第425話 業が深いのはどちらも同じ
そんな騒動というかがあって、お昼。
遅めの昼食を食べた後、私は奥庭に来ていた。
姫君からのお呼び出しがあったから。
ヒラヒラといつぞや差し上げた折り紙の蝶が執務室にやって来て『奥庭で待つ』と伝言を置いて行ったんだよね。
本来姫君がおいでになる筈の日ではないから、多分アレの事だろうな。
当たりをつけて奥庭に行けば、姫君がいつものようにふよふよと野ばらの生垣近くに浮いておられた。
「お召しにより参上致しました」
「うむ。解っておろうが、生ける武器とやらの事じゃ」
「は、ありがとうございます」
跪くと、姫君が緩やかに薄絹の団扇を動かされる。その艶やかな唇が、ほんの少しへの字になった。
「そもそも武器などという無粋なものは妾の範疇外の事じゃ。である故、詳しい者を連れて来てやった」
「え?」
驚いていると、突然空が光る。
これの登場の仕方には覚えがあったけど、今日は呼び鈴は鳴らされないっぽいな。
「だって直接奥庭に来いって言うから!」
そう言いつつ光の中から現れたイゴール様は、姫君に視線を向けた後肩をすくめた。姫君は知れっとそのイゴール様の視線を無視してる。
この辺りの力関係は面白いんだけど、きっと深く聞かない方がいい事だな。
だけどウチのメイドさん達、イゴール様が呼び鈴を鳴らして御来訪くださるものだから、あの音がすると皆一斉にそわっとなるんだよね。
宇都宮さんなんか近くにいたら、一目散に玄関に早足で行くんだもん。
「あー、あのメイド少女ねぇ。そそっかしい所もあるけど、一生懸命で僕は良いと思うよ」
「ありがとうございます。宇都宮本人にも伝えておきます」
「うん。ごっこ遊びのお付き合いも頑張れって言っといて」
「ごっこ遊びですか?」
「うん。菊乃井戦隊とかいうやつ。凄く本格的だから上から見てて楽しいんだ」
「はぁ、そうなんですね。存じませんでした」
そっか。
レグルスくん、たしか奏くんと紡くんとアンジェちゃんと宇都宮さんとで、ご当地戦隊遊びしてたんだっけ。
そんなに本格的だとコスチュームとかもほしくなるかも知れないな。今度時間ある時に聞いてみようか。
和やかに話していると、ひらっと絹の団扇がイゴール様に閃く。
「イゴール、遊びに来たのではないのじゃぞ」
「はいはい、解ってるよ。生ける武器の話をしに来たんだ」
「はい、よろしくお願いいたします」
姫君の言葉に、もう一度肩をすくめたイゴール様は「それでどういう事が聞きたい?」と、穏やかに尋ねて下さる。
「生ける武器ってそもそも何を目的に作られたんでしょう?」
「うん? あれは人間とか魔族とかエルフとか……沢山の種族が、他の種族を圧するために作ったんだよ。武器って言うより兵器だね」
「兵器……」
「そう、兵器。そういう意味で言うのなら、君と君が持っているプシュケはワンセットで汎用生物兵器だよね。自覚はあるだろう?」
「う、ま、まあ、はい。そういう事が出来るだろうなっていうのは……」
知っている。
やる気がないのはそう言う事態じゃないのと、帝国が現状これ以上の領土を求めたり、内戦が起こってる訳でもないからだ。
もしも帝国が覇権を欲していたり、内戦でゴタゴタしていたなら……。
プシュケは私とかなり距離が離れていても、中に溜めた魔力で稼働することが出来る。単独で敵陣に行って超広範囲攻撃魔術を空から下に放てば、まず避けられるものはいない。
制空権を取れば攻撃は簡単だけど、される側は人間にせよ他の種族にせよ、頭上から攻撃魔術が降って来る事を想定するのは難しいんだよ。
そういう意味で言えば、空を飛べるモンスターを使役できる魔物使いとか戦時には結構な需要がある。勿論それを打ち落とせる弓やスリングショットの名手や、バリスタ、カタパルトなんかも重宝されるけど。
空飛ぶ城だって、確認したら魔術砲門があったんだから兵器と言えば兵器だ。
無論そんな風に使う気も、使わせる気もないけどね。
なるほど。つまり個人使用ではなく大勢を殺すために、生ける武器は作られたのか。
何とも世知辛い話に眉を寄せる。
一方で、新たな疑問が沸いた。
なんで兵器に意思を持たせる必要があったんだろう?
