第426話 華麗なる大三角形
識さんとエラトマの出会いは唐突なもので、二人にしてみれば曲がり角で正面衝突したくらい急な事だった筈だ。
何がどうしてそうなったのか解らないけど、識さんを宿主に選んだエラトマは、完全な意味で識さんを寄生先には出来なかった。
識さんが追い詰められて発揮した強さが、それを阻んだからだ。
そして現在では識さんの方がエラトマの手綱をはっきりと握っている。
だからってエラトマは識さんに完全服従している訳でもなく、彼女もそれは解ってて放置している感があった。
それだけでなく、識さんとノエくんは用事が済んだら、フェスク・ヴドラの中の人達を解放したいと望んでいる。
共生している年月で何があったか知らないが、識さんは持ち前の気の強さでエラトマに何度もぶつかって行ったのだろう。識さんがエラトマに無茶ぶりしていたとは、ノエくんの言だ。
案外識さんとエラトマは良好な関係なのでは?
でも識さんが初めてエラトマの姿を見せてくれた時は、物凄く怨嗟の念を垂れ流していて、それが原因で識さんはエラトマに教育的指導を食らわせたんだっけ。
なんでそんな関係で「嫌よ嫌よも好きのうち」になるんだろう?
本当に解らん。
物凄く悩んでいると、姫君が呆れたような声を出された。
「なんじゃ、まだ解らんのか。この朴念仁は!」
「えぇ……、そんな事仰られても……」
姫君に詰め寄られていじいじと指を動かしていると、イゴール様が「まあまあ」と割って入ってくださる。
それから悪戯っ子のように笑って、イゴール様が私の頭を撫でた。
「まだ鳳蝶は子どもなんだからさ。それにこの子の中には多分そう言う発想がないからだよ」
「むぅ……まあ、言われてみればそうよの。こやつはそう言う発想にはならんか」
姫君もイゴール様の言葉に納得されたようで、ひらひらと団扇を振る。
発想がない、とは?
また謎な言葉が出て来て困っていると、姫君が大きく息を吐かれた。
「そなた、好いた娘の気を引きたくて、わざと意地悪な振舞いをする子どもの話を聞いた事はないかえ?」
「……そういう事は聞いた事がありますけど、それって逆効果じゃないですか。気は引けても意地悪したら嫌われます」
「それが解らん者は大人になっても中々に多いのじゃ」
あれ、私には意味が解らないんだよね。
されて嫌なことをしたら、やっぱり嫌われるんだよ。一時的に注意は引けるかも知れないけれど、それは警戒対象やら拒否対象になるだけだ。
それで意地悪してきた人に「実は貴方に対して好意があって、注意を引きたくてやったんだ」って言われたって、「いやいや、私は貴方の事大嫌いですけど?」ってならない? なるだろう。
あと、その嫌なことをして気を引くっていう行動を容認する大人も嫌なんだよね。
「あれは貴方の事が好きで、注意を引きたくて意地悪してるだけなんだから許してあげて」とか。
ばっかじゃないの?
嫌がらせされることを、どんな理由があっても容認なんかできる訳ないだろうが。相手が子どもだからって適当ぬかすな。
……って、今世でそんなこと私に強要する人はいないけどね。
それにしたって、それと識さんとエラトマの関係がどう繋がるかが全く解らない。
益々困っていると、姫君がくっと唇を楽しそうに引き上げられた。
「今のあの輩は、その娘の気を引こうとして軽い愚痴を零しておるのではないか?」
「へ?」
きょとん、だ。
意外過ぎる姫君の言葉に、私は目を点にする。
え? だって、識さんとエラトマって、主導権争いでガチンコでやり合ってるんだよ?
それで、嫌よ嫌よも好きのうちって……?
は?
