地球帰還報告編
第79話 地球帰還報告① 本当に必要なモノ〜やっぱり地球は青かった
10月2日。東京標準時20時32分。
僕は約五ヶ月ぶりとなる地球帰還を果たした。
球体状に展開した風の球体の内部に目一杯詰めた酸素を消費しながら、エアリスの風の魔法で光学迷彩を施し、右に左にえっちらおっちらと日本を目指した。
宇宙空間から初めて目にする地球の壮大な姿に僕は目を奪われた。
黙りこんでいると、ふいに腕の中でエアリスが身じろぎする。
「ナスカ・タケルよ」
「いちいちフルネームで呼ばなくていいよ」
「ふるねー?」
「タケルだけでいいよ」
「うむ。ではそう呼ぼうかタケルよ。なんだか二人の距離が近くなった気がするな」
こいつは。
エアリスは屈託のない笑顔を向けてくる。
今まで睨まれたり蔑まれたり皮肉げな笑みを向けられることはあっても、こんな穏やかで安心しきった表情を向けられるのは初めてだ。
いや、思えば地球にいた頃には、こんな全幅の信頼というか、親愛のこもった微笑みを誰かに向けられたことがあっただろうか。
もしかしたら赤ん坊の頃には向けられていたかも知れないが、物心がついてからは一度もなかったような気がする。
いや、違う。
きっと僕の方が誰にも笑いかけなかったのだ。
そんな僕だから誰からも笑いかけられなかった。
最初に笑いかけてくれたのはセーレスで、そして今笑いかけてくれるようになったエアリス。
彼女たちに対しては、僕は自然に笑顔を返せるのに――
「ところでタケルよ。先程から随分と感慨深げにこれを見ていたようだが」
エアリスが言うこれ、とは言うまでもなく次第に重力圏へと引きこまれつつある青い星のことである。
「ああ……誰だってこの壮大な姿を見ればそうなるだろう」
「壮大……。確かに美しく雄大な姿だ。見ているだけで、心の奥底からなんとも言えぬ懐かしさがこみ上げてくるようだ」
ほう。異邦人であるはずのエアリスからしても、そんな郷愁を抱いてしまうのか。
こいつってばなかなか感受性が豊かな奴なのかもしれないな。
案外芸術家肌というか、そういう方面が向いてたりして。
「…………」
僕が地球に帰ってきたのには目的がある。
全てはセーレスを助け出すためだ。
でもそれは僕だけの問題であって、エアリスにまでそれを背負わせるのは違う気がする。
自分の身を犠牲にしてまで、僕という存在を地球へと送り出してくれた彼女を放っておけず、つい地球へと連れて来てしまった。
つまり僕にはいわゆる彼女に対する『責任』というものがあるのではないだろうか。地球で必要なもの――特に住む場所や食べるものを彼女に対して保証する責任が僕にはあると思う。
責任。
重い言葉だ。
今の今まで避け続けてきた言葉でもある。
大人になれば、多かれ少なかれ誰もが持つものだが、ニートである僕にはずっと関係のないものだと思っていた。
でも、エアリスに対しては責任を果たすというは、そこまで嫌なものではない。
彼女に対して責任を取ることは決して怖いものではない気がする。
むしろ己を犠牲にするほどの献身を見せた彼女に対しては、僕も何某か恩返しがしたいと、そう思ってすらいるのだ。
(でも、確かに住む場所は必要だ。セーレスを探すにしてもまず自分が生活していかなくちゃならない。そうすると働いてお金を稼ぐ必要があるけど――)
そこまで考えたとき、僕は不意に思い出してしまった。
今まで考えないようにしていたけど、一度意識してしまえばもう無理だ。
そういえば今のエアリスってば――全裸なのだった。
「なんだ、どうしたタケルよ。私の顔になにかついてるのか?」
僕は思わずエアリスを見つめる。
相変わらず恐ろしいほどに整った顔立ちである。
月の光を閉じ込めたような琥珀の瞳になめらかな褐色の肌。
そして先程から意識して視界に入れないよう心がけていたが、今の彼女は全裸である。服は全て燃え落ちてしまっていた。
「本当にどうした? 顔が赤いぞ? 熱でもあるのか?」
「いい、大丈夫だ。というか手を挙げるな。額に触って熱を測ろうとしなくていいっ!」
「……なぜ私を拒む? 先程は近くなったお互いの距離が、今は遠くなった感じがするぞ……」
エアリスは俺の腕の中でしゅんとした。
裸になったことで心まで無防備になったのか、今の彼女はとてもしおらしく素直になっているようだ。
でも仕方ないだろう、今のエアリスはその豊満な乳房を自らの手で隠すしか無いのだ。僕の熱を測ろうと手を動かしたら、色々と見えてしまうじゃないか。
いや嘘だ。本当はもう見えた。
薄いピンク色のわりと大きめの乳輪が――
「僕はセーレスを助けるっ!」
「ッ、どうした急に大声で。貴様の目的は私も承知している。気がはやるかもしれないが焦りはよくないぞ?」
そうじゃないんだ。
ごめんよセーレス。僕はキミ一筋だから、エアリスのおっぱいを見てしまったことは偶然であって、決して浮気ではないからね。でもセーレスよりも遥かに大きかったなあ――
「違うっ、そうじゃないッ!」
「タケル、しっかりしろ、そんなに目を固くつぶり首を振ってどうしたのだっ!?」
挙動不審な僕に、ますます心配したエアリスがあたふたとする。
でもその度に色々刺激的な姿が目に入ってしまい、しばらくの間僕は煩悩と戦うハメになってしまった。はあ……。
*
間もなく地球の重力圏だ。
宇宙空間にいたとき、使える四大魔素は皆無だった。
唯一使えたのは風の球体の内側に取り込んだ空気のみであり、これは軌道を修正するためのエアーとして噴射し続けていた。
残りの酸素の量と、エアーとの兼ね合いが心配だったが、空気が尽きる前になんとか僕らは地球へとたどり着くことができた。
まるで見えない巨大な腕に包まれたように、僕らは地球へと吸い込まる。
断熱圧縮で周りが赤く燃えている。
でももう安心だ。
地球が近くなったということ、僕らが魔法で使える四大魔素も豊富にあることを意味する。
エアリスが風を操作し、更に強固に球体を維持する。
やっぱり
地球でやることは山積みだ。
セーレスを探さなければならないし、そのためには先程も言った通り衣食住の確保が必要不可欠になってくる。
ラエルのような都合のいいパトロンもいないし、自分自身で稼いで行かなくてならない。エアリスには――できればお金を稼ぐ苦労などしてほしくはない。
そしてできれば、彼女にも地球のことを好きになってもらいたい。
でもそのためには何よりも真っ先に必要なものがある。
それは――
「タケルよ、実は先程からずっと疑問に思っていたのだがな」
「うん、何?」
「この青くて丸いものは一体何なのだ?」
「…………」
「あとさっきまで私達がずっといた、真っ暗な空間はなんだったのだ? どうして今はこのように周りが赤く炎に包まれているのだ?」
「………………」
「む、どうしたのだ、そんなに難しい顔をして見つめてくるな。て、照れるではないか……」
「いや、あとで全部説明するから。うん……」
多分、今のエアリスに真っ先に必要なのは、『教育』なのだと僕は痛感するのだった。
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