首を捻る私に合わせたように、イゴール様も首を横にこてんと倒す。
「あのね、そこはちょっと違うんだ」
「へ?」
「別に意思を持たせようとか考えて作った訳じゃないんだよ。順番的に言うと、まず悪質な悪戯する精霊や祟りなす堕ちた神を宝玉に封印する技術が作られて、その後にその何某かが封印されている宝玉を利用した武器が作られたんだ」
「うん? じゃあ、生ける武器を作ろうとして作った訳じゃない……んですか?」
「そういう事。偶々武器に使った魔力が滅茶苦茶籠った宝玉の中に、何かが封印されていて、その何かが使用者に力を与えた、もしくは使用者が勝手に何かの力を引き摺りだしたってだけ」
「えー……、最初は偶然の産物だったんですか」
「そういう事。それをどうしてそうなるか研究して、技術として確立したのは、魔術師や鍛冶師だったっていう……」
面白いよね。
本当にそう感じたからだろうけど、イゴール様の満面の笑みと言葉に、思わず私は視線を明後日に向けた。
新しい技術を身に着けたり、誰もやった事なさそうな技術を作りだしたり、そしてそれが成功した時の楽しさは解る。
それに技術者が偶然を必然に変える努力をしたってのは、凄く褒められるべき事だと思うんだよ。
思うんだけど、何で武器なんて物騒な方向に行っちゃったし!?
もうちょっと安全な方面ヘはいけなかったんですか、ドちくせう!?
内心でウギウギしていると、イゴール様がその綺麗なお顔に苦笑いを浮かべる。
「まあ、生ける武器の最初は偶然としても、フェスク・ヴドラは違うからね」
「そうなんですか!?」
「ああ。アレは中に祟りなす堕ちた神を封印し、その神の狂気で武器の使用者を狂戦士化して死ぬまで戦場で働かせる気で作られた物だから。で、その企みに気が付いた神官が、堕ちた神に仕えていた精霊の助力を得て、その狂気を封印するための対の武器を作った。それで二つで一組なんだよ」
「うわ……」
聞けば聞くほど業の深い話だな。
フェスク・ヴドラを作った連中は、人としてアカン部類の奴らだったんじゃなかろうか?
企みに気が付いた神官さん、グッジョブ!
とは言っても、中の人の自由を奪っての抑制だから、いくら本人が望んでって言っても、引っ掛かりは感じるな。
もやっとしたものを感じていると、イゴール様がそのくるくるの巻き毛に指をかけて伸ばす。少し考えごとをなさっているようなので黙ってみていると、小さく「あー」と呻かれた。
「あのね、フェスク・ヴドラの中の奴らはそんなに心配しなくてもいいよ」
「え、いや、でも……」
「正確に言うと堕ちた神の方だけど、ここ暫くで変わって来てるから」
「えぇっと?」
そう言えば、ノエくんや識さんもエラトマの中の人が変わってきていると言ってたような?
どういうことか詳しき聞けてないけど、それってイゴール様の反応を見るにいい事……なのかな?
そこのところをお尋ねすると、イゴール様が意味ありげに姫君に視線を向ける。
見られた姫君は若干ムスっとして「何じゃ?」と、不愉快そうに眉を寄せられた。
「百華が好きそうな展開だよ」
「姫君がお好みになる展開……?」
「そ。嫌よ嫌よも好きのウチって言うだろう?」
「や、え? 言いますけど、誰が嫌よで好きなんですか?」
え? 全然意味が解らない。
どういうことなんだろう? なんなんだろう?
意味不明過ぎて困惑していると、何かに気が付いたのか姫君の御顔がぱあっと花咲くように明るくなる。
「ああ、そういう事かえ? なんじゃ、面白そうではないか!?」
輝く花の顔。
今日もお美しくいらして、臣は嬉しゅうございます。
でも姫君がお喜びの意味はちっとも解んないんですけど……。
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