第427話 立てるよりは折る方が得意ではあるんだけど

 期待が胸の中で膨らんだけど、それは一瞬にして萎んだ。


「ああ、でも先に『縁切の鋏』を探してこないといけないけどね」

「え? 捜す?」

「そう。何処かの人工迷宮に収められたんじゃなかったかな? あれ、使い方を間違えると精霊殺しの道具になるから」


 イゴール様の言葉に、姫君も頷いておられる。

 あれ? 姫君もその鋏の事はご存じなんだろうか?

 お尋ねする前に、姫君が団扇をひらひらさせつつ口を開かれた。


「アレはそもそも妾がとある機織り女にやったものじゃ」

「姫君が……?」

「うむ」


 姫君のお話によると、昔々のそのまた昔、腕も器量も中身もいい機織りの娘さんがいたそうで。

 その娘さんは会心の出来の反物があると、まず姫君に捧げたらしい。けど、特に姫君にお願い事をする様子もなかったそうだ。

 でもそんな娘さんがある時「悪縁を断ち切りたい」と、姫君に願掛けしたとか。

 今までそんな事なかったのに、初めてしたお願いが「縁切り」っていうのは、姫君も尋常じゃないと思われた。

 それで彼女の様子を見ていたら、彼女の住まう国の貴族の馬鹿息子が、どうも権力にあかせて彼女を自分の愛人にしようとしていたそうだ。

 そりゃ嫌かろう。彼女には言い交した幼馴染がいたんだから。

 だから姫君は日頃の供物の返礼に「縁切の鋏」を彼女に授けられたんだとか。


「それが何故、人工迷宮に収められたんですか?」

「神器であるからのう。持っているだけでそれなりの加護があったのじゃ。故に神殿に納められ、その神器が収められた神殿を守るために迷宮が築かれたということよ」

「ああ、なるほど……」

「今は詣でる者もおらぬ故、モンスターの巣穴になっていよう。神器には我ら神の威が宿っておる故、それに惹かれて集まって来るのじゃ。強い力を受け入れれば、自身も強化されるのは人間も魔物も同じことであるからのう」

「ははぁ……」


 感嘆というか、今更ながらに世間は何処かで繋がっているんだなと実感する。

 でもその奥深さに驚嘆するより、しなくてはならないのが思考の整理だな。

 識さんとノエくんの目的は恐らく遂げられる。

 神様になり損なったヤツを倒すことも、識さんの中から武器を取り出すことも。

 優先順位はなり損ないを倒すことで、中の人達のことはその後になるんだから、縁切の鋏の眠る人工迷宮の精査に関してはまだ時間があると思っていい。余裕はある。

 いつも通り、準備をしてすべからくことなすだけだ。

 ぐっと拳を握ると、イゴール様に頭を撫でられる。


「その意気その意気。ムリマには僕から話を通しておいてあげるよ。彼にも僕は加護を与えているからね。協力してくれるさ」


 ぱちんっとウインクが飛んでくるけど、イゴール様みたいな美少年オブ美少年がやると様になるから怖い。


「さて、とりあえずの話は終わった。また何かあれば遠慮のう尋ねるがよい。妾は臣下には寛大故な」

「はい、ありがとうございます!」


 お礼を申し上げて腰を折れば「ではの」と「じゃあね」と言うお言葉が聞こえて、空が薄っすら光る。

 少し間を開けて頭を上げると、奥庭にはもう私だけしかいない。

 気をかけてもらえているのが解る。そうすると私は少しくすぐったくなるんだよね。

 そのくすぐったさを胸に自室へ帰ると、そこには源三さんが訪ねて来ていた。


「あれ? 源三さん、どうしたの?」

「レグルス様の事で、少しお話したいことがありまして……」

「レグルスくん? 今お出かけしてるけど」

「はい。存じておりますじゃ」


 扉の前で立ち話もなんだから、執務室の中に入って、ソファーにかけてもらう。

 源三さんの表情が硬い訳じゃないから悪い事ではないんだろけれど、なんだろうな?

