第19話 町へ行こう⑦ 帰還と安堵

 夕餉の匂いを漂わせ始めた町を離れる。

 長く尾を引く影を踏みしめながら、彼女の元を目指し斜陽の中を歩いて行く。

 しばらく進むと右手に鬱蒼と茂る森が見えてくる。

 街道を外れ、森辺を撫でるように進んでいく。


 セーレスは――居た。

 大きな大樹の根本、長い芦に埋もれるようにうずくまっている。

 抱えた両膝の上に頬を載せ、セーレスは静かに寝息を立てていた。


 可哀想に。

 待ちぼうけて寝てしまったのか。


 赤い木漏れ日がさわさわと風に揺れ、彼女の金糸の髪を優しく撫でている。

 そうしていると本当に、高尚な一枚の絵画を見ているような気分になってくる。


 どうして。

 どうしてこんな綺麗な子が、皆から嫌われなければならないのか。

 この地域の領主自らが触れを出し、禁忌としなければならないのか。


 彼女はいつから森辺に住んでいるんだろう。

 彼女はいつからずっとひとりぼっちなんだろう。


 彼女は自給自足で暮らしていて、なんでもひとりで出来て。

 僕とそう歳は変わらないように見えるのに、誰にも頼らず生きている。

 引きこもりだった僕なんて、ただ学校に行かないというだけで多くの人に迷惑をかけていたのに。


 彼女はすごい。彼女はかっこいい。

 大人に頼らず生きている彼女が眩しくてしょうがなかった。

 僕は――そんな風に、自分の都合のいい部分でしか彼女を見ていなかったのだ。


 今思えば、彼女が僕を助けて引き止めてくれたのも、もしかしたら――


「タ、ケルぅ……」


 ドキッとする。

 寝言だった。

 花の蕾のような薄桃色の唇が僕の名前を呼んだのだ。

 目尻には涙がじんわりと浮かび、ポロッと一滴こぼれる。

 僕の喉の下――胸の上辺りがキュウっと締め付けられた。


 勘違いでなければ。

 僕がこの魔法世界で生きていくためにセーレスが必要だったように。

 彼女にもまた、僕という存在が必要だったのかもしれない。


 僕は背負い籠を下ろし、彼女の前にそっと跪く。

 そして、名残惜しさに手をしばらく彷徨わせたあと、繊細なガラス細工に触るよう優しくその肩に触れた。


「んぅ」


「セーレス、セーレス」


 長いまつ毛が震え、やがてゆっくりと瞼が開かれた。

 ぼんやりとしていた翡翠の瞳がゆるゆると僕を捉える。


「ただいま」


 僕がそう呟くと、はっ――と大きく目が開かれる。


「タケル!」


「はいは――わッ!」


 いきなり押し倒された。

 彼女は必死に僕を掻き抱き、子供みたいに頬をすり寄せてきた。


「ま、待たせてごめんね。ほら、真っ暗になる前に帰ろう」


「もう少し、する」


 そう言ってセーレスはぎゅうう、とかなり強い力で抱きついてくるので、僕はずいぶん落ち着かない気分になるのだった。

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