「いやいやいやいや、ないでしょう!?」
「そうじゃろうか? 文字通り命がけで、真正面からぶつかり合った同志ならば、なにやら余人に解らぬ心の動きがあってもおかしくなかろう?」
「でも、ですよ!? 識さんにはノエくんがいるんですから!?」
「あの娘はそうじゃろう。しかしその堕ちた輩の方はどうじゃろうな? あやつ、相当傲慢であったゆえ、我らに噛みつきおったのじゃ。じゃが、まともに相手をするものなぞおらなんだ。堕ちた時に付き従った精霊は稀有じゃが、まともに正面から全身全霊掛けてぶつかってきた娘。それも自身の精神支配を振り切った娘なぞもっと稀有ぞ?」
そうなんだろうか? そうなのかな……。
姫君の熱意の籠った説明に、私は思わず納得しかける。
まあ、そうか。
命とは言わないけれど、武闘会で殴り合ったエストレージャのロミオさんとバーバリアンのジャヤンタさんも、色々と友情が芽生えているもんね。
それが男女ならもしかしたら、もしかするかも……。
いや、でも、そんな……?
前世から引っ張り出しても情報が少なすぎて、やっぱり腑に落ちない。
どうにも怪訝そうな私の態度に、イゴール様が苦笑いを浮かべた。
「そりゃ信じられないよね。でもほら、僕ら同じ神族以外の心は読めるからね。堕ちたヤツの心も、もう神族じゃないって事で読めるし」
「あ!」
「盗み聞きとか良くないだろうけど、アレだよ。次男坊に聞いてみたけど『別にお前の事なぞどうでもいいが、お前が身体を壊したらまた封印されかねないから大事にしろ』とか遠回しに心配するのって『つんでれ』って言うんだろう? 好きな人にツンツンするやつ」
「う、わぁ……」
えらいことを聞いてしまった。
はわわと無意味に照れてしまったけど、これって三角関係じゃん。だって識さんにはノエくんという保留ではあるけど、婚約者がいるんだよ。しかも二人とも、お互いに対してちょっと特別に思ってるところはあるみたいだし。
そこで私はハッとする。
「あの、それってもう一つの武器に封じられた精霊も知ってるんですか!?」
「え、あ、うん。知ってる。っていうか、どっちを応援していいやらって思ってるね」
「どういうことなのじゃ?」
「そりゃ契約者の男の子とも通じてるから、その子が気のいい子だって事も知ってるだろ? でも堕ちたヤツの事も主従だったから知ってて、その孤独を自分だけでは癒してやれないのも解ってる。ついでにあの女の子の事も、上司と自分を受け入れてくれてる恩人なんだから、幸せになってもらいたいって思ってて……っていう」
マジか。
何という絵にかいたような恋愛玉突き事故だ。
これ、何処かのバランスが崩れたら大惨事になるヤツじゃん!?
若干引き攣りながら「ひぇぇ」と呻けば、にこやかにイゴール様が爆弾を落とす。
「因みに、あの男の子の方は自分が契約した武器の方から、今の状況をちゃんと聞いてるみたいだよ。今時の男の子って、しっかりしてるよね」
「ひょえ!? じゃ、じゃあ、識さんも!?」
「あ、大丈夫。全然気づいてないから。アイツがグチグチいうのは最早挨拶だと思ってるし」
何という事だろう。識さんの鈍感力の素晴らしいバランサーよ。
想定も想像もしてなかった事を、しかもまったく得意じゃない分野の話を聞かされて、私のキャパシティーは軽くオーバーキル気味だ。
だけど姫君はその状況がお気に召したのか、凄く良い顔で団扇をパタパタさせておられる。楽しいんだろうな。私もこれがお芝居とかだったら、楽しかったかもしれない。悲しいけど現実なのよね、コレ。
内心で白目を剥いて今にも倒れそうなんだけど、現実は小動もしない。
もうそのどうしようもないところは、忘れよう。
そう決めて、私は改めてイゴール様に向き合う。
「あの武器は宿主と切り離すことって出来るんですか?」
「ああ、出来るよ。専用の道具がいるけれど」
「専用の道具、ですか?」
「ああ。『縁切の鋏』っていう、武器と宿主を繋げてる呪術の鎖を断ち切る鋏がある。それを腕利きの武器職人に奮ってもらうといいよ」
例えば、ムリマみたいな職人に。
つなげられた言葉に、私は息を飲み込む。
あの憧れのムリマさんに会える、かも!?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます