第403話 遊んだ後はお楽しみ

 ピーピーと指笛が響き、やんやと兵士たちが騒ぐ。

「御大将ー! やっちまってくださいー!」とか「ロミオー! 手前ェ、醜態晒したら許さねぞー!」とか、それはもう野次なのか喜んでるのか解んない声が、運動場全体を包む。

 あんまり下品だとシャトレ隊長に叱られるからか、節度は守ってる感じはあるけどね。

 さて、あちらの防衛ラインはかなり下がった。

 対する此方の攻撃ラインは前衛がかなり前に出てる。と言っても前に出てるのはレグルスくんなので、奏くんに目配せする。

 奏くんがレグルスくんをフォローできる位置まで、ほんの少し前にでた。

 あちらは態勢を立て直そうと、こちらの動きを窺っている。

 そこにぴーひょろろと鳥の鳴き声がして。

 それが合図になったかのようにシオン殿下は魔術で鎌鼬を起こし、マキューシオさんが氷の礫をそこに乗せた。

 統理殿下とロミオさんがひよこちゃんに切りかかるけど、それを奏くんの弓が邪魔する。一瞬動きを止めたロミオさんの向う脛を蹴とばして、ひよこちゃんは統理殿下の胴に木刀を叩きつけた。

 けど、それが当たる前にリートベルク隊長が身をもって殿下を庇う。

 統理殿下はそのまま後ろに後退したけど、リートベルク隊長はひよこちゃんの木刀をまともに食らって吹っ飛んでいった。

 いうて運動場の壁に当たって呻いてるだけなので、戦闘は続く。

 氷の礫の嵐はちょっと邪魔くさい。なので炎と風の攻撃魔術を複合して作った巨大な鳥を飛ばして相殺。その隙に紡くんが、シオン殿下とマキューシオさんの壁になっているティボルトさんの足元に、魔術を乗せた礫で大穴を開けて転ばせる。

 さて、壁は崩した。

 レグルスくんと奏くんのほうは、ロミオさんを奏くんが魔術を纏ったタガーを使って戦闘不能に追い込み、レグルスくんが統理殿下の手に一撃して木剣を取り落とさせている。

 こっちも終わらせよう。

 地面に魔力をこっそり足先から通し、マキューシオさんとシオン殿下の影からにゅっと闇色の触手を生やすと、二人をそれで拘束して吊り上げた。


「ぎゃー!? なんかうねってるぅぅぅ!?」

「は、肌触りがザリザリして気持ち悪いー!」

「えー? なんか猫の舌っていう古代の拘束魔術らしいですけどね」


 ちろっとシャトレ隊長を見れば、ハッとした様子で彼が手を上げる。そして試合終了を宣言した。

 勿論勝者は私達、フォルティス。

 統理殿下とロミオさん、リートベルク隊長とティボルトさんが運動場の中央に集まったので、シオン殿下とマキューシオさんを解放する。

 そして私達もまた中央に集まると、エルフ先生達とシャトレ隊長も集まった。

 統理殿下が爽やかな笑顔を見せる。


「いやー、解っていたが強いな」

「まったくですね。手加減してもらって、これですから」

「鳳蝶、今ので何割くらいだ?」

「二割程度ですかね」


 快活な統理殿下に、ちょっと疲れたように見えるシオン殿下。

 私とお二人の会話にレグルスくんや奏くん・紡くんは何ともない顔で頷いていたけど、エストレージャの三人とリートベルク隊長の顔色は青い。


「……俺ら護衛すべきご当主様より弱いとか」

「手も足も出ないとかヤベーじゃないですか……」

「これからも精進します……」


 しょぼんと落ちた三人の肩を、シャトレ隊長が苦笑いしながら叩いている。

 そしてリートベルク隊長はおもむろに統理殿下とシオン殿下に跪いた。


「……醜態を晒し、恥じ入るばかりです」

「お前はきちんと身を挺して役割を果たしてくれた。醜態などと言うな」

「そうだよ。僕達そもそも相手にされないのを、君やエストレージャのお蔭で何とか様になったんだから」


 アッチでもこっちでも反省会だ。

 ロマノフ先生と目が合う。


「……何ですか?」

「猫の舌っていつ覚えたんです?」

「夢幻の王の記録から引っ張り出して使えるようになりました」

「あれ、嫌がらせが籠った魔術なんですよね」

「ああ、猫の舌ってザリザリして舐められ続けると痛いですもんね」

「シオン殿下への意趣返しですか」

「なんのことですかね?」


 にやって感じに先生も笑ってるし、ラーラさんやヴィクトルさんも笑ってる。

 それに奏くんがちらりとマキューシオさんに視線をやった。


「とばっちり喰らって、マキューシオ兄ちゃんかわいそう……」

「あー……だってシオン殿下の近くにいたんだもん」

「それ、やっぱりしかえし……」


 真実に気付きそうな紡くんのお口を、奏くんがそっと塞ぐ。

 レグルスくんがキョトンと首を傾げた。

 いや、うん。大人げないけども、宰相閣下の跡継ぎの件とか色々巻き込んで来て、ちょっと、少し、大分イラっとはしたんだ。

 なので多少の嫌がらせは入ってたかもしれない。

 だいたい拘束するための魔術に、猫の舌の感触を加えるとか、嫌がらせ目的以外に何の意味が?

 それを使う私も私だけど、この魔術を作った人も作った人だ。

 いつの時代も人間のこういうところは中々変わらないんだろう。

 ともあれ、模擬戦は終わった。

 各々のダメージ……って言ってもフォルティスメンバーにはダメージがないから、皇子殿下方とリートベルク隊長、エストレージャの三人の負った怪我の様子を見て、ほんの少しだけ回復魔術をかける。

 私の使う回復魔術は極小の物でも大回復するから、痛みはないけど怪我は跡形もなく消えた。流石に皇子殿下方を青あざ塗れで放置は出来ないからね。

 体力も全回復出来たのか、気力も十分回復したところで、エストレージャの三人は訓練に戻っていった。

 そしてそれにリートベルク隊長も参加することに。

 私達は一足先に転移魔術で屋敷に戻ると、シャワーを浴びておやつの時間だ。

 今日のおやつはアレ。

 濡れた髪を魔術で乾かしながら、レグルスくんと食堂にいくともう奏くんと紡くんもシャワーを終えて椅子に座っていた。

 その二人の前にはしゅわっと弾ける茶色の炭酸水が置いてある。

 私とレグルスくんが椅子に座ると、蜂蜜の入った冷え冷えのレモネードが、給仕の宇都宮さんに運ばれてきた。


「どうぞ」

「ありがとう。皇子殿下方は?」

「エリーゼ先輩がお迎えに上がってます!」

「じゃあ、コーラとポムスフレの用意も出来てる?」

「はい! 料理長がお揃いの頃にお出しするって言ってました!」


 疲れた時は甘いモノが良いって言うし、動いて魔力使ったんだから砂糖と油を大量に取った所でどうという事もあるまい。

 自分に言い訳していると、エリーゼの後ろについて統理殿下とシオン殿下がやって来る。

 そうして皇子殿下方が席に着くと、一礼してエリーゼは食堂から出て行った。


「今日のおやつ、特別なものだと聞いたが?」

「どんなのかな? 凄く楽しみなんだけど」


 ワクワクした様子の二人に、丁度いい頃合いで宇都宮さんがワゴンを運んでくる。

 炭酸は二人とも大丈夫って事前に聞いていたけども、ワンクッションだ。


「菊乃井で新しく考案したスパイスを使った飲み物と、それに合うお芋を使った揚げ菓子です。スパイスの効いた飲み物がもしお口に合わなかったらレモネードもありますから」

「おいものおかし、おいしいよ!」


 そう告げれば、宇都宮さんがコーラと小皿に持ったポムスフレを統理殿下とシオン殿下の前に並べる。

 エリーゼがお盆に私やレグルスくん、奏くんと紡くんのポムスフレを乗せて戻ってくると、宇都宮さんと協力してそれをテーブルに並べた。

 全員に行き渡った所で「いただきます」と挨拶すると、早速統理殿下がコーラに口をつける。


「!? しゅわっとして酸っぱいような甘いような面白い味がするぞ!?」

「わぁ!? 本当に不思議で複雑な感じがする!?」


 驚きながらも嫌な味ではなかったのか、二人とも楽しんでる様子。

 それからポムスフレにも手を伸ばすと「くぅ!」っと感じ入った声がした。


「塩気にこのサクサクの食感が合うな! しかも飲み物と合わせたら、もっと旨い!!」

「これは……! 病みつきになりそうだよ!?」


 ははは、計算通りだ!

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