第26話 死と再生と誕生② 平穏の終わり
「嫌な奴らが帰ってきやがったな」
いつもとは違う時間、いつもとは違う取り合わせ。
僕とパルメニさんという珍しいコンビが食堂に入ってきても、ロクリスさんは特に冷やかすようなこともなく、当然のように迎え入れてくれた。
パルメニさんは慣れた感じで僕にカウンターの席を進め、隣に座る。ロクリスさんが木製の湯呑に入ったお茶を僕らに出しながら、渋い顔で「やれやれ」と溜め息をついた。
「ホント、他種族排斥運動の気運がまた高まりそうですね」
「ああ。まさか本当に魔族の領地に進撃して、根源貴族をとっ捕まえてくるとはなあ」
ふたりはどうやらおじさんと姪っ子という関係にあるようで、パルメニさんはよくここに食事に来るらしい。だがどちらかと言えば親子程も歳の離れた友人みたいな感じだった。
「ギルド経由の情報によると、ヒルベルト大陸までは進軍していないらしいです。テルル山地を越えた辺りで戦闘になったとか」
「じゃあ、やっぱりあの男は魔族種なのか?」
「みたいですね。
「あの男ひとりを捕まえるのにか。そりゃあ魔族種だわなあ」
なんとか情報を集めようと、拙いヒアリング力でふたりの会話を聞いていると、僕の難しい顔をロクリスさんが勘違いする。
「おう、オルソン茶は嫌いだったか?」
「い、いえ、平気、です」
フーフーっと湯気を立てるお茶を冷まし、ズズっと一口含む。
苦い。いや、かなり苦いぞ。抗菌作用がすごそうだ。
パルメニさんは気にならないのか慣れているのか、全く顔をしかめることなく罰ゲーム級のお茶をグビグビ飲んでいる。この世界のヒト達って……。
食堂には、僕ら以外に客はいなかった。
みんな大通りの市中引き回しを見物しているのだろう。
いつも掃除をしている、看板娘というにはいささか年かさの女中さんも見物に出ているそうだ。
つい先日、晴れて店のメニューに登場したオムレツはかなり好評のようで、特に町の女性たちの間ではちょっとしたブームになっているらしい。
パルメニさんにだけは考案したのが僕だと教えられたようで、大はしゃぎしていた。
「あ、の」
話し込みながらだんだんと普通の世間話にシフトし始めたふたりの会話に割って入る。
「アークマイン、教え、ください」
「ん、アークマインを知らねえのか?」
「東國の方ではまだ珍しいかもしれませんね」
僕の無知をふたりはいいように解釈してくれたようだった。
「
他種族排斥。その言葉を聞き、僕の頭の中に警鐘が鳴り響く。
「でもよ、今の教皇様になってから聖都は尋常じゃなく繁栄してるっていうぜ?」
「そうですね。ついに王都に並ぶ100万人都市になっちゃいましたしね。今回の魔族種討伐と併せてまた信徒が増えそうです」
目の前のカウンターに再びオルソン茶が差し出される。
無骨なカップを手に取り一口啜る。さっきよりも格段に苦い味がした。
「なんでも聖都に住まうことを許された信徒にはもれなく神の祝福が受けられるって話です。それがどんなものなのかはよくわかりませんが……」
「祝福だって? どうにも胡散臭く聞こえるな。聖都への移住条件もお布施を積みゃあいいだけなんだろう。金で買える祝福なんて神の奇跡と言えるんかね」
厨房側の丸椅子に座り込み、ロクリスさんも茶を啜っている。
もう間もなく昼時だというのに客がやってくる様子はまるでない。
ふたりの会話に耳を傾けながら、僕の心臓は爆発しそうなほどの早鐘を打っていた。
何か、何かを忘れていないか。
僕は今日より以前に、どこかでアークマインの名前を聞いてた気がする。
それは何処だった? 一体何処で――
「これからどうなっちゃうんですかねえこの町……」
天井を見上げながら、パルメニさんがぽつりと言う。
「さあな。今回のことに気をよくして別の魔族種にも手を出すんじゃねえのか。魔族種だけじゃねえ、魔物族や獣人種、
そうだ。
僕が初めてセーレスと出会った日の翌朝。
けたたましくスマホのアラームが鳴り響いたことがあった。
その時、彼女は血相を変えて言っていたのではないか。
そんな不思議なものを持っていたらアークマインが来る――と。
「やめてくださいよ。そんなことになったらまた人魔大戦がはじまっちゃうじゃないですか。今回の討伐遠征だってかなりの方が亡くなったって言うし」
「ああ、それにゃ俺も同意見だが……。おい、ナスカ、どうかしたか?」
僕は暴れる心臓を落ち着けるように深呼吸し、今最も聞かなければならないことを問うた。
「パルメニ、さん」
「はい、何ですか?」
「最初、登録の日、エルフ、って……」
「え、ああ、はぐれのハーフエルフさんのことですか。そうですね、一応領主様から不干渉通達は出てますが……、最近あれですよね?」
パルメニさんがロクリスさんを見やる。ロクリスさんは頷いた。
「ちょくちょく噂は流れてるな。いよいよらしい」
「噂……? いよいよ……?」
まったくわからない。なんだ、リゾーマタの領主がどうなると、セーレスがどうなるのだ?
