができるのである。
「ええ。きっと、気にいると思いますから」
少し見てきます、と口にした途端、獣の姿が消えた。だが竜の方は特に気になるそぶりも見せず、群衆を見やった。
一見すると鱗に覆われた竜の一種であるが、よくよく見れば何も身に着けぬ彼女の身体は石を割った断面のようなものであった。時折、ぱらぱらと石片が剥がれ落ちたり、ぎこちなく尻尾を動かすさまは、生体の真似をしている何かであるようだ。
群衆の端を歩く者が彼女に気づくと、視線が釘付けになる。そして何かに気づいたようにハッと逸らしては、我が道を行く。
「何でチラチラと見るかねぇ」
退屈だ、と言わんばかりにたたらを踏む。
当然だろう。その姿に羞恥を覚える者--主に立脚類が多いのだから。
やがて獣が戻ってきた。だが彼のいた場所は既に、別の者が占拠してしまっているために、流れに乗って姿を現した。
「おそかったなぁ? パッと行って物見でもしてきたんかいな」
どこか疲労の色の見える姿に、よいしょと竜が立ち上がる。
「見てわかるでしょう? 予約は取り付けましたので、早く、行きましょう」
分かった、と短く返事を得て、また二人は群衆の中へと歩を進めるのだった。
獣の姿は、狐と呼ばれている。四脚類の狐と同じような特徴を持つために、そう呼ばれる。
彼はどこかで手に入れた、正装と呼ばれている服を好んで身につけている。いわく、毛皮になじむから、だそうだ。
瞬間移動のできない彼女を気遣って、人混みをかき分け歩くうちに、彼の顔から疲れが見え隠れする。だが背中を追いかける彼女は気づく好もない。
やがて、右へ左へと歩くうちに、人通りも減ってきた。ここは空いているようです、と速度を落とした彼は、隣に彼女がいることを確かめる。
「さ、どこ行くん? あまり暗くならんうちに帰れたほうがええんと違う?」
そこですよ、と指さした先には、喫茶店らしい、石を彫ったのだろう看板を掲げる扉がある。
「なんか、食べたいものでもあるんか? 一人で来れたやろうに」
いいから、と彼女の手が引かれる。あまり乗り気ではないらしいが仕方がないといったふうに扉をくぐる。
◆◆◆◆
テラーが、目的がなければ洞窟に引きこもるテレアを連れ出す話。テルが連れてこられる前のお話。
きっとこの後、テラーは酔いつぶれる、テレアはため息をつきながら連れて帰る、なんて光景も思いつきましたが、それはまた別のお話…。
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