死と再生と誕生編

第25話 死と再生と誕生① アークマインの帰還

 全てが夢みたいな生活だった。

 見たことも聞いたこともない世界で目覚めて、セーレスに出会った。

 彼女と過ごしたここでの生活は、本当にあっという間だった。 


 最近、夜になると思うことがある。

 もしかして地球にいた頃の方が夢だったんじゃないだろうかと。


 だって初めてだったから。

 誰かに必要とされ、ここに居て欲しいと、僕の力を貸して欲しいなんて言われたのは。地球にいた頃は考えられなかったことだ。


 僕はセーレスとずっと一緒にいたい。

 この気持は日増しに強まっていく。

 例え僕以外のヒト種族が彼女を嫌っても、僕は彼女の側に居続けたい。そう思う。


 僕はきっともう地球には帰れない。

 帰るつもりもない。

 彼女が待つ森のあばらやが、僕の帰り着くべき家なのだ。


 ブーン、と、最後の力を振り絞るようにスマホが振動した。

 残りの電池残量が2%を切ったのだ。

 約一ヶ月ぶりにスマホを起動すると、電池は殆ど残っていなかった。

 最後の日記をしたためて保存する。


 いつか思った。

 このスマホが僕が地球にいた証であり、もしかしたら帰るための切符なのかもしれないと。

 結局それは、片道切符だった。


 もう見返すことは決してできないけど、この日記を最後にスマホは捨ててしまおう。

 セーレスの目の前で壊すのもいいかもしれない。

 間もなく、僕がこの魔法世界に来て三ヶ月になろうとしていた。



「おは、よ。タケル」


 目を覚ますと、笑顔のセーレスが目の前にいた。

 鼻先がくっつきそうなほどすぐ近くで、微かな吐息が僕の顔をくすぐる。


 いつの間にか、僕とセーレスは、夜一緒に寝るのが当たり前になっていた。

 もちろん、僕の方からどうこうする度胸はまだなく、いつもセーレスに翻弄されている側なのだが……。


 そんなふたりの同衾に、最近また変化があった。

 この間までなら、僕よりも先に目覚めた彼女は、きちんと身支度を整えてから僕を起こしてくれていた。


 寝ている間、僕を抱き枕にしていたことなどお首にも出さず、全てをリセットしてから僕らの朝は始まっていた。それが今ではこの有様である。


 夜が明けきらない薄闇の中、セーレスの腕に包まれ、甘やかな囁き声で目を覚ますという。それはたまらなく甘美なひと時で、僕はまだ自分が夢の中を彷徨っているのではないかと錯覚する。


 はだけた彼女の白い肩とか、額にかかった前髪だとか。

 完全に気を許した者にしか見せない寝乱れた姿。

 僕はそんな姿を見せても構わないと、それくらい彼女に信用されつつあるのだ。


「お、おはよう……」


 セーレスの顔がまともに見られない。

 顔が急速に赤くなっていくのがわかる。

 そんな僕のことなどお構いなしに、セーレスはハグをする腕に力を込める。


「ちょ、ちょっとセーレス、離れて……!」


「んん、どう、して?」


「いや、どうしてって、恥ずかしいし」


「はず、しい?」


「そ、そうそう、セーレスは恥ずかしくないの?」


「私、は、うれしい」


 男の純情を弄ぶ綺麗な笑顔を浮かべて、彼女は僕の頭の天辺に唇を埋めて来る。

 僕は硬直し、何も出来ないまま彼女にされるがままだ。

 だが今に見ていろよ、絶対そのうちキミに色々やり返してやるからな……!


 *


 本日はもう何度目になるのか、町へと買い出しに行く日である。

 いつものように、ここ数日で集めたギルバレルの葉とオルソンを入れた背負い籠を携え町へと向かう。


 だが、その日はいつもと町の様子が違っていた。

 町の中を横断する東西の街道。

 その両端では市が開かれ、かなりの人で溢れている。

 だが今日に限ってそれは、いつもの買い物客たちではなく、野次馬なのだと分かった。


 巨大な車輪が付いた山車のようなものが牛歩の速度で町を練り歩いていた。

 その天辺の台座に、支柱に縛り付けられた一人の男の姿が見える。

 僕は息を呑む。


 男は全身がハリネズミのようになっていた。

 剣、槍、弓、全身余すことなくあらゆる箇所、当然頭部にも矢が突き刺さっている。


 両脇を銀色の鎧を着込んだ騎士風の男たちに囲まれ、同じく銀の鎧を着込んだ騎士たちが山車を引いている。


 その異常な光景を前に、人々は興奮の最中にあるようだった。

 耳をつんざくような、悲鳴にも似た歓声があちこちから上がる。

 中には涙を流し、騎士たちに手を振る者までいた。

 何だ、何なんだこれ――


 一人の男の死体をあんな風に晒し者にして、それなのにみんな、なにをそんなに嬉しがっているんだ――!?


「タケルさん」


 後ろから肩を叩かれた。パルメニさんだった。


「すみません、お姿が見えたものですから。大丈夫ですか、お顔が真っ青ですよ」


「いえ、平気、です」


 僕は再び山車の上、磔にされている男の方に目をやった。

 生きているのか死んでいるのか。

 いや、死んでいるだろう。全身を串刺しにされているのだ。生きている方がおかしい。


「これ、なんの、騒ぎ、です……?」


「アークマインです」


「え?」


「人類種神聖教会――通称アークマイン。大討伐遠征から帰ってきたんです。魔族種の根源貴族を生け捕りにして」


 アークマイン。どこかで聞いたことがある名前だ。それよりも――


「生け捕り、って、生きてる、です?」


「ええ、ウソか本当か、根源貴族の王様・・・・・・・を生け捕りにしたそうですから。多分、アレくらいじゃ死なないでしょう」


 魔族種。以前セーレスに教えてもらった知識を思い出す。

 確か絶大な魔力を持った種族で、全ての魔族は27しかない根源貴族の係累に連なっているという。


「あそこにいる魔族は龍神族の長で、係累を一切持たない単独の長命種だそうです。復讐される心配もない魔族をわざと選んだんでしょうね」


「あ、う」


 パルメニさんはわずかに目を細めるだけで、この異常な光景を受け入れいているように見える。


 僕は、情けないことに震えていた。

 男の有様もそうだし、こんな状況で喜んでいる町の人達にも、僕は多大なショックを受けていた。


「タケルさん、ロクリスさんのところに行きましょう」


「え?」


「この騒ぎのせいで冒険者ギルドも開店休業状態です。せっかく来てもらって申し訳ないですが、本日は査定もできそうにないんです」


 私が奢りますから、と少しだけいつものパルメニさんに戻って彼女は笑った。

 僕はパルメニさんに手を引かれ、喜色を浮かべる人々に背を向けた。

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