「現在の領主様はここ数年ずっと病に臥せってらっしゃるんです。最近は特にお体が思わしくないようで、いよいよかもって」
つまり、領主が死ぬかもしれないってことか。
セーレスに干渉しないようにしていたヒトが死んでしまう、のか。
「男児に恵まれなかった領主様は、ご長女様がお世継ぎを産むまで継承を保留されていたのですが……」
「無理だろう。あのごうつくの行き遅れを娶ろうなんて勇者、そうそういるもんかよ」
「ちょっと、滅多なこと言わないでくださいよ。まあ、そんなわけで次の領主様はそのご長女様が代行するのがほぼ決定で、そのご長女様は敬虔なる
「ああ、やだやだ。あんなのが領主なんてよ。この町もいよいよおしまいかね」
新しい領主は他種族排斥派?
それじゃあ今までセーレスに不干渉だった扱いはどうなってしまうのか――
ガダン、と椅子を押し倒し、僕は立ち上がった。
「すみ、ません、僕、用事、あります」
「あ、タケルさん、背負い籠!」
パルメニさんの声を振り切って、僕は食堂を飛び出した。
嫌な予感がする。
――大金星を掲げて町に戻って来た
――寿命が尽きようとしているリゾーマタの現領主。
――次の領主は他種族排斥を掲げる
セーレスは今日一日、あばらやの方で先日耕した庭の畑に野菜の種を蒔くと言っていた。今は一人っきりのはずだ。
「はあっ、はあっ、はあっ――セーレス!」
これまでの平和が唐突に、理不尽に打ち破られそうになっている――気がする。
嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ……!
こんなことは初めてなんだ。
僕のちっぽけな人生で、自分より大切な存在が初めてできたんだ。
もしそれが失われてしまったら。
もしもセーレスの身に何らかの危険が迫っていたら――
「そんなの、絶対に嫌だ――!」
お祭り騒ぎの町を後にし、僕は全力で街道を駆け抜ける。
酸欠に喘ぎながら、それでも足を動かし続ける。
何度も何度も最悪の想像をして、その度に目の前が真っ暗になる。
足が止まりそうになる。
その度に自分を奮い立たせてひた走る。
ようやく僕は、森の中のあばらやへたどり着いた。
そこには見慣れない馬が一頭と、銀色の甲冑を纏った騎士とセーレスの姿が――
「セーレスッ!」
自分でもビックリするほどの大声が出た。
騎士の奥にいたセーレスは僕の声に目を見開き、翡翠の瞳から大粒の涙を零した。
クタクタだったカラダに力が宿る。一気に彼女の元へ駆けつけ、背中に庇う。
「タケルっ」
「セーレスっ、早く、逃げてっ……!」
だが彼女はゆるゆると首を振った。
「ちがう、大丈夫、だから」
「え?」
目の前の騎士――、銀色の甲冑を纏っていたのは、白髪交じりの老騎士だった。
馬の
彼は僕とセーレスを見比べ、目を細めたあと、慇懃に頭を下げる。
そして馬に跨がり行ってしまった。
「
あの紋章はリゾーマタ領主の紋章だった。
つまりあの老騎士は領主の使いということになる。
「セーレス、一体何が――」
僕は振り返ることはできなかった。
セーレスが背後から僕を抱きしめていたから。
僕の背中に顔を埋め、彼女は声を殺して泣いていた。
そしてポツリと呟く。
「お父、さん、死んじゃった」
「え?」
僕達の平穏は終わりを告げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます