第424話 どう考えても怖い話

 カッコいいアンジェちゃんには後で料理長のところに行った時、何かクッキーでも持たせて帰らせてもらうように声をかけよう。

 まだお仕事があるというアンジェちゃんを見送って、私とロマノフ先生はお茶だ。


「武神山派のところにお使いにやったんです」

「なるほど。オブライエンの人事に関して、彼らは口を挟むというか疑問を抱くことは出来ない……ですか」

「疑問は良いんですけど、非難は出来ませんよね」

「なるほど」


 ロマノフ先生はそう言うと紅茶を口に含む。

 私も同様に紅茶を飲めば、花の香りが広がった。ロッテンマイヤーさんのオリジナルブレンドだ。

 別に私は武神山派の人達をいびりたい訳じゃない。ただ、他人に寛容であってほしいだけで。要は好もしからぬと思っていても、大した悪事を働いた訳でもないし、前非を悔いたのであればある程度許容してやってくれってだけだ。

 そしてそれが私のやり方であることを知っていてくれればいい。それに多分普通に罪を償うより、私に使われる方が彼には苦しかろう。

 静かな時が執務室では流れていた。

 するとまた、扉を打つ音が響く。

 それに「どうぞ?」と返そうとして「どう」当たりで、扉が開いた。

 颯爽と入って来たのはヴィクトルさんで、その後ろには彼の分だろうカップとティーポットを載せたカートを引く宇都宮さんが見える。


「あーたん、蛇男が何とかってヤツ、送って来たって?」

「あー……はい。オブライエンですね」

「大丈夫そう?」

「ええ、はい。大丈夫なんじゃないですかね。勝ってるうちは」

「ああ、そういうタイプか。解り易くていいね」


「ただいま」と言いつつ、ヴィクトルさんはロマノフ先生の横にどかっと腰を下ろした。

 そんなヴィクトルさんにロマノフ先生は「お行儀が悪いですよ」と言いつつ、ヴィクトルさんが座りやすいようにほんの少し身体の位置を変える。阿吽の呼吸だな。

 私は特にオブライエンに心からの忠義とか、そんなものは期待してないんだよね。

 理不尽に抗したいという、あの男の心にあった自尊心に目を付けただけなんだもん。あの男が、その怒りを世間に叩きつける時、何が終わって始まるのか知りたいってのもあるけど。

 他者に戦えと強要するようなもんだから、悪趣味と言えば悪趣味か。

 静かに紅茶のカップをソーサーと一緒に机に置く。

 すると、ヴィクトルさんが「けーたんなんだけど」と、話し始めた。


「ドラゴニュートの破壊神に関しては、聞いた事があったらしい。それけーたんが若い時に留学してた国でだったみたいで、何でそんな話になったかは覚えてないけどって言ってた」

「そうなんですか」

「うん。何とかって言う谷にその破壊神は封印されてるらしいけど、今までそんな騒ぎになるような事もなかったから眉唾な話だと思ってたんだって」

「あー……なるほど?」


 そう言えば、先生達やフェーリクスさんも聞いた事ないっぽい感じだったもんな。

 あれ? これ、ちょっとヤバい話じゃね?

 その破壊神の事を詳しく知らないまま、仮にノエくんも駄目で、彼の血筋が途絶えたりしてたら、相当ヤバい事になる案件じゃないの?

 だってノエくんの血筋以外の人は倒せないんだぜ?

 打つ手、ある? いや、あるけど。そんな事ってある?


「え? そんな事ってありますぅ?」


 あまりの動揺に思った事が素直に口から出ちゃった。

 でも先生達も同じこと考えたみたいで、二人して上を向いて天井のシャンデリアの玉の数でも数えてるのかってくらいの時間をかけてから、顔を私の方に向けてガクッと肩を落とす。


「何というめぐり合わせ……!」

「あーたんってさぁ、変な所でも引きが強いよねぇ……」

「いや、これ、私の運関係ないやつでは!?」


 心外だ!

 そもそもの始まりは象牙の斜塔の不祥事からで、私はその象牙の斜塔に愛想つかしたフェーリクスさんやそのお弟子さんを菊乃井にお招きしただけじゃん。

 そしてそのうちの一人である識さんがえらいこっちゃな事件に巻き込まれて、その連れ合いのノエくんもえらいこっちゃな運命を背負ってただけで……って、ドンだけの確率でえらいこっちゃが揃ってるんだ……。

 ジャックポットじゃないですかー!? やーだー!?

 姫君のお力を疑う訳じゃないけど、これって本当に厄除けされてるんだろうか……?

 いや、寧ろ厄除けされてるからこの程度ですんでるっていう怖いオチじゃないよね……!?

 ぎゃー!?

 怖い事に行き当たってしまって、思わずムンクの叫びのように顔が歪んで手も上がって悲鳴が喉を吐く。

 そんな私の叫び声に先生方が肩をびくっと大きく跳ねさせた。


「や、姫君の厄除けでこの程度ですんでるとか、そんなことあ……りそうだね?」

「怖い事を言わないで下さいよ、ヴィーチャ!?」

「だって尋常じゃないよ、この騒動集まり具合!?」

「ぎゃー!? 止めてくださいヴィクトルさん!」


 ぎゃんぎゃん騒いでいると、部屋の外からノックの音がする。


『旦那様、どうかなさいましたか?』


 ロッテンマイヤーさんの静かな声が聞こえて、途端に叫んでいた事が恥ずかしくなった。

 だからなるだけ声を抑えると、私は平静を装ってロッテンマイヤーさんに入室するよう告げる。

 部屋に入って来たロッテンマイヤーさんに、ロマノフ先生やヴィクトルさんも姿勢を正した。


「旦那様、何かございましたか?」

「いえ、実はね……」


 ロマノフ先生やヴィクトルさんが、ロートリンゲン公爵閣下や宰相閣下としてきた下さったお話を、改めてロッテンマイヤーさんに話してくださる。

 その中でやっぱり騒動の種が菊乃井に集まり過ぎている気がすると告げた時は、流石のロッテンマイヤーさんも一瞬眉を顰めた。

 しかし。


「旦那様。今までも大きな騒動はございました。けれども旦那様は周囲の方々と協力して、全て乗り越えて来られたではありませんか。今回の事もきっと越えられぬ試練ではないからこそ、いえ、旦那様でなければ越えられぬ試練だからこそ、困難を背負った方々が菊乃井にいらしたのでしょう。私も微力ながら、お手伝い申し上げます。今まで通り何なりとお申し付けくださいませ。ええ、旦那様お一人には致しませんとも」


 私の座っているソファーまでやって来て、ロッテンマイヤーさんは膝を付いて私の両手を握ってそう言う。

 ぶ厚い眼鏡から僅かに見えるアースカラーの瞳には、絶対の信頼があった。

 この人は、いつ如何なる時も、私を信じてくれている。そして私を絶対に一人にしないように、付いてきてくれる人だ。

 その信頼に、報いたい。信じて良かったと思われたい。

 私は物欲ってあまりないんだけど、こういう好かれたいって気持ちは凄く強いんだよな。その癖上手く受け取れないし、返せないんだから呆れる話だ。

 ぎゅっと唇を噛む。

 違うって。そういう話じゃないんだってば。

 ロッテンマイヤーさんの言葉に応えるんだったら。

 ロッテンマイヤーさんに握られた手を、ゆっくりと握り直す。


「そうですね。理不尽に理不尽を叩き返しても同じステージに立つだけだ。私は正攻法で勝ちますよ。ノエくんの事も識さんの事も、私は正攻法で世界に叩き返す」

「はい、それこそ旦那様で御座います」

「うん。ロッテンマイヤーさんにも色々手伝ってもらうよ。ルイさんに動いてもらうこともあるかも知れない」

「元より私ども夫婦は、旦那様のお乗りになる戦車の両輪と心得ております」

「ありがとう」


 両手を握り合っていると、ごほんごほんと咳払いが二重奏で聞こえた。

 ロマノフ先生とヴィクトルさん目を向ければ、ニコニコと二人で笑ってる。


「まぁね、君が殺る気満々なら大抵は上手く行きますよ」

「うん。君が殺る気満々なら、僕達も殺る気出すし」

「……何かヤる気が物騒な方向にきこえたんですけども?」


 殺意がめっちゃ籠ってる気がしたんだけどな!?

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