 視線を向けると、源三さんがゆっくりと話し出した。


「もう旦那様はご存じじゃろうが、儂の流派は『無双一身流』と号しましてな」

「凄い使い手だったとお聞きしてますよ。そんなお師匠さんを得られて、私もレグルスくんもとてもありがたく思ってます」

「なんもそんな風に思われる事はしておりません。儂は先々代の奥様への御恩返しとお約束を果たしておるだけですじゃ」


 穏やかに首を振る源三さんの目には、懐かしさと深い情が籠っていた。

 あの手記を見て以来、正直に言えば祖母に対してモヤモヤがない訳じゃない。でもあの人はあの人で、藻掻いて足掻いて生きたんだろう。少しでもより良い明日を目指して。

 その結果、こうしてあの人を慕う人が、私を助けてくれている。それは感謝しなきゃいけない事だ。

 軽く私が頷くと、源三さんは話を続ける。


「実は無双一身流には、免許皆伝の折にすべき儀式のようなものがありましてなぁ」

「儀式ですか?」

「はい。いや、危ない事ではねぇのです。単に師匠から免許皆伝を許す弟子に『これからの道は己で拓け』と言う意味で刀を授けるというだけで」

「そうなんですね。刀を……」


 首打ち式と似たロマンを感じる儀式だな。

 でもそれで私に話ってなんだろう?

 疑問に思ったけど、話は続くようで。


「それで刀を儂の方で用意させてもらっても構いませんかのう?」

「え? それは構わないですが……刀ってお高いんですよね?」


 こういう時費用云々いうのは無粋の極みなんだろうけど、武器って本当にお高いんだよ。特に上物になればなるほど、材料に輸送費に人件費に……色々積み重なって、家一軒買えるくらいのなんてざらだ。

 余計な事かも知れないけど、それで源三さんの家計がひっ迫されるとかは困る。

 そんな気持ちで聞いてみたんだけど、源三さんが苦く笑った。


「大丈夫ですじゃ。前にもお話しましたが、一人暮らしの爺には過ぎるほどいただいておりますでのう。そうでなくともレグルス様には、儂が師匠からいただいた刀を引き継いでもらおうと考えておりますじゃ」


 本当に余計な心配みたいで、ちょっと恥ずかしい。

 こういうことに対する気遣いの仕方の未熟さが、やっぱり私はまだ子どもなんだと思う。

 それでも源三さんは気を悪くした様子もない。

 ほっとしつつ、気になった事を聞いてみる。


「源三さんがお師匠様からいただいた刀……とは?」

「無双一身流の奥義を極めた時、免許皆伝を許されましたじゃ。その時に儂も師匠から刀を授かりましたがのう。それは師匠が使っていたものだったのです」


 無双一身流の免許皆伝時、師匠から弟子に渡される刀は決まって新しくその者のために打たれた刀だった。

 それなのに、何故か源三さんの師匠は彼に自身が愛用する刀を渡したという。


「それは師匠が更にそのお師匠様より授けられた刀だそうでしてな。技と共に志と魂も受け継いでほしいと、真に自身の後継者と思う人間に奥義諸共受け継いでほしい逸品なのだと言われましたじゃ」

「そ、そんな大事な物をレグルスくんに!?」

「レグルス様だからこそ受け継いでほしいのですじゃ」


 穏やかな源三さんの言葉が胸に染む。

 そこまでレグルスくんの才能を磨いてくれた人が言ってくれるなら、私に否やは無い。

「ありがとうございます!」と頭を下げると、源三さんは慌てて私に頭を上げるように言う。


「いや、もし旦那様が刀をレグルス様に誂えなさる事があったら……と思いましてな。何十年と寝かせておいた代物じゃが、手入れは欠かさずして来ましたでのう。あの名工・ムリマをして『これの手入れを出来るのは幸せなことだ』と言わしめる業物じゃ。きっとレグルス様のお力になれると思いますぞ」

「え!? ムリマさんが!?」

「はい! うちに来るたび『手入れさせろ!』と煩いぐらいですじゃ」


 それって凄い刀って事じゃん。

 でも私が絶句したのって、実はそこじゃないんだ。

 神様方の話にもムリマさんが出て来たし、今だってムリマさんの話が出た。

 これって、会えるフラグ立ってるんじゃないの!?

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